(Axiopsis serratifrons)
体長 2cmくらい?
水納島の白い砂底が広がるポイントのなかには、妙に小さな死サンゴ礫が多いエリアがある。
島の北西~北側に広がる広いリーフ内に転がる死サンゴ礫たちが、台風時の爆裂波濤でリーフの外に流されてくるからかもしれない。
理由はともかく、他の砂地のポイントなら細かい粒の砂底になる水深でも死サンゴ礫が多く、そのために同じ砂底でも観られる魚の顔触れが多少違っている。
海底に住まうタイプのエビたちも同様らしく、小礫があると巣穴を作るのに好都合、というタイプのエビたちが嬉しそうにしている。
そういうところにはもちろん共生ハゼが多く、ヤシャハゼ、ヤノダテ、ヒレネジなどをはじめとする人気者系も数多い。
そんなハゼたちを観ていた時のこと、視線の端に、紫色っぽいエビが穴からチョロチョロ…と出てきてすぐに引っ込んでいった。
サイズや雰囲気は、ハゼと一緒に暮らすテッポウエビのようだったものの、巣穴の外にハゼの姿などいっさい見当たらないし、チラ…と見えたハサミ脚の先っちょは、指パッチンとは無縁なシャープな形に見えた。
ではトゲアナエビの親戚か?とも思ったけれど、穴は垂直ではなさそう。
はて、今のは何だったのだろう?
記憶を頼りに調べてみたけれど、今の世でこそ一般向けの図鑑にいっさい見られないくらいだから、フィルムで写真を撮っていた当時の手元の図鑑で正体が判明するはずはなかった。
その後もビーチなどでも何度かチラ…と目にする機会はありつつも、撮るチャンスには恵まれることなく月日は流れていった。
季節風による時化のために、風下のインリーフでチビチビ潜るしかなかった2016年の10月末のこと。
ゲストに合わせて一緒にカモメ岩の浜からエントリーして潜っていただんなが、ふと目をやったところにいたエビらしきものを撮って帰ってきた。
しばらく待ってみても、冒頭の写真までが精一杯だったそうで、全身を拝むことはできなかったという。
上半身の一部だけとはいえ、写っていたその姿、これはひょっとすると、長年ナゾだったあのエビでは?
もっとも、2016年でさえ正体を知ることができなかったので、しばらく放置プレイになってしまった。
ところが今般エビカニ倶楽部をリニューアルするに際し、謎のまま放置していたこのエビについても調べてみたところ、この写真のエビに関しては、どうやら近年和名がつけられたらしいヘンゲアナエビっぽいことがわかってきた。
昔は手掛かりひとつなかったというのに…。
これはひとえに、帝国化したエビカニ変態社会がもたらしてくれた恩恵といえよう。
ちなみに Axiopsis serratifrons という学名は1873年に記載されたものであることも知った。
1873年の日本はといえば、明治早々のこと。
例によって西欧アカデミック変態社会の変態レベルのすごさを知る。
もっとも、私がかつてチラ…と目にした紫色のエビが、はたしてこのエビと同じかどうか、ということは、なにぶん私の記憶だけが頼りだけに、まったくなんの根拠もない。
現在ヘンゲアナエビとして知られているこのアナエビは2cmくらいとさほど大きくならない種類らしく、スコーピオン・キングと形はよく似ていても、そのサイズはまったく異なるものであるらしい。
なりは小さくとも独特のサソリポーズをするようだから、是非とも全身を露わにしてもらいたいところ。
夕方に出会えば、スルスルスル…と外に出てきてくれるかな?