●海と島の雑貨屋さん●
写真・文/植田正恵
月刊アクアネット2021年1月号
我々の業務のひとつでもある「体験ダイビング」は、基本的にダイビングがまったく未経験の方のために用意されている。
なので海中にいることが恐い、緊張するというゲストがフツーだし、泳ぐどころか思うように動けないという方も多い。
ところがまったく初めてにもかかわらず、しっかり講習を受けたダイバーなのでは?と見紛うほどに上手な「体験」ダイバーが時々いらっしゃる。
サーファーやカヌーイストその他、水慣れ海慣れ泳ぎ慣れしている方々に多いのだけど、これまで出会ったお客さんのなかで、海に慣れておられる理由が最も印象深かったのが、
「吹田(すいた)市出身だから」
というものだった。
大阪府吹田市の小学校ではどういうわけか相当昔から水泳の授業に力を入れていて、それもスピードの優劣を競うのではなく、遠泳に主眼を置いているという。
最終的には6年生になると若狭の海で遠泳大会をし、全員が2キロくらい平気で泳げるようになるそうだ。
そのためには小学1年生の頃から夏場はひたすらプールの授業で、遠泳前ともなると午前中の4時限丸々プールで水泳ということもあるのだとか。
今の世の中でこそ「強制」ではないのだろうけれど、少なくとも現在40代の方々の頃まではほぼほぼ強制だったようで、5年生くらいの頃に東京あたりから引っ越してきた児童には悲劇が待ち受けていたらしい。
しかしその甲斐あって大人になった彼らには水に対する不必要な恐怖心がないためパニックとは無縁で、しかも水中でどのように動けば効率的なのか、自然と体得している。
体験ダイビングのゲストとしては「最強」といっていい。
それを知って以来、大阪弁でやたらと上手に体験ダイビングをするゲストに「吹田市ご出身ですか?」と問うと、かなりの率でビンゴ!となっている。
一方、周りを海に囲まれた沖縄県民はというと、少なくとも私の世代、すなわち50代以上の方々は、意外にも全く泳げないという人が多い。
我々世代が通っていた当時の学校にはプールが無いのが普通で、当然ながら授業で水泳などありえなかったからだ。
今のように幼少時から通えるスイミングスクールなどが身近にあるわけでもなく、かといって海で子供だけで遊ぶことも許されないまま育っているから、水泳を体系的に学習する機会がまったく無いまま大人になっているのである。
ちなみに現在休校中の水納小中学校にもプールはないのだけれど、夏には日帰りの海水浴客が帰ったあとのビーチを使ってちゃんと水泳の授業をしていた。
日数は短期間ながら、それはそれでなかなかに牧歌的で、水納島っぽくていいなあ、なんて思っていたものだった。
とはいえ水納島は観光業で成り立っているので、夏場の保護者はたいていとても忙しい。
一緒に遊べる先輩や同世代の子供もほとんどいない小さな島のこと、目の前に海はあっても日常的にそこで遊ぶ機会はほとんどないから、必然的に子供にとって海は身近な遊び場ではないし、もちろんのこと達者に泳げるようになるわけもない。
これは水納島に限らず、海、山、川で遊ぶ自由を失った多くの子供たちに共通していることかもしれない。
幼少時の下積み(?)が無いまま急にオトナになってアウトドアづき、スマホで得た知識だけで遊ぼうとしても、事故につながる危険性が増すのは想像に難くない。
それを考えると吹田市の教育方針は、ある意味「サバイバル訓練」なのかもしれない…。