甲幅 8mm
ケブカカニダマシも他の多くのカニダマシ類と同じく、明るい日中に表を出歩いていることは少ない。
浅場で死サンゴ石をめくれば出会えるのだろうけれど、もともと石をめくってのサーチ方法を潔しとしていなかった私は、その後石の下環境保全協会を立ち上げたため(※架空の団体です)、ケブカカニダマシと出会う機会は無くなった。
それでもまだフィルムで写真を撮っていたある年のこと、ポイントをひとめぐりしてリーフ際に戻ってきた後、何かいないかな…と死サンゴ石ゴロゴロゾーンをフラフラしていただんなが見つけてくれたので、撮る機会を得た(ヒトが見つけてくれたものはフツーに撮る私)。
当時の図鑑によれば、通常のダイビングでは出会えないような浅いところ、もっぱら潮間帯あたりにいる…ということになっていたのに、このときはリーフ際の水深7mくらいのところだった。
環境が許せばこれくらいの水深でも暮らしているようだ。
地味地味ジミーなタイプのカニダマシの仲間にあってケブカカニダマシは古くから和名がついていたこともあり、その存在は当時から知っていたものの、まだ撮ったことがなかったから当時の私が喜んだのはいうまでもない。
干潮時ならおそらく陸を歩いていてさえ潮間帯で出会えるくらいにフツーにいるケブカカニダマシだろうから、人生最初で最後級のクリーチャーというわけではけっしてないはず。
でもあいにく水中写真として撮ったことがあるのはこの時かぎりのことで、なぜ横から撮ったのか意味不明のこの写真しか紹介できず、その名の由来である体表のモワモワモサモサした「毛」のアップなど、望むべくもないのだった。
フィールドで探すのと、ポジフィルムの海から見つけ出すのとでは、どっちが早くケブカカニダマシに出会えるだろう?
続報を待て。
※追記(2024年1月)
ついにケブカカニダマシと再会する日が訪れた。
陸はたとえポカポカ陽気でも、海中は寒さが厳しい1月半ばのこと。
ポイントをひとめぐりしたあと、何かおりはせぬか…とリーフ際を徘徊していたとき、ダンナが手に何かを包んでやってきた。
ケブカカニダマシだ!
1ダイブでマックス5個くらいと上限を決めているダンナがリーフ際で死サンゴ石を引っくり返してみたところ、ひとつの石の下に10匹くらいのケブカカニダマシが蠢いていたという。
そのうちの1匹を拝借してパシャ。
輪郭全体を不思議なオーラが包んでいるように見えるのは、その名の由来でもある「毛」が密生しているから。
甲羅に藻が生えているわけではなく、この「毛」も体の一部(のはず)。
その名にしおう剛毛ぶりだ。
それは昔から知っていた私ながら、ケブカカニダマシの第1触角って、淡いブルーがとってもきれいということを今回初めて知った。
そして久しぶりに(四半世紀ぶりかも…)ケブカカニダマシと再会した今回、最も興味深かったのは、彼らの泳ぎっぷり。
潮間帯の水溜まりに潜むイソカニダマシは、いざとなると超高速走法でササササ…と逃げるのだけど、ケブカカニダマシはというと、もちろん同じように高速で横向きに走ることもできるほか、さらに泳いで逃げ去るワザを持っているのだ。
どうやって泳ぐのかというと、普段はカニのように胸のあたりに納まっている腹部をオールのようにワッセワッセと動かす高速泳法だ。
高速で後方に進んでいるものだから、すべての脚は前方に、そして普段は斜め後方に勇ましくピンと伸びている長い触角(第2触角)もまた、前方にビヨヨンとたなびいている。
普段石の下に潜んでいるクリーチャーとは思えぬなかなかのワザ師ぶり、ただ図鑑で写真を見るだけでは知ることができないケブカカニダマシのヒミツなのだった。