5・養殖場

 辺銀食堂でのファーストミッションを無事に終えた我々は、荷物はすべてえび屋−Mさんの車に載せたまま、ホテルでチェックインだけ済ませ、一路養殖場に向かった。

 ()エポック石垣島は、石垣島最大の観光地・川平湾にほど近い、崎枝というところにある。
 次のミッションは、その養殖場で午後の作業風景を撮る、というものだった。

 我々は過去に何度か訪れているから、だいたいの雰囲気はわかっている。
 おまけにそもそも僕は、かつて何度か触れたことがあるように、その昔エポックさんの本社・久米島の車えび養殖場で、たった2ヶ月余の期間ながら、アルバイトをしていたことがあるのだ。

 勝手はだいたいわかっているだろう……。

 それこそが、えび屋−Mさんがこのミッションを僕に託された最大の理由だったのは間違いない。

 到着後、養殖場の事務室勤務のえび屋−Mさんの奥様とご挨拶。

 何を隠そうこのご夫妻は、うれし恥ずかし我々のお仲人さんなのだ。
 つまり我々夫婦は、昔からお世話になりっぱなしという話でもある…。

 さあて、いよいよセカンドミッション!!

 養殖場での作業と聞いて一般的にイメージされるのは、カゴ揚げ〜出荷がもっぱらだろう。
 しかし水族館であれ養殖場であれ我が家のガメ公であれ、生き物を管理するというのは大変な作業を伴う。

 ことに「食品」としてご家庭にお届けすることが大前提の車えびともなれば、その品質管理のために、合わせて8ヘクタールにも及ぶ養殖池を日々キチンと管理しなければならない。

 そのために毎日スタッフが池を潜っては、残餌のチェック、エビのチェック、底砂の掃除、なども行なう。

 そういった作業が終わったあとは、翌朝の出荷のためのカゴ入れだ。

 我々が養殖場に到着したのは午後遅くだったので、そろそろカゴ入れになる頃だった。
 さっそく撮影開始だ!

 このカゴ入れ、かつての久米島では、すべて池用のボートに載せ、ボートから行なっていた。
 ところがここでは、ほとんどのカゴを、池の脇から投入できるようになっている。

 しかも。
 水揚げの際には、ボート上の生簀が満杯になるたびに、その都度いったんボートから降ろして出荷場に運ぶ。
 その作業の効率化を図るために、池の周囲のほとんどを、車が通れる幅がある道にしてあるのだ。

 これは便利!!

 が。
 作業的に便利なのはいいのだけれど、モンダイは撮影。
 えび屋−Mさんがスタッフの皆さんに、撮影に関する話をあらかじめ通してくださってはいた。
 とはいっても、作業を中断して撮影のためにガッツポーズをするなどという話ではないので、彼らはいつものように流れるような素早さで作業をこなしていく。

 そのため、さぁカゴ入れだ!となっても、あれよあれよという間に終わってしまうのだ。

 その時間内に、

 「これだったら、ここはこうしてこう撮ろう…」

 なんて段取りをつけられるはずはなかった。
 ただただ走り回るだけで終わってしまった……。

 まぁしかし、明日もまたチャンスはある。
 今日はロケハンだったつもりでいよう。

 カゴ入れのあとは餌の時間。
 これは久米島バイト時と同様、ボートから行なう。
 ボートに載せた餌を、餌撒き用に加工されたハイターの容器で池に放つ、というのは、ハイターを含めて久米島での作業と同じだった。

 この餌、広く満遍なく池じゅうに放り込むわけではない。
 ちゃんとエビちゃんたちがカゴに入りやすくなるように、池の周囲に沿って撒くのだ。

 餌撒きは記憶に残っていたイメージどおりだったおかげで、ボートに乗って撮らせてもらったときも、池の脇から撮らせてもらった時も、それなりに撮ることができた。
 ああ、もっと明るい望遠レンズがあればなぁ…と思いつつ。

 ちなみにこの餌撒き、知らないとただテキトーに撒いているだけに思われるかもしれない。しかしそこには、深遠なる配慮が行き届いているのだ。

 というのも、熱帯魚を飼っておられる方ならご存知のとおり、餌というのは与えすぎてもまた害になる。
 その害の最たるものが、水質の悪化。
 食べきれずに残った餌はやがて水を悪化させ、かえってエビたちの住環境を悪くしてしまう。

 だからといって餌を与えなさ過ぎると、今度はエビちゃんたちの成長不良という事態を招いてしまう。

 そこでここ()エポック石垣島では、エビちゃんたちが食べ残すことなく、それでいて成長を阻害するほど少なくもない量、すなわち腹9分目を目安に餌の量を決めているという。

 そのため普段の残餌チェックでは、池の底に餌が残っていることはほとんどなく、年に数回確認される程度なのだとか。

 その腹9分目作戦ではさらに便利なことがあって、糞の量が格段に少なくなるそうな。
 池という閉鎖空間において、充分すぎるほど速やかに分解されてしまう程度の量で済んでいる、ということだと考えられている。

 なるほど、餌撒きひとつとっても、長年蓄積された経験とデータで、20年前とは大きく様相を異にしているのか……。
 ヘドロにまみれて池の掃除をする、という養殖池につきものの昔ながらの作業は、今やすっかり過去のものとなっているようだ。

 ただ、昔に比べて残餌や糞は皆無に近い激減状態にしても、さすがに脱皮ガラはそのまま残る。放っておいたら池の水を汚す役にしか立たない。

 それらをうまい具合に池中央にある排水口へと導くのが、池の各所に設置されてある水車だ。

 これらが作り出す流れは、養殖池を上から見ると、大きな渦を描いていることがわかる。
 その流れに乗って、脱皮ガラは中央の排水口へと流れていくのだ。

 ほぉ………。

 傍目からは20年前と変わらぬ懐かしい姿を見せている養殖池も、実はすっかり近代化されているのであった。

 そのあと、みなさんが作業を終えて業務報告という名のゆんたくタイムになってから、翌朝のミッションの舞台である出荷場を、スタッフのジュンさんに案内してもらった。

 ベテランスタッフであるジュンさんはえび屋−Mさんのご指名だった。
 でも我々的にはとってもシャイな方に見えて、取材とか撮影とか、そういう類のものが最も苦手なように見受けられた。

 にもかかわらずなにゆえそういう方を案内係に指名されたのか、不思議でしょうがなかったのだが、事実はまったく逆だと、えび屋−Mさんも奥様も口を揃えておっしゃるのだ。

 そう言われても半信半疑だったものが、その後ほどなくして我々にもわかった。

 だって、この日撮った写真を後刻確認してみたところ、作業をしているジュンさんは、随所随所でしっかりカメラ目線になっているんだもの………。

 ところで、この日このとき出荷場内を案内してもらったとき、翌朝のためにテスト撮影もしてみたところ、真田さんが考えたスレーブ発光システムに、意外な(というか当たり前の)弱点があることが判明してしまった。

 何もしていないのに、スレーブ発光(よそでパッと光るのを感知して、自分も発光する仕組み)するはずのストロボが、なぜだかビカビカビカビカ光りまくるのだ。

 一瞬壊れてしまったのかと思った。
 ところが、屋外に出て試してみるとなんともない。

 アッ!!

 やや古くなった蛍光灯の、人間の目にはそれと認識できないほどの明滅に、高性能なスレーブ装置が反応してしまっていたのである。

 それって敏感すぎでしょう………。

 真田さんがいない現場で、新たに解決しなければならないモンダイが出来してしまった。
 さぁ、どうやって解決しよう?