(ケブカガニ科の1種)
甲幅 7mm
エビカニ類に限ったことではないけれど、和名はおろか学名すらまだついていない生き物たちには、ギョーカイ用語的に通称がまかりとおることがよくある。
なんであれ通り名が無いと、何を見た、どれがいたという話の際に意思の疎通がはかれないということもあって、真っ先に市民権を得た通り名がその生き物の通称になる。
英名なんて日本の方言名と同じくらい1つの生き物にいろいろな名前があったりするほど超テキトーなのに対し、自国の名前に学術的権威を付帯させる日本では、一般市民までが「標準和名」に重きを置く。
そのため、ワリバシエビのようにどれほど一般ユーザー(?)の間でその名が通っていようとも、ひとたびコガラシエビなどという標準和名がつけられると、たちまち右に倣えとなるあたりに、日本人の遺伝的権威ラブな一面が見えてそれはそれで興味深い。
でもなかには通称がそのまま学術的に標準和名になることもあり、「ヒレナガネジリンボウ」対「ハタタテネジリンボウ」の2大通称対決は、もともと7:3くらいで優勢だったヒレナガネジリンボウに軍配が上がったりもした。
日中石の下に潜んでいる系の甲殻類は、これまで人の目に触れる機会がなかなかなかったこともあり、いまだに誰も知らないカニが出てくるということもある。
その数がやたらと多すぎるために一般向けの図鑑に全種掲載することなど不可能だし、そもそもアカデミック変態社会でも分類的な研究が発見に追いつかないという事情もあるから、末端ユーザーの間で知られるようになってもう随分長くなるのに、いまだに和名が無い、というものも多い。
冒頭の写真のカニもそのひとつで、ゴッドハンドO野さんから「サルガニ」という通称を教わってからもう随分経つというのに、いまだにケブカガニ科の1種のままのようだ。p>
でもこんなに特徴的なカラーリングでありながら、「ケブカガニ科の1種」ではあまりにも味気なさすぎる。p>
やはりここは通称のサルガニのほうが、よほど印象深いというものだろう。p>
ところで、パッと見は可憐に見える色合いをしているこの小さなカニが「ケブカガニ科」と言われても、にわかにはピンと来ないかもしれない。p>
しかしその体をよく観ると…
なにげにしっかり「毛深ガニ」なのだ。p>
こういうカニが普段からヒョコヒョコ砂底上を歩いていてくれればさぞかし楽しいことだろう。
あいにく石の下に住まうカニなので、平たい死サンゴ石がたくさん転がっている浅い海底でサーチしなければ出会いようがない。
まだ「石の下の環境保全協会」を設立していなかった頃、1本のダイビングにつき石5個まで制限で探っていた時にたまたま出会ったのが、私にとってこのサルガニとの最初で最後のコンタクトになっている。
当時はむろん通称など知らず、ケブカガニの1種だなんてことさえわからず、ただ正体不明のカニさんだったところ、前述のようにゴッドハンドO野さんのおかげでサルガニという通称名を知るに至った。p>
サルガニというのはもちろん猿ガニのことで、顔が赤いことからニホンザルのイメージでつけられたのだろう。p>
ちなみにサルガニのこの赤い部分は、上から見るとさほど目立たない。p>
ところがカニ目線で見てみると…
たしかに猿ガニ。
これはやはり、外敵には目立たないようにしつつ、パートナーと出会う際には目印になるように…という工夫の結果なのだろうか。
赤い顔の意味はともかく、毛深くて顔が赤いとなれば、たしかに猿っぽさ全開ではある。
でも冷静に考えてみると、その命名センスには言語学的能力も文学的香りも微塵も感じられず、ほとんど児戯に等しいといってもいいかもしれない。
…って、このままサルガニが標準和名になっちゃったりして。