甲長 60mm
まず最初にお断りしておかねばならないことがひとつ。
冒頭の写真は、ホシベニサンゴガニと同じく、水納島で撮ったものではなくて、お向かいの伊江島の水深30mあたりで出会ったヤドカリだ。
前世紀の間は本部町周辺のダイビングサービスなど数えても片手で足りるほどだったこともあり、伊江島のダイビング協会もまだ本島から来るダイビングボートを締め出すようなこともなかったこともあって、我々もごくごくたまに気が向けば伊江島まで遠征していた。
コガネオニヤドカリと出会ったのは、そんなたまの伊江島遠征で潜ったときのこと。
ご存知のとおり伊江島の北側の各ポイントはドロップオフが続く絶壁景観だから、普段潜っている水納島とは景観がまったく異なるから、ただそこにいるだけで興奮度120パーセント状態だ。
そんなときにこの姿が。
初めて目にするこのヤドカリの第一印象は…
でかい!!
生き物はなんであれ、でっかいとその存在自体が感動もので、なにか神々しいばかりのオーラを放っているのだろう、初めて洋上でザトウクジラを目にしたときなど、われ知らず涙が眼に溢れてきたものだった。
ヤドカリはクジラほどでっかいわけではないものの、普段見慣れているヤドカリと比べれば異常なくらい大きなこのヤドカリもまた、独特のオーラを周囲に放ちまくっていた。
実際、脚がとても太くてガッシリしており、威風堂々としている。
他のヤドカリのように「ワッ見つかっちゃったよ、スタコラサッサ!」なんて素振りはまったく見せず、キサンゴの上にデンと陣取って微動だにしない。
しかもその色たるや、目にも鮮やかな黄金色。
エキジットした直後の私が、ものすごいヤドカリを見たシアワセに浸りまくっていたのはいうまでもない。
この写真を撮ったのは1999年のことで、撮影中にはそれがコガネオニヤドカリという種類であることなどまったくわかっていなかった。
それもそのはず、コガネオニヤドカリの分布が日本で(正式に)確認されたのは、1997年のことで、当時の図鑑にはまだこの名で掲載されていなかったのだ(写真も無かったかもしれない)。
すなわち新参者も新参者。
現在のエビカニ変態社会帝国がまだ名も無き寒村でしかなかった頃だから、その存在を知っているヒトもごくごく限られていたことだろう。
おそらく当時の私は、そのごく限られたヒトのうちの1人だったのである。ムフフフ…。
…と変態的なヨロコビを味わえたのも今は昔。
2000年に刊行された名著「海の甲殻類」には早くもコガネオニヤドカリが掲載されていて、多くのヒトが知るところとなった。
しかも沖縄方面でこそレアものながら、小笠原方面ではけっこうフツーに観られるくらい個体数が多いという。
ってことは、和名が無かっただけで、ところ変われば昔からこのヤドカリの存在を知っているヒトがたくさんいたのだ。
オニヤドカリ属の仲間たちはどれも太くガッシリした脚に剛毛を生やしている大型のヤドカリだから、じっくり観ると暑苦しいものばかりなんだけど、コガネオニヤドカリにかぎっては、そのまばゆいばかりの黄金色を深いところで拝むからということもあるのだろう、なんだか本堂の奥に鎮座ましますご本尊といったありがたさもある。
水納島にも場所を選べば水深30m以上のところに崖があるから、ひょっとするとコガネオニヤドカリが潜んでいるかもしれない。
いまだに出会ったことはない水納島で、はたして「ご本尊」を拝める日が来るだろうか?