エビカニ倶楽部

シャコガイカクレエビ

体長 15mm

 子どもの頃のその昔、家族で潮干狩りに行った翌日は、必ずアサリづくしの食卓だった。

 アサリが好きな私にはまさに至福のメニュー、シアワセを噛み締めながら、「ムニュ」という食感と同時に口内に広がる貝の味を満喫する。

 ところがときとして「ジャリッ」という食感に見舞われ、シアワセではなくなにやら硬いものを噛み締める羽目になることもあった。

 ジャリッの原因は、ピンノというアサリの殻の中に棲んでいるカニだ。

 その混入率が年によって異常に高いときもあり、アサリを食べるたびに「ジャリッ」「ジャリッ」ということになってしまうこともあった。

 水納島に越してきてからアサリとは縁遠くなったけれど、そのかわりシャコガイやサザエが身近になった。

 目の前の海がみんなの冷蔵庫なのだからわざわざアサリをスーパーで買うこともほとんどなく、これでもう「ジャリッ」とはお別れだと思っていた。

 ところがサザエにはピンノの仲間が、シャコガイにはカクレエビの仲間が棲んでいる。

 ご丁寧にもサザエピンノというサザエに特化した種類なのだそうだけど、サザエ(沖縄のサザエはチョウセンサザエという種類)と慣れ親しんで四半世紀以上経った今でも、ピンノ入りのサザエには当たったことはない。

 一方シャコガイカクレエビには、何度か遭遇したことがある。

 といってもアサリのピンノのようにすでに茹で上がった状態の亡骸として登場するのではなく、生きている姿で。

 というのも、シャコガイを食べるなら刺身が一番!なので(※個人の感想です)、獲れたてのシャコガイを刺身にしようと捌いている際に、生きているこのエビとご対面できるのだ。

 変態社会隆盛の世だからエビの生態写真は星の数ほどあれど、台所で撮られたシャコガイカクレエビはそうそうないだろうなぁ…。

 こんな途方もない場所で暮らしている小さなエビの正体を、まだ変態社会が勃興すらしていなかった90年代半ばにしてすでに私が知っていたのはなぜか。

 それは、当コーナーで何度か紹介している新星図書出版の沖縄海中生物図鑑「甲殻類(エビ・ヤドカリ編)」に、しっかりシャコガイカクレエビという名で写真とともに掲載されていたからだ。

 他にいくらでも載せるべきエビがいたろうに、よりによってこのエビが載っているあたりが、当時のこの図鑑のタダモノではない立ち位置がうかがい知れるというもの。

 なにしろその後変態社会隆盛期を迎えて次々にエビカニの図鑑が出てきたけれど、2013年刊の「サンゴ礁のエビハンドブック」の登場まで、一般向け図鑑に掲載されないままだったのだから。

 不思議なことに件の「サンゴ礁のエビハンドブック」では、どう見てもかつてのシャコガイカクレエビにしか見えないエビに和名がつけられておらず、種小名も以前の図鑑の記載者(De Man)さんへの献名に変わっていた。

 そっくりな別種ということなんでしょうか、それとも学名の変更による和名の棚上げ?

 いずれにしろ私には詳らかなことはわからないので、ここではそのままシャコガイカクレエビとしておく。

 で、このシャコガイカクレエビ、自然の状態ではもっぱらシャコガイ(ヒレジャコガイ)の体の中に隠れているため、このエビの存在をご存知ない方が海中で見るのは不可能と思われる。

 たとえ存在を知ってはいても、チャツボボヤに住むカイメンカクレエビの1種のように無理矢理外に出てもらうことなどシャコガイ相手にできるはずはなく、たまに外套膜の隙間からチラリとその姿が見えるだけ……

 …と思っていたら、なんと私はついにシャコガイカクレエビを海中で撮ってしまった!

 何気なくシャコガイを見ると、外套膜の表面にエビが歩いていたのだ。

 それが冒頭の写真。

 実はこれを撮った際、私はまったく未知のエビと思い(海中で見える色合いが違ったから)、アドレナリンを噴出しつつ撮影したのだけど、随分経ってから現像があがってきた写真を見ると、既知のシャコガイカクレエビ……。

 なんだ、シャコガイカクレエビだったのか……とガックリしてしまった。

 しかしそこでハタと気がついた。

 シャコガイカクレエビの海中での生態写真って、他に誰も撮っていないんじゃ?(2000年代初頭当時)

 もしかして業界初かも(当時)。

 業界ではともかく、個人的にはそれほど特別な写真だったというのに、そのフィルムがどこへ行ってしまったのか、すっかり行方不明になってしまった。

 当時このネタを当サイトで紹介する際に一度スキャンしたおかげで冒頭の画像がデジタルデータとして残っているのだけど、そのときにスキャンしたフィルムをどこかにやってしまったらしい。

 せっかくエビのほうから表に出てきてくれたというのに、撮った写真が隠れてしまってはどうしようもない。

 表といえば。

 シャコガイの表面では、たまに↓こういうエビを見かけることもある。

 見た目どおりシャコガイカクレエビとは種類が異なるようで、このエビはシャコガイの外套膜表面専門らしい。

 先述の図鑑「サンゴ礁のエビハンドブック」にてカクレエビの未記載種のひとつとして掲載されているエビ(99ページ下段)と同じかな…と思うものの、もちろんながら詳細は不明だ。

 少なくともその暮らしぶりからして、シャコガイをさばいているときに俎板の上に登場することはなさそうだ。