甲幅 15mm
最初にお断りしておく。
これまでずっとアカホシカニダマシだと信じてきた和名は、戸籍抄本的にはアカボシカニダマシと、ホに濁点がつくのが正しいということを最近知った。
でも今さらそのように言い換えてもしっくりこないし(※個人の感覚です)、同じ意味でもどちらかというと濁点がないほうがエレガントだから(※個人の感想です)、当コーナーではこれまでどおり「アカホシ」のままにする。
カニダマシというとなんだか詐欺めいているけれど、英名では「porcelain crab」、すなわち陶器の(ような)カニという、けっこう洒落た名前がつけられている。
なるほどたしかに、その表面はツルツルしていて陶器のよう。
イソギンチャクに隠れ潜む暮らしをしているアカホシカニダマシは、これまで観てきたところではアラビアハタゴイソギンチャクで観られるケースが最も多い。
ただし水納島の場合、アラビアハタゴイソギンチャクはクマノミ類が住まうイソギンチャクの中では最も数が少ないから、アカホシカニダマシを確認できる打率が高いだけで、絶対数でいうと他のイソギンチャクと大して変わらないのかもしれない。
他にアカホシカニダマシが暮らしていることがあるイソギンチャクはというと、ハタゴイソギンチャク…
エンタクイソギンチャク…
そして、それぞれ1度きりながら、珍しいところではタマイタダキイソギンチャクや…
ウスカワイソギンチャク(サンゴイソギンチャク)で観たことがある。
↑この子はその昔「コホシカニダマシ」という名で別種扱いされていたタイプで、それについては別枠にて紹介する。
今でこそこのようにいろいろなイソギンチャクで観られることを経験的に知っているけれど、昔はアラビアハタゴイソギンチャクやハタゴイソギンチャクくらいでしか見たことがなかったから、アカホシカニダマシはクマノミ類が暮らすイソギンチャクにいるものとばかり思っていた。
でもエンタクイソギンチャクにもいるってことは、クマノミ類の存在は特に関係ないようだ。
個人的に「珍しい」組み合わせのタマイタダキイソギンチャクやエンタクイソギンチャク(旧姓オビマキイソギンチャク)で観られるものは、たまたまその1匹が暮らしているわけではなく、どちらのイソギンチャクでもアカホシカニダマシはちゃんとペアになっていた。
エンタクイソギンチャクの場合、イソギンチャク自体が岩の裂け目にいるために周囲から襲われる危険が少ないということもあってか、触手は甚だ短いにもかかわらず、アカホシカニダマシがその表面にいることが多い。
表面にいてなおかつ堂々としているから、時にはハサミ脚を振り上げて威嚇のポーズを見せたりもする
結局のところ「いろいろなイソギンチャクで暮らしている」ということになりそうなアカホシカニダマシ、でもその体の赤星模様が最も理にかなっているのは、どうやらアラビアハタゴイソギンチャク在住者のような気がする。
アラビアハタゴイソギンチャクの表にいると、ダイバーが眺める分には観やすく見栄えもいいけれど、これだと目立って仕方がない(雨降りのときなど海中が暗い時でもないかぎり、めったにこういうところにはいない)。
一方、本来イソギンチャクの裏側に潜んでいることが多い彼らが、アラビアハタゴイソギンチャクの裏地(?)に身を寄せていると…
かなりのカモフラージュ効果!
表側にいたら浮きまくりのこの模様も、裏側にいれば隠蔽効果抜群だ。
なるほど、これがアカホシカニダマシがアラビアハタゴイソギンチャクに住まう理由か…
…と納得しかけたものの、コホシカニダマシタイプのアカホシカニダマシも、アラビアハタゴイソギンチャクに暮らしていることもあるのだった。
イソギンチャクの裏地の模様と彼ら自身の模様とは、さして関係がないらしい…。
住まいにするイソギンチャクにはいろいろあれど、食事の方法はみな同じで、機能的にかなり特化した顎脚をまるでエボシガイの蔓脚のように動かし、漂うプランクトンなどをキャッチして口に運ぶ。
静止画像で見ても動きがよくわからないから、ここはひとつ動画で。
なんだかお祝いの席で紋付き袴姿で日の丸扇子を両手に持った親戚のオジサンが踊っているかのような動きに見えるけど、こうやってチマチマとエサを食べておるのですなぁ、アカホシカニダマシ…
…と思いきや、時にはこういうこともある。
顎脚でしっかりホールドした固形物を食べている!
