体長 15mm
私たちの子供の頃の世の中には、怖いものがたくさんいた。
百鬼夜行の世界の住人たちが、まだまだ広く世間で息づいていたのだ。
どれもみな想像の産物ながら、「川で遊んでいると河童にさらわれるよ!」ということによって子供に注意を促すには有効な存在だったから、ある意味身近な存在でもあったのだろう。
しかし今の世では、ホントに教室に乱入したり、車に乗せて連れ去ろうとしたり、突然殴りかかったりするリアルタイプの身近な恐怖のほうが圧倒的に身近で、それに比べれば各種妖怪や怪人、幽霊なんていったら「子供だまし」ですらなくなっているに違いない。
かつて身近だった「怖いもの」たちは、メダカやタナゴ同様すっかり絶滅危惧種になっているのだ。
そんな絶滅しつつあるかつての「怖いもの」のひとつが、閻魔様。
少なくとも子供の頃の私には、「ウソをつくと閻魔様に舌を抜かれるよ」というオトナの脅し文句にまだそれなりの効き目があった。
閻魔様とはいかがなお人か、詳しく知らなかったけれど、閻魔様は怖い=ウソをついてはいけない、という図式が子供心に成り立っていたのだ。
その閻魔様の名をいただくこのカクレエビ、姿を見てもいっこうに怖くはない。
いったいどのあたりが閻魔なのだろう。
ちょっと気を付けていれば海底の至るところで見ることができる、といってもいいほどフツーにいるエンマカクレエビは、死サンゴの枝の隙間などにもいることがある。
死んだサンゴの枝間で門番をしているかのようにこちらを見ている……
…というあたりが閻魔様なのだろうか。
枝間から地面に降りている様子を見ても、閻魔様のイメージはまったくない。
その体色は周囲の環境に合わせているようで、同じ生きているサンゴでも褐虫藻たっぷりなのかサンゴ自体が濃い場合、エンマカクレエビの体色もかなり濃い。
それはサンゴがピンクの場合も同じ。
一方、元気に生きているけれど淡い色のサンゴでは…
途端にイメージが変わる。
それが白化進行中のサンゴにいたりすると……
…なんとも儚げなメルヘンシュリンプに大変身。
私がデジタル一眼レフを使用するようになって初めて訪れたサンゴの大規模な白化は、2016年のことだった。
その年の私はこの儚げメルヘン閻魔様に魅了され、ピンクのトゲサンゴの枝間にいるエンマカクレエビを憑りつかれたように撮っていた。
それもあって、エンマカクレエビといえば私には「愛嬌がある可愛いエビ」という、閻魔様とはまったくそぐわないイメージしかない。
どこにでもいるように見えて、なんとなくながら死サンゴ、それもまだ藻が生えていない白いところにいるのが好きなようにも見えるエンマカクレエビだから、メルヘンチックに見えることの方が多いかもしれない。
そんなサンゴの枝間で、エンマカクレエビはヤンチャなことをしていることもある。
細長い何かの稚魚を捕まえたのか拾ったのか、さあ食べようとゴキゲンになっていたエンマカクレエビ。
ところがそこに、邪魔者が。
同じくこのトゲサンゴで暮らしているカノコサンゴガニが、獲物を横取り。
せっかくつかんだチャンスを逃してはならじとばかり、エンマカクレエビは取り戻そうと頑張るものの……
結局カニに盗られちゃった。
こうなるともう文字どおりお手上げ、エンマカクレエビはいかりや長介になるしかなかった。
小さなカニに負けているようじゃ、全然閻魔様じゃないじゃん…。
名前のわりにはとっても可愛いエンマ様なのである。