J会津若松散歩(3月9日)

 行きの参道とは違うコースが帰り道になっていて、そこには国重要文化財のさざえ堂とか、白虎隊が退却してきたトンネルとか、なぜか厳島神社もあって、麓には白虎隊記念館も設けられている。
 時間の関係で立ち寄れなかったものの、なんだかその雑駁な雰囲気が妙に大衆的でいい。飯盛山全体は、松山に行った際に立ち寄った石手寺のようでもあった。

 麓の土産物屋をひやかした後、時間がまだ残っていたので、会津若松駅までタクシーを使わずに歩いて行くことにした。
 ほんの少しだけながら、会津若松散歩である。

 駅までまっすぐ続く大きな道沿いを歩いていると、荒物屋さんがあった。

 こういう店は、昔はたいてい地味なものと相場が決まっていたと思うのだが、雪掻き用プラスチック製品のおかげで、店頭がエキゾチックなくらいにカラフルだ。
 うちの奥さんは、各地方のこういう店に目がない。
 北海道では当たり前だった「ママさんダンプ」を見つけるや、何を買うわけでもないのにピューッと駆けつけた。

 こういう店に目がないといってもどうしようもないのだけれど、おかげでこういうものを発見してくれたりする。

 かんじき!!
 それが昔からある雪上の歩行用具だということはもちろん知ってはいるものの、こういう店でまだ現役で売られているアイテムということは知らなかった……。

 大きな一本道の先のほうに、東横ホテルがよく見える。
 たしか、東横ホテルは駅前にあったはず……。それがさっきからいっこうに近づかない。
 間に合うのか??

 そんな我々の前に、ひどく魅惑的な名前が現れた。

 蚕養国神社

 大通りからちょっと入ったところに、木々がこんもりと茂った場所があった。
 このあたりは蚕養町というところらしく、そこにあるからそういう神社の名前なんだろうけど、つまりはその昔は養蚕が盛んだったのだろうか??

 うーん、神社に行ってみたい!!

 ………けど時間がない(涙)。

 仕方なくテクテク先に進むと、下校時間らしく、通り沿いの校門からなぜかジャージ姿の中学生たちが溢れ出てきた。

 そんな彼らの一部とすれ違うときのこと。

 「こんにちは〜!」

 おお!!
 みな快活に挨拶してくるではないか。
 意表をつかれたので思わずたじろぎつつ挨拶を返してしまった。
 平泉の町を歩いていた際も、町内の小学生たちが僕らのような一見してそれとわかる旅人にまでみんな元気に挨拶してくれたことを思い出した。

 知らない人と話したらダメ

 本気で子供たちにそう教えないと身の安全が守れなくなっているこのメチャクチャな世の中にあって、平泉もここ会津若松も、人として極めて健全なありようを見せてくれる。
 東北地方とは実に気持ちのいい世界ではないか。

 そうこうするうちにようやく駅前にたどり着いた。
 さすが会津若松、地下へ降りる入り口もお洒落である。

 そして駅舎も。

 その駅舎の前にも、白虎隊士の像があった。

 限られた時間ではあったけれど、こうして喜多方と会津若松の町をテケテケ歩きまわり、会津の国というのはとにかく気高い神々の山に抱かれた土地であることを知った。哀しみも怒りも少なからずあるその歴史を、神々はすべて見てくれているに違いない。

 その夜も、前夜同様夕食時に日本酒をお願いした。
 会津地方の有名な銘柄でもある「国権」だ。
 ほんのり甘く味わい深いこのお酒の酒造所は国権酒造といい、会津田島の地で明治10年の創業という。

 会津が官軍の前に敗北して、まだ10年も経っていない頃である。
 そこで生まれた酒造所の名前が「国権」、すなわち国の権力というのは、この地方の人々の、国に対する精一杯の皮肉だったのだろうか。

 ……考えすぎかな?

 ともかく、歩き回った疲れを温泉で解きほぐした体に、美酒は心地よく染み渡っていったのだった。