甲幅 8mm
水納島で我々がよく潜るポイントはせいぜい10ヶ所くらい。
いくらゲストが少ないとはいえ、繁忙期はしょっちゅう同じところに潜ることになる。
それが四半世紀以上も続けば、いいかげん飽きた…
…かというとけっしてそんなことはなく、むしろどんどん面白くなっている。
季節ごとにまったく海中の様子が異なるのはもちろん、翌日同じところに潜っても前日とは違う生き物が見られることもあれば、逆に同じ生き物にまた出会えて、成長や無事を確認できるのも面白い。
自分の頭の中の引き出しが増えれば増えるほど興味の対象がどんどん増えていくから、楽しみは無限大だ。
よく潜るポイントの水深25mほどの根に、ニクイロクダヤギがほどよく育っている。
ニクイロクダヤギなんて、色味は地味なうえに狭苦しいところで育つから、けっして見栄えはよろしくない。
なのでイソバナやウミシダなどカラフルな付着生物がたくさん観られた頃は、さほど注意を払っていなかった。
ところが見栄えのいい付着生物がどういうわけだかどんどん姿を消していくと、仕方なく…という感じでそのニクイロクダヤギが視界に入るようになってきた。
するとクダヤギクモエビというエビでもカニでもない美しい異尾類がいたりして、私の中でニクイロクダヤギの株は一気に急上昇した。
2011年にはこのニクイロクダヤギに、ウジャウジャ…という表現以外ないほどたくさんのアカスジカクレエビがついていた。
ずっとこのままなら、このニクイロクダヤギはアカスジカクレエビパラダイスだ。
しかしそうは問屋が卸すはずはなく、翌年の春先にさっそくチェックしてみたところ、ウジャウジャいたはずのアカスジカクレエビは…
…すっかりGone。
ところが、一抹の寂しさを感じつつ未練がましくニクイロクダヤギを覗き込んでいたおかげで、それまで図鑑でしか見たことがなかったカニの存在に気がついた。
アシボソベニサンゴガニだ。
その名のとおり各脚が細くスマートで、「サンゴガニ」と聞いて思い浮かべる姿とはいささか異なるこのカニは、似たようなフォルムのカニさんたちで形成されるベニサンゴガニ属の一員だ。
繊細かつ美しいその姿を拝みたいのはヤマヤマながら、ニクイロクダヤギの狭い枝間から全身を覗くなどまず不可能で、どのように撮ってもどこかが隠れてしまう。
という意味では冒頭の写真などキセキに近いのだけど、優雅かつシャープなハサミ脚が観づらいので別のカットで観てみると…
ハサミも脚も細く、長く、全体的にスマートなイメージのカニさんなのだ。
また、一部が隠れてしまっている写真でも、写っている部分が役に立つこともある。
このカニさんはホントにアシボソベニサンゴガニなんですか?と素朴に問われるといささか狼狽えてしまうところ、名著「海の甲殻類」にいわく
はさみ脚の長節の前縁に8本の小さなとげがある
と述べられている。
長節の前縁と言われてもすぐにピンとは来ないものの、実際にトゲがある場所がそうだとすると…
…たしかに8つの小さなトゲが。
これでもう、このカニさんがアシボソベニサンゴガニであることに疑いの余地はない。< ホントか?
その後数ヶ月経ってもこのカニさんは健在だったけれど、前年ウジャウジャいたアカスジカクレエビはまったく見られずじまい。
ひょっとして、アカスジカクレエビをこのカニが追っ払っていたりして…
…と思っていたところ、その翌年にはこのカニさんも姿を消していた。
ちなみにそれから随分のちのことになるけれど、人生初遭遇となったオリビアシュリンプがいたのは、まったく同じこのニクイロクダヤギだったりする。
ニクイロクダヤギの同一群体ひとつですらこのように興味が尽きないのだから、同じポイントを何度も何度も何度も潜ったって、飽きるはずなどないのであった。