●海と島の雑貨屋さん●
写真・文/植田正恵
月刊アクアネット2012年10月号
まだ島に越してくる前、放浪のダイビング主婦だった頃、沖縄の離島で研究を続けている友人の家にしばらく滞在したことがあった。
彼女はイリオモテヤマネコの研究をしていて、毎日それなりに忙しくしているのだが、そんな日々の合間に借家の庭の草刈りをやらなければならないという。
草むしりではなく、機械を使った草刈りだ。
そのときは、なにも庭程度のことで草刈り機だなんて大げさな……と思ったものだった。
沖縄は亜熱帯の気候なので、冬でも雑草が枯れない。
そのため何もせずそのまま放っておくと、あっという間にジャングルが出現してしまう。
それは水納島に引っ越してきて、すぐに思い知らされた。
自宅の庭にしろ沿道にしろ、夏場の忙しさにかまけてしばらく手をつけないままでいると、とてもじゃないけど鎌などの手作業では追いつかなくなる。
そんなときに欠かせないのが草刈り機。
友人宅での草刈り機も、けっして大げさな話ではなかったのだ。
街で暮らしていると、よほど広い土地を所有しているわけではないかぎり、草刈り機を必要とすることはほとんどない。
少なくとも各自がマイ草刈り機を持つ必要はない。
ところが水納島では、大阪におけるたこ焼き器なみに、草刈り機がほぼ各家に1台当たり前にある。
沿道の草を刈る共同作業となれば、島の成人男性は老いも若きもみな手に草刈り機をもって来る。
島に越してきた当初はそれを知ってたいそう驚いたものだった。
エンジンつきの立派な(数万円もする!)草刈り機である。越してきたばかりの頃の我が家にはまだ鎌しかなかったので、みんなが草刈り機でものすごい勢いで草を刈っていく後を、ちまちまと掃除する役しかできなかった。
その後手作業では埒があかないことを体で覚えたので、とうとう我が家も草刈り機を購入することになった。
この草刈り機、ご存知ない方はたいそうなマシンと思われるかもしれない。
たしかにプロユースの立派なものもある。けれど中には「女性でも使いやすい計量タイプ!」なんて謳い文句で売られている商品もあるくらいなのだ。
野菜作りを趣味にしている私も、畑の草刈りは自分でやっている。購入したばかりの頃、やりたがり的うれしさ半分でさっそく畑で草刈り機を使っていると、通りかかったおじいやおばあが怪訝そうな顔で「だんなさんはやってくれないの?」と聞いてきた。
不思議なことに島の中では、草刈り機を使うのは男の仕事という認識があるからだ。
人一倍小さな私でも普通に使えるにもかかわらず、他のパワフルな婦人方は、どういうわけか手に取ろうともしないのである。
そしてご婦人方の草刈りといえば、あくまでも鎌による地道な手作業。
水納島における草刈り機は、修験の道や大相撲の土俵、はたまた酒蔵に通ずるほどの女人禁制の神器だったのか……。
…といいつつ、とかく細かく根気のいる作業は女性陣が頑張っているわけで、それに比べると労力的には遥かに楽にもかかわらず、「草刈り機は男の出番!」とばかりに、各自が一家に一台ある伝家の宝刀(?)を持参して共同作業にいそしむ男性たち。
それはそれで、微笑ましくも誇らしく見えてくる。
ひょっとしたら水納島だけかもしれないそんな光景が、私は大好きなのだった。