エビカニ倶楽部

ツノメガニ

甲幅 30mm

 沖縄では春から夏にかけて、「ビーチパーティー」なるものがよく催される。

 戦後のアメリカ世の頃に導入されたアメリカンカルチャーだから、30年くらい前の本土の方々には耳慣れない言葉(正しくは?「ビーチパーリー」とネイティブっぽく発音する)だった。

 ところがNHK朝のテレビ小説「ちゅらさん」以後の沖縄ブームからこっち、沖縄における「ビーチハーティ」なるものは県民あるある的によく知られるようになっている。

 パーティとはいってもようするにビーチでBBQをしながら飲めや歌えや踊れやの宴だから、ゴキゲンになった酔客もけっこういる。

 そんなとき、軽く酔いが回った人間が波打ち際で下を向きながら右へ左へと走っていたら、その人は「幽霊ガニ」を追いかけ回していると思ってまず間違いない。

 「幽霊ガニ」とは、浜辺でチョロチョロ走り回るスナガニの仲間につけられた英語圏での俗称(Ghost Crab)だ。

 彼らは夜になると色素が沈着して白くなり、浜辺でエサを探すなどの活動をしている。

 ただし夜中とはいえだだっ広い海岸に無防備に体を晒しているだけあって、逃げ足は「カニ」という概念から遥かにかけ離れて素早く、近づくヒトの気配を感じると、加速装置付きの高速走行でその場から逃げ去る。

 それを見て「ん?今のはなんじゃらほい?」となった酔っ払いは、自分がまだ酔ってなどいないことを示そうとするかのように、逃げるこのカニを右に左に追いかけることになる。

 何かに憑りつかれたように右へ左へフラフラと彷徨う様子は、傍から見ていると酔っ払い以外のナニモノでもない、ということに気づかないのは、カニを追いかけている本人だけなのは言うまでもない。

 水納島で観られる幽霊ガニはツノメガニとミナミスナガニで、出会う頻度ということではツノメガニは少数派だ。

 どちらも夜行性のためにピーカンの真昼間に彼らと出会うことはまずないものの、分厚い雲がたれ込めている日であれば昼間でも、また天気がいい日でも早朝や日没前後といった照度が低い時間帯なら、砂浜上で活動している様子を見ることができる。

 どちらも同じような暮らしをしているから、遠目にはどちらかわからないかもしれないけれど、ツノメガニにはその名のとおり目にツノがあるので、間近で見れば区別は容易だ。

 もっとも、この目のツノは大人のオスに顕著なものだそうで、メスではチョン…とついているだけだというから、ひょっとするとこれまでミナミスナガニ認定してしまっていたカニの中にツノメガニのメスもいたかもしれない。

 夕暮れ時から夜間に姿を現す彼らは、もちろんのこと酔っ払いの相手をしてやるためではなく、波打ち際で夕涼みを楽しんでいるわけでもない。

 外に出ている際の活動時間の多くを食事に費やしており、打ち上げられた魚の死体など餌になるものを夜ごと探し回っている。

 オカヤドカリたちと同様、彼らは海辺の掃除屋さんでもあるのだ。

 いわばビーチクリーン活動に一役買ってくれている彼らを、酔った勢いで無闇に追いかけないでくださいね。