●海と島の雑貨屋さん●
写真・文/植田正恵
月刊アクアネット2018年5月号
水納島を初めて訪れ、興味を抱いてくださったお客さんから、決まって質問されることがいくつかある。
その輝け第1位は、島民人口だ。それに関連して、小中学校の児童生徒数が続く。
一方、島内を少しでも散策された方が不思議に思うことの第1位は、島内未舗装路に点在する直径5cm前後のナゾの穴。
雑貨屋さんの店番をもっぱら担当しているだんなは、かれこれ253回くらい同じ質問を受けたことがあるという。
沿道は亜熱帯の藪だから、その穴には危険な生物が住んでいるのではないか、と日帰り客は不安になるらしい。
かくいう私も水納島に引っ越してきたばかりの頃は、ハブの巣穴では?と勘違いし、不用意に近づかないようにしていた。
はたしてその穴はの正体は??
2000年に開催された沖縄サミットでは、クリントン大統領をはじめとするアメリカ政府の滞在先を中心に、大々的に周辺の警備体制が敷かれることとなり、九州からも大勢の機動隊が応援に駆けつけていた。
さっそく彼らがホテル周辺の未舗装路をチェックしてみると、アヤシゲな穴がそこかしこに。
すわテロ計画か?
とばかり大いに色めきたった精鋭部隊が慌てて調査したところ、それはなんと……
オカガニの巣穴なのだった。
ことの真偽はともかく、そんな笑い話が生まれるくらいに、沖縄県ではオカガニは一般的なカニだ。
比較的大きなカニで、その名のとおり暮らしの大半を海辺の陸上で過ごしている。
島全体が海辺といっていいサイズの水納島では、オカガニも巣穴も、畑であれ庭であれ、そこが地面であれば普通に見られる。
それほど身近なオカガニは、朝や夜、そして湿度が高い曇りや雨の日には日中でも、外に出てきて活動するから、島で暮らしていればその姿を目にする機会は多い。
けれど天気のいい夏場の日中には、乾燥しないよう深い巣穴の奥のほうに潜んでいるため、オカガニが外に出てくることはまずない。
となると散策中の日帰り客は、ただ巣穴だけを目にすることになるわけで、不思議かつ不気味に思うのも無理はない。
そんなオカガニではあるけれど、たとえそこが海辺であっても、地面がコンクリートやアスファルトの構造物で覆われていると、巣穴を掘ることができないため棲めなくなる。
メスは幼生を放出するために海に下りてくる必要があるし、幼生時代は海中で生活するので、護岸などで海と陸が切り離されていたり、海自体が汚染され過ぎていると、やはりオカガニは生息できない。
オカガニがいない海岸付近というのは、すでに自然環境が随分損なわれているといっていいだろう。
植物を好んで食べるオカガニは、畑に植えたばかりの苗を食い荒らす害虫(?)でもある。
けれどもオカガニがいるということは、それだけ海辺の自然が残っているということでもあるのだ。
そう考えれば、大切な苗を多少害されようとも、それはそれでとても豊かなことなのだと前向きに考えてみる。
夏の初めの満月の夜には、幼生をお腹に抱えたオカガニのメスたちが、大挙して海に下りていく。
そんな風景が当たり前に観られる「海辺」を、いつまでも大切にしたい。