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ゆんたく!島暮らし

写真・文/植田正恵

265回.シロレイシガイダマシ

月刊アクアネット2025年6月号

 昨シーズンは、沖縄地方に大きな台風が襲来しないまま終了した。

 本来それはめでたいことで、物理的にも経済的にも台風による被害はなく、特にここ数年コロナ禍で苦しんでいた観光業は、久方ぶりの活況を呈した。

 ところが海中社会となるとだいぶ話が違ってくる。例年になく早い時期から急上昇した海水温は、台風が来ないために異常な高温状態が長く続き、98年以来となる大規模な「サンゴの白化」が発生してしまったのだ。

 水納島周辺の海では、早くも7月末ごろからリーフの多くのサンゴがパステルカラーのサンゴになった。

 パステルカラーになるのは白化、すなわちサンゴの体内にいる共生藻がいなくなる現象の初期段階で、見た目はとてもきれいなメルヘンワールドなのだけれど、サンゴには少なからずダメージを受けている。

 その時点で大きな台風が来て海水が攪拌され、表層の海水温が下がれば、ストレスから解放されたサンゴたちは事なきを得てわりとすぐに元の状態に戻ることができたことだろう。

 あいにく昨夏は前述のとおり台風はかすったくらいで直撃することはなく、海水温が異常に高いままひと月が過ぎ、8月末にはかなりのサンゴが白化してしまった。白いだけならまだ生きているとはいえ青息吐息の状態で、ついに力尽きたサンゴには藻がはびこり始める。9月にはリーフ上のサンゴたちの多くが死滅し、カラフルだった景色は全面的に藻がはびこる茶色い世界になってしまったのだった。

 それでもすべてが一様に壊滅した98年の白化時とは違い、そのような重度の被害はリーフ上など極浅いところに限られており、それよりも多少深いところでは生き残っているサンゴたちは意外に多い。

 期間の長短にこそ違いはあれ高水温状態が毎年恒例になってきて、サンゴたちにも耐性を持つものが増えてきているのかもしれない。生き残っているものがこれくらい頑張ってくれていれば、回復スピードも随分早くなることだろう。

密集するシロレイシガイダマシは、映画『風の谷のナウシカ』で腐海の蟲が飛行艇に群がるシーンのよう。1匹1匹は小さくとも、集団によるサンゴの食害はバカにならない(白くなっている部分がすでに食べられた痕)。98年の白化後もこのシロレイシガイダマシが大発生したのだけれど、当時は藻だらけとなったリーフ上でその後サザエをはじめとする藻食の貝がどっと増え、それら貝類をエサとするハリセンボンも群れになるほどに激増したものだった。近年すっかり激減しているサザエやハリセンボンたち、前回同様このあと大激増となるのだろうか。

 ところが水温がすっかり下がった冬以降から、生き残ったサンゴたちは次なる災禍に見舞われ始めた。

 白化状態から共生層が戻って色が回復し、すっかり健康状態になっているサンゴたちの多くに、一部を妙に生々しく白くさせているものが目立ってきたのだ。

 シロレイシガイダマシという、サンゴを食べる数センチほどの巻貝による食害だ。

 今回の白化以前から目についていたとはいえ、エサとなるサンゴが広範囲で死滅してしまいエサ不足に見舞われたのだろう、生き残ったサンゴに大集合しているのである。

 1匹1匹は小さくとも、大集団となればその食事量は相当な量になるから、彼らに目をつけられたサンゴはたちまち白い骨格だけになっていく。サンゴたちにとっては、まったくもって泣きっ面に貝…。

 放っておけばせっかく生き残ったサンゴたちが次々に食べられていくから、是非はともかくとしてその後はポッケに洗濯ネットを忍ばせ、目につくものをとにかく捕獲して排除するようにしている。

 本島から水納島を訪れるご同業のみなさんもまた、機会あるごとに排除活動をしてくれているそうだ。

 若いスタッフのみなさんはサンゴの大規模白化は初体験だろうから、スノーケリングのフィールドとなるリーフ上がすっかり壊滅している今、このあとの回復スピードも大いに気になるところだろう。

 1人1人ができることは小さくとも、ひとつひとつの行動がサンゴの早期回復に繋がると思えば、小さな貝をつまみ捕るのもけっして苦にはなるまい。