体長 50mm
※さらばアカスジモエビ
このエビのことを「アカスジモエビ」という名で覚え、その後長く親しんでいた古いダイバーも多いことだろう。
けれど長い間「アカスジモエビ」と主導権争いをしていた「アカシマシラヒゲエビ」という和名が勝利を納めて久しく、若いダイバーさんにアカスジモエビといっても「ハァ?」という顔をされ、おとーさんダイバーは寂しい思いをすることになるかもしれないからお気をつけください。
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魚のお掃除をするエビはクリーナーシュリンプと呼ばれ、多くのエビがクリーナーとして知られている。
なかでもこのアカシマシラヒゲエビは、ソリハシコモンエビと双璧を成すクリーナーの第1人者だ。
第1人者だけに、彼らはビジュアルで自らがクリーナーであることを相手に伝える。
白く長い触角と、脚のように見えつつ口の器官である顎脚を見れば、魚たちはそれがクリーナーであることがわかるようになっているらしいのだ。
冒頭の写真ではエビ本体が小さくならないよう、やむをえず触角を途切れさせているけれど、なるべく触角が入るようにすると、アカシマシラヒゲエビの触角は↓こんなに長い。
なので、日中は日が当たらないところにいる彼らながら、その存在は暗がりでもとっても目立っている。
そのうえ、白い触角が目立っていることに胡坐をかくことなく、彼らは触角同様目印になっている顎脚を2本並べ、ダンスでも踊っているかのように左右にフリフリしながらクリーナーであることをアピールするのだ。
2匹並んででもいようものならその様子はまるで志村けんと加トちゃんのヒゲダンスのようで、海中で目にするたびにあの音楽が脳裏を流れてしまう…。
クリーニングを必要とする魚たちはもちろんその印が何を意味するか知っているから、大きなゴマウツボも安心しきってアカシマシラヒゲエビにデンタルケアを任せる。
そりゃウツボはひと噛みするだけでかっぱえびせん味を楽しめるだろうけれど、そんな目の前の欲に飛びついたが最後、クリーナーというクリーナーから総スカンを喰らい、その後一生掃除してもらえなくなることをウツボも知っているから、けっしてそのような掟破りはしない。
だからもっと大きなニセゴイシウツボも、同じくアカシマシラヒゲエビの大事なクライアントになる。
日中の隠れ家として最初からこのような場所に居る魚だけではなく、クリーナーがいる場所を知っている魚たちも、ちゃんとアカシマクリニックに来院してくる。
砂底の根のボス、ユカタハタが大きな口を開け、アカシマ院長にデンタルケアをしてもらっているところ。
ただ、ときどきアカシマ院長もやらかしてしまのか、小気味よくクリーニングをしているかと思ったら、突如ユカタハタがくしゃみをするかのように水流を吐き出した。
静止画像じゃわかりづらいけど、アカシマ院長の触角を見ると、口の中からピューッと外に吐き出されているのがおわかりいただけるはず。
院長、ユカタハタのノドチンコでも触っちゃったのだろうか。
アカシマシラヒゲエビのクライアントは、このような大きな魚たちだけではない。
小魚たちは小魚たちでクリーニングしてもらう必要がたびたびあるから、キンセンイシモチや…
各種ハナダイたちなど…
…根で暮らしているたくさんの小魚たちが、ひっきりなしにアカシマ院長のもとを訪れる。
小魚相手だけにその手技は緻密で、たくさんの脚を使ってソフトタッチで抱えるようにクライアントに安心感を与えつつ、ハサミ脚を使って口内をケア、という要領のようだ。
院長の手技のあまりもの心地よさにウットリしすぎるのか、ときどき「それは身をまかせすぎでしょ…」と言いたくなるくらい安心しきっているものもいる。
知らない方が見たら、エビに食べられていると思っちゃうかも…。
魚たちがここまで身をゆだねるくらいだから、人間だって気持ちがいいに違いない。
おお…クセになりそう♪
こりゃひきも切らずクライアントが行列を作るのももっともだ。
日中のアカシマシラヒゲエビは隠れ家となる暗がりがあるところを好むので、そういう場所を覗いてみると、複数匹がクリニックを営業していることがある。
とある根に、アカシマクリニックが4~5軒ほど軒を並べている場所があった。
前述のように、たとえ暗がりでもハナダイたちはクリニックの場所を知っているから、このように次々にやってくるのだ。
この根にはハナダイたちをはじめとする小魚や、常時掃除が必要そうな肉食系のハタやウツボもいるから、アカシマシラヒゲエビたちはそれぞれ大繁盛しているに違いない…
…と思いきや。
しばらく観ていたところ、お客さんが訪れるのは、一番手前のマンマクリニック(お腹の緑色の部分は卵)だけ。
これも
これも
これも
ズラリとアカシマクリニックが軒を並べているというのに、ハナダイたちはそれぞれを均等に訪れるのではなく、申し合わせたかのように手前のマンマクリニックに殺到する。
やがて順番待ちの行列ができてしまった。
行列ができてしまえば、さすがに後続の魚たちは空いている他の店に移るのか…
…と思いきや、行列は増えていく一方だ。
この間、他のアカシマシラヒゲエビたちは一度も仕事をしていない。
なんでこんな機会不均等になってしまっているのだろう?
さらによく観てみると、奥に並ぶエビたちは、奥に居るから小さく見えるだけではなく、手前のマンマに比べると随分小粒。
まだ若いエビたちなのだ。
この道のベテランであろうマンマに比べれば、その施術者としての腕はまだまだ未熟なのかもしれない。
ひとくちに「クリーニング」といっても、ただマニュアルどおりにやればいいというものではないようだ。
ケア技術の腕の違いを敏感に感じ取っているからこそ、ハナダイたちはこぞってマンマクリニックを訪れているに違いない。
大雑把な施術でモンダイなさそうなウツボやハタの治療はインターンに任せ、繊細なワザを必要とする小魚は熟練の出番ということなのかも…。
だからだろうか、大勢のクライアントさんを待ち受けるマンマの姿には、どこかしら貫録すらうかがわせるものがある。
波打つように伸びる長く白い触角こそが、年季の証なのかもしれない。
お腹に卵があるってことは、すでにハニーとの出会いのあとってことだけど、マンマがどのように伴侶と巡り会っているのかは知らない。
卵は↓こんな感じ(写真は別個体です)。
クライアントからクライアントへヒョイヒョイ素早く施術をこなす、身重なのに身軽なマンマなのである。
初夏くらいになると、各根では小さなアカヒゲカクレエビたちの姿が目立つようになる。
マンマ院長の域に達するまで、可憐なチビチビは長い修行の日々を過ごすことになるのだろう。