4・辺銀食堂

 本人的にはそれほど意識していなかったのだけど、このところの旅行記を振り返ってみると、ほぼ百パーセントのわりで冒頭に出てくるのが、那覇空港にあるキリンビールのビアスナック。

 けっしてキリンの回し者ではない。
 ないけど、いやホントに、ここでいただく生ビールが美味いんですよ。

 でも出発当日は、石垣に到着してからすぐさま仕事に取り掛かる段取りになっていた。
 車えび料理の撮影である。
 石垣空港まで3時間くらいかかるならいざ知らず、羽田〜伊丹空港程度の距離だから、昼間から飲んでしまうわけにはいかない………

 ……と自重するつもりでいた。

 が、心優しきえび屋−Mさんは、

 「モチロン、那覇空港でのビールで乾杯もぜんぜん構いませんが、少し、お腹あけておいてくださいね。」

 と言ってくださっていたのだ。
 我々は絶対に京都には住めない人間だから、もちろん言葉どおり受け取ったのは言うまでもない。

 で。

 

 いつもどおり。
 でも………。
 ジョッキで飲む一番搾りの黒生よりも、家で飲む缶のプレミアムモルツ<黒>のほうが美味しい気がしたのは気のせいでしょうか。

 定刻どおり出発したANAは、あっという間に石垣空港に到着。
 週間天気予報では曇りと雨マークばかりだったはずなのに、着いてみると夏のような日差しが我々を迎えてくれた。

 本島だってこの季節でも晴れれば「夏のように」なるとはいえ、この暑さはすでに「夏のよう」ではなくて夏そのものだ。

 さすが八重山!!

 寒い日もありそうだからとそれなりの上着を手にしていたのに、この日に限ってはまったくの無用の長物。
 Tシャツだけでも暑いくらいだ。

 そんな夏日の空港で、迎えに来てくださったえび屋−Mさんと合流。
 年末の那覇での忘年会以来………といっても3ヶ月しか経ってない。

 さっそく現場へ。
 ファーストミッションは、ご存知辺銀(ぺんぎん)食堂!

 かのラー油で一世を風靡した、石垣島の超有名食堂である。
 今や石垣島内には、あんたらホントにこんなにラー油食ってたのか?ってくらいにあっちゃこっちゃにラー油が売られるようになっている。
 そのブームの火付け役こそがこのお店。
 (その「火付け役」にマッチを渡したのは
こちら

 田舎道にポツンと1軒ある素朴な食堂……と勝手に思い込んでいたところ、実際に来てみると、市街地にあるなんともオシャレな内装のお店だったのでビックリした。


大先輩にはノンアルコールビールを飲ませ、
自分たちだけ地ビールを飲んでいるとんでもない後輩。

 空港到着が13時半頃で、お店に到着したのはランチタイム終了直前、というかすでに入店可能時刻は過ぎていたタイミングだった。

 もちろんあらかじめえび屋−Mさんが話を通してあったので、入店自体は可能ではあったのだけれど、店内のテーブル席がすべて合体して配置され、貸切表示になっていた。

 なにやら、このすぐあとから「撮影隊」の貸切タイムになるのだそうな。

 さすが石垣市内の有名飲食店、そういう客もいるのだろう。何の撮影だろう??

 とにかくそのおかげで、我々の場所はカウンター席に追いやられてしまった。
 カウンター自体はとっても広いのはいいとしても、対面が厨房になってしまうので撮影にはやや不向きチック。

 しかも、今回の初ミッションである。
 最初はまず、試行錯誤を繰り返しつつ、じっくり腰を据えて取り組みたかったところである。
 それなのに、いきなり想定外の場所だったこともあって、非常に緊張をともなう作業と相成った。

 はたして、真田さんが解決してくれた方法はうまく機能するのか??

 そんなことよりもなによりも!!

 ここでのミッションは料理の撮影。
 撮影した料理は、もちろん我々の昼食になる。
 そして、次々に繰り出される料理の数々ときたら!!

 車えびのイスラム揚げ
 車えびのブラックビーンズ炒め
 海老ココナッツカレー

 どれもこれも「美味しい」という領域を遥かに通り越してしまっていたのはいうまでもない。
 キレンジャーとしては、意外なカレーの姿にもビックリ。

 ああ、もう、思い出しただけでヨダレが……。

 もちろんこのお店には、車えび料理のほかにも有名なメニューがある。その一つがこれ。

 

 五色餃子。
 目に鮮やかだし美味しいし、売り物のラー油には合うし、といいこと尽くめのはずなのに、なぜか近々メニューから消える日が来るらしい。
 なんでだろう?

 餃子のことを気にしている場合ではなかった。
 初ミッションにおけるいささかの緊張は、

 「熱いうちに食べよう!」

 という周囲からのプレッシャーにとっとと蹴散らされ、ビールを飲みながらの楽しいランチタイムは、つつがなく終了したのであった。

 そしてお会計の時。
 どこからかフラリと現れた紳士が、えび屋―Mさんに挨拶をしに見えた。

 「こんにちは。辺銀です」

 なんとも渋い声の渋いご主人だ。
 てっきり僕は、えび屋−Mさんとお知り合いだからだろうと思っていたら、後刻伺ったところ、このときが初対面だったという。

 なんでまた、わざわざご丁寧にご主人が??

 それは、翌々日の新聞で判明した。
 実はこの日貸切の予約をしていた撮影隊というのは、この撮影隊だったのだ。

 撮影隊が撮影していたのは、辺銀食堂のご夫妻をモデルにした映画だったのである。
 ちなみに奥さん役は、小池栄子って。

 そのスタッフが食事に来る。
 準備万端、挨拶をするために店にいたご主人。

 そこへ、まがりなりにも撮影機材らしきものを抱えてのこのこやってきていた我々。
 それを見たご主人が、どのように勘違いされたかは容易に想像できよう………。