20mm前後
学生時代、卒論のテーマを模索していた頃、テーマ以前に密かな企てがあった。
「ダイビングを手段にできればいいなァ」
そんなムシのいい考えを実現すべく、「ウミシダに共生する生物」というテーマを候補のひとつにした。
あいにく当時すでに「ウミシダに共生する生物」については詳細に渡って研究されており、目新しさがないこともあって惜しくもあきらめたのだけれど、もしウミシダについてるカクレエビの道にハマりこんでいたら、私の卒論は永遠に終わらなかったかもしれない。
当時「詳細に渡って研究されていた」はずのウミシダの共生生物は、ことカクレエビ系になるとほとんど手つかずの状態だったといっていいかもしれないほど、激増する沖縄のコンビニのようにその後続々と新しい種類が登場し続けている。
幸か不幸かウミシダの道にハマりこみはしなかったものの、候補にしたくらいだから多少の下調べはしていて、当時はウミシダの種類によって共生生物の種類に違いがある、ということがとても印象に残った。
その後カメラ小僧となってエビ・カニを撮り始め、ウミシダに住んでいるカクレエビたちの色が、宿主のウミシダと同じような色をしていることに気がついた。
ウミシダは同じ種類でもカラーバリエーションが様々なのに、どんな色のウミシダでも、そこで暮らしているカクレエビの色は、宿主のウミシダと同じなのだ。
ウミシダに暮らすエビって……カメレオン??
きっとこれはなんらかの方法で宿主と同じ色にすることができるのだろう、と漠然と考えていたところ、ある日目からウロコ的テレビ番組を見た。
ウミシダを用意し、そこへ色の違うウミシダから採取したウミシダヤドリエビ(?)を移してやると、あ~ら不思議、移されたウミシダヤドリエビは2週間ほどで新しい宿主と同じ色に変化したのだ!
その番組によると、その方法は体内に装備しているバクテリアによるらしい(これにより、ヒトデヤドリエビも同様だろうと推測している次第)。
変態社会が確立されている今の世では誰もが知っている周知のジジツも、当時は誰も知らないヒミツの世界だっただけに、昔からおぼろげに推測していたことが証明されたことに、大きな感動を覚えたものである。
ウミシダに暮らすエビたちの体色が宿主次第で様々に変わる、ということがハッキリして喜んでいられたのは、このテのエビがほぼ「ウミシダヤドリエビ」に限定されていた時代までのことだった。
その後ワラワラと新種が登場してきて、なおかつ同じ種類でも宿主ごとに色が変わるとなれば、図鑑に掲載されている色柄のモノとビンゴ!なものに出会うほうが難しいくらい。
そのため、見紛いようのないものについてはなんとか種類の判別がつくものの、私の能力ではどうしようもないものについては「ウミシダシスターズ」としてまとめてしまう以外、もはや道は残されていなかった。
というわけで、冒頭にズラリと並べたものがすべて同じ種類というわけではなく、下記のいずれかと思われる。
で、あくまでもイメージだけながら、1番2番は Laomenes cornutus ではなかろうかなと愚考。
三毛猫のような色味の↓このエビもおそらく同種ではあるまいか。
3番の印象的な白黒ストライプはまだアカデミズム変態社会でも正体不明ということながら(2022年1月現在)、ネット上の変態社会では柏島でよく観られるエビとして認識されているらしい。
4番と7番はおそらくバサラカクレエビで、5番はリュウキュウウミシダエビではなかろうかと。
ちなみに5番のオスはこんな感じ。
これを見るとリュウキュウウミシダエビっぽいけど……はたして。
このテのエビたちは、オトナになればなるほど滅多にウミシダの外側にピョコッとついていることがなくなり、触手の内側のほうに潜んでいることが多くなる。
ところがまだ若いうちは怖いもの知らずなのか、探さずとも姿を晒してくれていることもよくある(PCでご覧の場合、↓画像をクリックすると大きな写真になります)。
6番は Laomenes claki にも見えるけれど、種小名の tigris が「虎」の意味であるということに鑑みると、Laomenes tigris と考えるのが妥当だろうか。
じゃあ↓これも tigris ですかね?
モンダイは8番だ。
8番のエビの顔は、7番までのエビたちとは異なり、どこからどう見てもチビウミシダエビ。
ハサミ脚の片方が大きくなるところもチビウミシダエビ。
また、一緒に暮らしているオスと思われる小型のエビは、まさしくチビウミシダエビ。
と、チビウミシダエビである条件が思いっきり揃っているのだけれど、8番のエビは2cmほどもあって、全然「チビ」じゃないのだ。
チビウミシダエビの様々な解説を見た限りでは、どれもこれも1cm未満と紹介されており、だからこそチビウミシダエビという名前がある。
それなのにこのサイズ、観察史上最大級のチビなんでしょうか…。
とりあえずチビウミシダエビ認定して、チビウミシダエビの稿にも登場してもらうことにした。
ウミシダをチェックし続ければ、まだ見ぬエビたちに出会えるかもしれないという楽しみがまだまだ残されているに違いない。
ただし水納島の場合、大きな問題がひとつ。
実は冒頭にラインナップしている8枚の写真のうち、半分はフィルム写真のスキャナーだ。
フィルムで写真を撮っていた頃の水納島では、ウミシダといえばそこらじゅうで観られるごくごくフツーの棘皮動物だった。
おかげで様々な色のウミシダシスターズを見ることができたし、ウミシダウバウオもいて当たり前の魚だった。
ところが主要な砂地のポイントのウミシダたちは、急激に姿を消してしまった。
岩場のポイントなどに行くと、現在も昔同様たくさんウミシダが見られることを考え合わせると、この主要な砂地のポイントにおけるウミシダの激減ぶりは、おそらく水納島を訪れるダイバーの増加に起因すると思われる。
もちろんウミシダが水産資源として重宝されるわけではないから、能動的に捕獲されているわけではない。
「なんにでもくっつく」というウミシダの特徴が、自らを追い詰めているに違いない。
というのも、不慣れなダイバーがワラワラ泳いでいるうちに、ウェットスーツにこのウミシダがくっついてしまうのだ。
ボートに上がってあらびっくり、「ヤダー、なにこれー!!」とばかりに、引きちぎられながらウェットスーツから剥がされるウミシダたち。
ずっと同じ場所にいてくれたおかげで10年近く観察していたウミシダがある日突然いなくなり、その近くに無残に千切れた状態で転がっていたのを見た日には、あらゆるダイビングボートに魚雷攻撃を仕掛けようかと思ったほどだ。
普段カメラを携えて遊びで潜るときは、環境的に砂地のポイントのほうが好きなこともあって、岩場方面には滅多に行かない。
すると必然的に、近年はウミシダに住まうエビたちを撮るチャンスがほとんどないということになる。
ウミシダヤドリエビの稿でも触れているように、かくなるうえはウミシダを求めて岩場のポイントを潜り倒すしかない。
しかし岩場のポイントでさえ、昔に比べるとエビ遭遇率が低くなっている気がするんだけど……それってひょっとして、クラシカルアイではもう見えなくなっているからとか??