12・不可能を超えろ。

 暮れなずむ春の石垣島。

 日本各地に車えび養殖場多しといえども、今この時間に池に潜ろうとしている人間がいる養殖場は、ここ以外のどこにもないに違いない。

 この日宿直当番のジュンさんやえび屋−Mさんに手伝ってもらいつつ、黄昏の養殖池に接岸されているボートに渡り、そこからエントリーしてみた。

 このあと夜8時半までは水車は止めたままになっているそうで、いずれにしてもジュンさんが事情をわかってくれているから、潜っている間にいきなり水車が回り始めるということはない。

 ライトをいくら水平に向けても、ダツが突っ込んでくる心配もなければ、いきなり背後からサメに襲われることもない。

 おまけに、水納島で他業者がビーチでやっているスクワット体験ダイビングのように、池自体は背が立つ水深でしかないので、百万が一空気がなくなっても死ぬこともない。

 つまりなんの不安もないナイトダイビング。
 しかし、肝心のエビちゃんは………

 やはり………

 見えない。

 いやホント、見えるとか見えないとかいう次元ではないっす。
 眼前10センチほどだったら、もちろんそこに自分の手があるということくらいは判別できる。
 でも、判別できるのと「見える」というのとでは大違い。

 底に顔をくっつける勢いで這いつくばっても、エビちゃんの存在なんてまったく見当もつかないくらいだ。

 スタッフのみなさんが言っていたとおり……。

 別に潜る必要はないのに好奇心で一緒に潜っていたうちの奥さんは、早々に音を上げて

 「見つからな〜い!」

 えび屋−Mさんにいったん伝えていたそうだけど、そんな彼女でもようやく見つけることができて、後刻コンデジで撮った写真がこれ。

 エクトプラズムですか??

 これでも被写体まで5センチくらいの距離だったはず。
 人の目で見る視界は、これ以上にわけがわからなかったのだ。

 フィッシュアイで撮影だなんて、これじゃあとうてい無理!!

 エントリー後5分もしないうちに、あきらめかけた僕だった。
 でも。
 でも、どうせ無駄でも、一応ファインダーくらいは覗いてみようかなぁ。

 そう思って、何も見えない水中で、ターゲットライトの明かりを頼りにファインダーを覗いてみた。
 すると……

 あれ?

 あれれ?なんか違う??

 まさかと思いつつ、ファインダーを覗きながら、ポートの前10〜20センチくらいのところに自分の手をかざしてみた。
 すると……

 アレーッ!?

 見える!!
 自分の手が、やけにクッキリ見えるじゃないか!!

 そこだけ透視度のいい水の塊ゾーンにさしかかったのかな?

 そう思ってカメラから目を離してみたら、やっぱりうちの奥さんの普段の頭の中のようにモヤヤ〜ンとしている。

 なんだか狐につままれたような気になりながらも、そのままファインダーを覗きながら水底を這いずってみた。

 すると……

 おっ!?

 オーーッ!?

 砂に埋もれて休憩中のエビちゃんが、そこにもあそこにも!!

 エビが見えるッ!!!

 この時の感動を伝えるすべを僕は知らない。
 ただ一言で表すなら、

 見える…見えるぞ!私にも敵が見える!!

 という心境だった。<わかんねーよ。

 光学的な理屈に詳しい方は、すぐさま理路整然たる理由がわかるのだろうけれど、ともかくフィッシュアイだからだ!と単純に理解した僕は、俄然やる気みなぎるヒトとなった。

 見えるということは、写せる!!

 それからのひとときの楽しかったこと楽しかったこと。
 日も暮れて、時間帯がエビちゃんたちの活動期にさしかかってきたからか、やたらと体に当たってくるエビちゃんたち。
 また、なんだか妙に楽しそうに、真っ赤になってプイーン、ピヨーンと仰向け泳ぎで眼前を過ぎ行くエビちゃんたち。

 砂に潜って休憩しているエビちゃんは、そっと掘り起こしてやると、慌てて逃げることなくじっくりその勇姿を拝ませてくれたりもする。

 それやこれやを撮るには、光が満遍なく分散するストロボよりも、一点に集約されるLEDのターゲットライトのほうが、水の濁りの影響を抑えられることが判明。

 これはすなわち、アンドロメダをはじめとする地球防衛艦隊の拡散波動砲がまったく効かなかったのに、渦の中心角一点に的を絞って放たれたヤマトの波動砲が、見事白色彗星を粉砕できたという故事(?)がヒントになっている。<ホントか?

 あまりに面白いので、途中その報告をえび屋−Mさんにしたら、うちの奥さんも顔を出していたからカメラを貸して覗かせてあげた。
 すると…

 「ずる〜い!!」

 なんだ、ずるいって。
 とにかくこの一言で、これで覗くといかに面白いかということがお分かりいただけよう。

 これは車えび養殖業界にとって画期的な発見ではなかろうか。これなら誰だって、濁った池の中でもエビの状態をけっこう観察できる。

 ()エポックさんには、是非とも動画機能付きのデジイチとハウジングを複数揃えていただいて、いつでもエビちゃんたちの様子を知る術にしていただこう。
 (で、不要になったら払い下げてもらおう♪)

 そうやって楽しみながら撮影を終えて、元のボートのところまで戻ってくると、すでにエビちゃんたちがカゴに入っているよ、とジュンさんが教えてくれた。

 どれどれ……

 あ、ホントだ!!

 この水揚げ用のカゴ、前述のとおり、翌朝水揚げするためのカゴを夕刻に入れる。久米島でのバイト時代には、このカゴの中にサンマの切り身をぶら下げていた。

 ところが現在のエポックさんでは、カゴには何にも入れないというのである。
 なんでそれでエビが入るんですか??

 「なんでかわからないけど、入るんだよ」

 ……なるほど。
 たしかにこの夜も、すでにカゴの中はにぎやかになっていた。
 そして不思議なことに、先ほどまで這いずっていたあたりとは違って、カゴの周囲のエビちゃんたちの密度が高い。

 エビがエビを呼ぶのだろうか。

 エビちゃんたちが集まると、なにやらにぎやかなフェロモンが放たれて、ナニナニ、どうしたの?どうしたの??と、次々に他のエビちゃんがちがさらに集まってくるってこと??

 エビでエビを釣る。
 うーん、なんとも奥深い。

 そんなカゴの中のエビちゃんも一応撮ってから、エキジット。
 さっそく液晶で、えび屋−Mさんやジュンさんに見てもらった。

 すると、

 「おーっ!カゴに入ってるとこがホントに写ってる!!」

 あらゆるスタッフのみなさんが不可能と信じた、池の中のエビちゃんの撮影。

 写真的には何がどうというレベルのものではないにしろ、自分自身期待以上の成果を出し、なんだかアカジンを獲りに行って、アカジンもタマンもタコもウキムルーも何もかもまとめて獲って帰ってきたかのようなこの充足感。

 これぞまさしく……

 ミッション・コンプリート!!

 不可能を超えた。