●海と島の雑貨屋さん●
写真・文/植田正恵
月刊アクアネット2017年10月号
その昔、まだ世の中が寛容で、田舎に行けば行くほどいい意味でいい加減、沖縄風にいうならテーゲーだった頃。
沖縄の田舎、それも離島ともなれば、道を走る車にナンバーなどついてはいなかった。
どうせ潮風のせいですぐに使えなくなる車に高いお金をかけるヒトなどいるはずもなく、本島あたりで廃車になったものをもらってきて、島で動かなくなるまで使うのである。
いわゆる無登録車だ。
水納島でも同様で、なかには手書きで電話番号を書いた板を取り付け、ナンバープレート代わりにしている粋な人もいたりした。
そんなのどかな治外法権社会も今は昔、どこぞの写真週刊誌記者が本島周辺の離島を走る無ナンバーの自動車を撮影し、
「同じ国なのに税金を払わずに車を使っている!」
などと正義感ぶった記事を添えて大々的に掲載してしまった。
同じ国なのに不当に不便なことが多々ある田舎の事情には気づかないふりをするくせに、自分たちが損をしている側に回ると、たちまち「不平等」を訴える人は数多い。
ともかくそんなわけでマスコミに取り上げられてしまったものだから、それまで寛容な社会がオトナの配慮で暗黙裡に了解していたはずの無登録車は、運輸省(当時)がメンツにかけて全廃する方針を打ちだした。
そのため離島民はみんな、お金を払って車を手に入れなければならなくなってしまった。
そうはいっても、島が小さければ小さいほど車が潮風ですぐに傷むという事情は誰も変えてはくれないから(水納島ならせいぜい4年もてばいいほう)、それまでタダだった経費が一気に膨らんでしまうことになる。
おまけに島にも本島にもそれぞれ車を持っていなければならない水納島のような場合だと、年間の維持費が2台分必要になってしまう。
そんなバカバカしい経費を削減すべく、もっぱら船員さんたちが選んだ手段がスーパーカブだ。
スーパーカブというと、私が生まれる前から今に至るまでずっと売れ続けている、かっぱえびせんに勝るとも劣らぬロングセラーバイクである。
とはいえ世の中にはもっと手軽で便利で安価な中古スクーターがたくさんありそうなものなのに、船員さんたちがこぞって使っているのはなぜだろう?
気になったのでちょっと調べてみると、スーパーカブは、そもそも悪路が多かった昔の日本の道路事情でも大丈夫なように設計されたバイクで、同等の排気量のスクーターに比べれば遥かにパワフルなうえに、普段のメンテナンスも最小限でいいらしい。
なるほど、これはまさに、水納島のような自動車・バイクにとって過酷な環境にはうってつけの乗り物だ。
船員さんたちがスーパーカブを選ぶのは、当然の成り行きだったのだ。
しかもみなさん島での利用方法は同じだから、カスタマイズされたフォルムもそっくりで、みんな揃って荷台に大きなカゴを装着している。
こうしておけば大きめの荷物も運べるし、フィンやマスクを詰め込んで海に行くこともできる。
夏場の忙しい時期は、終日桟橋に並べておくしかないスーパーカブたちだけど、夏が終わってまたのんびりできるようになれば、船員さんたちはウェットスーツに身を包み、カゴに道具を積みこんで、颯爽とスーパーカブで海へと向かうのであった。