何を食べているのかまではわからないものの、こういうものもちゃんと食べるんじゃん、アカホシカニダマシ。
主食はあくまでもプランクトンで、たまにこういう御馳走を…というところなのだろうか。
ところで、先述のようにアカホシカニダマシはもっぱらイソギンチャクの裏側から顔をチョイ出ししている程度のことが多いのだけど、それだとゲストの方が何が何やらわからないからということがままある。
そういう場合、ガイドさんは指示棒を使い、無理矢理アカホシカニダマシをイソギンチャクの表面に追い立てることもある。
しかしこれも程度のモンダイで、その「程度」をわきまえないガイドさんや「カメラ派」ダイバーがやたらめったらイソギンチャクをいじくると、アカホシカニダマシだけではなくイソギンチャク自体も疲弊してしまう。
ちなみに、この稿で紹介している写真はもちろんのこと、私がアカホシカニダマシを撮るに際し、アカホシカニダマシやイソギンチャクをいじくったことは一度もない。
いろいろいじくりまわして自分の思いどおりに生き物を撮るよりも、生き物が思いどおりにしているところをそっと撮るほうがよほど楽しい。
※さっそく追記
昔撮ったポジフィルム写真の海を潜っていた(?)だんなが、意外なところで暮らしているアカホシカニダマシの写真を発見した。
アカホシカニダマシがシライトイソギンチャクにいる!
撮影者である私はこのアカホシカニダマシのことなどなにひとつ覚えていないものの、このシライトイソギンチャクは、98年の白化の影響で儚く世を去ってしまうまで、灯台付近のポイントの名所のひとつにしていたものだ。
ノーマルカラーのシライトイソギンチャクと寄り添うように鎮座していたから、紅白のまことにめでたいマイホームに住まうクマノミやハナビラクマノミたちが実に絵になっていた。
まさかそのピンクのイソギンチャクのほうにアカホシカニダマシがいたなんて…。
これを撮ったほぼ同時期に、同じイソギンチャクで↓これも撮っていた私。
同じ時期にコホシタイプとアカホシカニダマシが共に暮らしていたのだろうか…。
今となっては確かめようがない記録写真なのだった。
※追記(2023年2月)
カニダマシの仲間と近縁のタラバガニは、美味しいカニとして有名ではあるけれど、ズワイガニなどの「ホントのカニ」に比べると、脚が1対少ない…
…と長年信じ続けていて、カニダマシの仲間も同じようにカニより脚が1対少ないものと長年思い込んでいた。
ところが、カニダマシたちもタラバガニもそしてヤドカリさんたちも、エビやカニと同じ「十脚目」というグループに属している。
十脚?
そう、実はハサミ脚を含めた脚は、ちゃんと5対10本あるのだ。
ただし最後の1対は、タラバガニでは体内に内蔵されて鰓の掃除道具と化しているといい、カニダマシ類では体の外にあるものの、他の脚に比べると冗談のように小さいという。
研究者のように採集した標本を撮っているわけじゃなし、カニダマシの仲間のそんな隠れた短足など、手持ちの写真で確認できようはずも…
…と思いきや。
日中はイソギンチャクの陰に隠れていることが多いアカホシカニダマシながら、イソギンチャク自体が岩の裂け目に器用に入りこんでいたりすると、日中でもイソギンチャクの表側でのんびりしていることもある。
そんな、ちょっとダレているように見えるほどのんびりしているアカホシカニダマシを真上から撮っていたので、さっそくチェックしてみた。
やっぱハサミ脚を入れて、左右それぞれ4本ずつしかないんじゃ…
…あれ?
ひょっとして……
おおッ!カニダマシの短足が!!
完全に退化してしまい、もう動かすことができないんだろうか?
別の写真を見てみたところ…
ああッ!動かしてる!!
うーん…↑この写真を撮ったのは10年以上前、もうデジイチで撮っているからPC画面で写真を見ているわけで、いくらなんでも気づかなかったとは思えない。
ひょっとすると、当時は知っていたのかもしれないなぁ…。
それにしてもこのカニダマシ短足、貝殻やカイメンを背負う必要があるわけじゃなし、いったいなんの役目を果たしてるんだろう?
ところで、脚とはまったく関係ないんだけど、短足チェックのためにアカホシカニダマシの写真を見返していたところ、これまでまったく気がついていなかったことがまだあった。
さきほどののんびりしている様子を撮った写真と同じ場所に居た子を、ごくごくフツーに撮っただけの写真…
のはずだったのに、よく見るとそのお腹には…
アカホシカニタマタマ~♪
前世紀のその昔、だんなは当時勤めていた会社の社員旅行で訪れたタイはプーケット島での自由時間を利用して、味噌汁のような海でダイビングしたところ、濁り水のなかでお腹に卵を抱えているアカホシカニダマシを観たという。
その際目にした卵のサイズがサワガニ級に大きかった…という話は聞いていたものの、日中の海がが明るすぎるからか、水納島では1度も目にしたことがない…
…と思っていたら、なんてことだ、3年前に撮っていた。
まぁ、ストロボ光が当たっているからこそ卵が見えているけど、肉眼でもファインダー越しでもお腹部分は暗いから、海中で見ているときはまったく気がつかなかったのだろう。
何度も撮ったことがある生き物でも、思わぬところで人生初があったりする。
たとえ5万回出会ったことがあろうとも、ゆめおろそかにしてはいけませぬな。