エビカニ倶楽部

トゲナシカクレエビ

体長 15mm

 ウミシダシスターズの稿でダラダラ述べている理由で、水納島に越してきてからの私は、最初からウミシダに注目していた。

 愛着があるものだから、いつものポイントのいつものウミシダといった塩梅で、まるでお気に入りのママ目当てに毎晩飲み屋に足を運ぶおとっつぁんのように、ついつい足繫く通ってしまう。

 当時無数に見られたウミシダたちのなかでも特に気に入っていたママ…じゃなかったウミシダが3つあって、そのうちの1つが立派に育っているオオウミシダだった。

 ウミシダといえばカラフルなイメージながら、オオウミシダはかなりシブイ単色で、水中では限りなく黒に近い色に見える地味な存在だ。

 それでもナリがでっかいこともあって身を寄せる小さな生き物たちも多く、トゲナシカクレエビは、水納島ではもっぱらオオウミシダ限定で観られる。

 お気に入りのオオウミシダにも冒頭の写真のトゲナシカクレエビが住んでいたほか、ウミシダウバウオとコマチコシオリエビも同居していて、とってもにぎやかだったのだ。

 もっとも、(肉眼で)黒く見えるウミシダについている黒く見える小さなエビなんて、クラシカルアイじゃなくとも、いると言われたってなかなか分からない。

オオウミシダ

 ↑この写真のどこにいるか、わかりますか?(PCでご覧の場合写真をクリックすると画像が大きくなるので、探してみてください)

 上の写真ではウミシダの腕の羽部分(?)にいるからわかりやすいけれど、トゲナシカクレエビはたいていの場合ウミシダの腕のラインに沿って頭を下にし、ピトッ…と体を寄せているから、たとえ拡大しても目立たないこと甚だしい(↓肉眼イメージ)。

 これにライトを当てて初めて、そこにエビがいることがハッキリする。

 とはいえ肉眼ではエビだけをクローズアップしているわけではないから、この状態でさえエビがどこにいるのかわかってもらうのはなかなか難しく、多くのゲストがまだクラシカルアイとは無縁だった当時でさえ、このエビをご案内するのは大変だった。

 そんな目立たず黒っぽいエビながら、冒頭の写真のように少しオーバー気味に撮れば、トゲナシカクレエビが実は高級感漂う阪急電車にも通じる味わい深い色であることを知る。

 水納島の砂地の主要ポイントには私のお気に入り以外にもオオウミシダが多く、そこかしこで立派な腕を広げてくれていたから、大小さまざまなトゲナシカクレエビに出会うことができていた。

 ところが、他のウミシダにつくエビの稿でも再三触れているように、水納島がダイビングポイントとして注目され、連日のように本島からダイビングボートがひっきりなしに押し寄せるようになると、オオウミシダの腕は日を追うごとに短くなっていった。

 ビギナーダイバーがフィンで蹴飛ばしてしまうためか、エビカニたちを観るためにウミシダに無理な力を加えているためか、原因は不明ながら、限度以上の力が加わると、身を守るために自分の腕を自ら切り落とす機能があるウミシダたちのこと、外圧(?)がかかった結果であることは言うを俟たない。

 他のどんなウミシダよりも雄々しく誇らしげに天に伸びていたオオウミシダの腕は、その後どれもこれもとってもイジケたものになってしまった。

 腕を自切できるウミシダたちにはその再生機能もあるのだけど、外圧のほうが優勢らしく、再生が追いつかずどんどん短くなっていく。

 そこで暮らしていたトゲナシカクレエビも、もちろんのことやがて姿を消した。

 これで、冒頭で紹介した私のお気に入りだった3つのウミシダは2つとなってしまったのだけど、そのうち1つは幾多の台風にもめげず8年間ずっと同じ場所で頑張ってくれていたのに、ある日突然消えた。

 ちなみに研究者によるとウミシダの寿命は無限に等しいほど長いという説もあるくらいだから、寿命が尽きたためとは考えにくい。

 消えた原因については他のエビのところでも触れているからくどくなるので略。

 ともかくもこれで私のお気に入りのウミシダは、とうとう最後の1つになってしまった。

 その後観察開始以来10年を過ぎてもかろうじて頑張っていたそのウミシダも、砂地の主要ポイントからウミシダというウミシダが姿を消してしまった頃には、運命を共にしていた。

 ダイバーがさほど訪れない岩場で潜ると、相変わらずウミシダたちがたくさん観られはする。

 でもカラフルなウミシダは、やはり白い砂地に青い海…という雰囲気のほうがにぎやかで楽しい。

 最もひどかった頃に比べると、近年はやや改善されてきたような気もするウミシダ類の被害状況。

 前世紀末頃には当たり前に観られたウミシダパラダイスの復活もさることながら、オオウミシダがその名のとおり大きく誇らしく腕を天に広げている姿を、昔のようにフツーに観られるようになることを願ってやまない。

 そうすればトゲナシカクレエビとも、再びごくごくフツーに会えるようになるだろう。