K塔のへつり(3月10日)

 明けて3月10日。
 いよいよ今日で会津の国ともお別れだ。心地よい露天風呂に浸かるのも、この朝が最後となる。

 湯野上温泉駅を発つのは昼過ぎの列車なので、午前中は時間があった。
 そこで、ツアコンマサエ略してコンマサの案内により、この日は塔のへつりに行く。塔のへつりとは、この地方有数の観光スポットで、湯野上温泉駅の隣の駅が塔のへつり駅だ。ひと月前にも散歩してみたコンマサは、程よい距離でいい感じの場所だといたくオススメなのだ。

 宿のチェックアウトは10時ながら、荷物を置かせてもらっていざテクテクと出発。
 国道沿いは交通量が多いので、川向かいの静かな道を歩くことにした。
 川沿いの静かないい道である。この地域ではそれほど多くはない杉木立が幻想的ですらある。

 ひと月前のこの道は雪だらけだったそうで、自動車の轍以外はとても歩けるものではなく、ときおり車が通りかかるたびに避けるのに苦労したらしい。

 でもこの日は、雪といえば日陰に残るのみ。お日様も出ていて、思わず上着を脱いだほどにポカポカ陽気だった。そして木々を抜けて視界が広がると、こういう景色がある。

 そんな絵に描いたような景色を見つつ歩いていると、途中に集落があった。その入り口付近には、村の鎮守なのだろうか、白鳥神社という社があった。

 神様にお尻を向けるのは申し訳ないものの、ちょっと休憩するのにちょうどいい。
 休憩した後、集落が魅惑的だったので寄り道してみた。
 みなさんもっぱら農家のようで、蔵が多く、どれも農家として現役らしく、壁には農作業用の杭なのかなんなのか、いろんなアイテムが揃っている。
 道路わきにはやはり用水路があり、雪解け水がとうとうと流れている。その水を利用して、何に使うのだろうか、丸太がアク抜きされていた。

 家々はみな大きく、どこもかしこも「豪農」のようで、これはやはりこのあたり南会津一帯が天領だったことの恩恵なのだろうか?

 我々の旅行中は、滅多に2人で写真に写ることがないのだけれど、こうすると一緒に写れたりする。

 水納島にお越しになるゲストの方々に教わった技だ。
 この季節のこの地方では、軒先で大根を干しているのが一般的に見られるのだが、ここでもやはり干されていた。

 ちなみに、ひと月前の同じ場所では、大根は↓こうだった。


撮影:オタマサ

 大根の数はともかく、そのサイズが相当縮んでいるのがおわかりいただけようか。
 この大根干しは、「凍み大根」と呼ばれるこの地方では欠かせないもので、一度雪の下で貯蔵し、大寒の頃に取り出し、皮を剥いてからゆがいて、さらに適度な大きさに切ってから干す、という相当に手の込んだ工程を経ている。
 雪に閉ざされる地方には保存食は欠かせない。先祖代々の暮らしの知恵なのだ。

 集落を過ぎてしばらく行くと、大きな赤い橋にたどり着いた。

 ここまで来たら、塔のへつりまではもうすぐらしい。
 やがて道は、なんだか軽井沢のような林となり、塔のへつりを示す矢印が出てきた。
 いよいよ塔のへつりだ!!

 川に向かって道を少し下っていくと、おお、観光地らしくお店が並んだ開けた場所に出た。
 ここのウリはなんといっても自然が作り出した景観で、へつりというのはこの地方の方言で「川に迫った断崖」のことをいう。
 それらが塔のような形状になり、川沿いに何本も連なっているのだ。

 そして!
 コンマサ的に一押しなのが、塔のへつりへと渡る吊り橋。
 彼女は実は吊り橋好きなのである。

 まずは見晴らし台のようなテラスに行ってみた。
 おお……。

 たしかに壮観だ。
 深々と水を湛えた淵の上に架かる吊り橋が美しい。

 ここもやはり、ひと月前はこうだった。


撮影:オタマサ

 同じ冬枯れなら、雪景色のほうが美しいかな??

 雪の日にわざわざ吊り橋を渡る人なんていなかろうと思いきや、それが思いのほか多かったそうで、なかには酔っ払って吊り橋をわざと揺らすおっさんもいて閉口モノだったという。
 それにくらべ、ポカポカ陽気のこの日はなぜか人が少ない。

 チャンス!!

 とばかりにコンマサが、前回来訪時以来の願望をついにかなえた。
 これだ。

 え?わからないですか??
 では拡大!!

 吊り橋の上で大の字!!
 厳寒のアラスカでもアフリカのサバンナでも城の天守の床でも、とにかく大の字にならないと気が収まらないコンマサなのである…。
 ま、たしかに人がひきもきらず渡ってくる吊り橋上でこんな真似はできなかったろう。とはいえこれを撮影している僕の横には年配のご婦人がおり、不思議そうな目で眼下を眺めておられたのはいうまでもない。

 さて、いよいよ僕も吊り橋を渡ってみよう!
 …実はやや高所恐怖症の気配がある僕としては、足元遥か下に川がある、なんてのはかなり拷問に近い。おまけにこの吊り橋が揺れるのである。
 さらには、普通こういう吊り橋といえば意地でも人が落ちないよう、欄干が高めに設けられていそうなものなのに、この吊り橋の欄干は腰の位置よりも低く、おまけに橋を吊っているワイヤーも中央部分では欄干とほぼ同じ高さになる。

 こんな感じ。
 これだと、ヨレヨレッと倒れかかったが最後、その身は深緑の淵に瞬く間に吸い込まれてしまうではないか。

 ……ウウッ!!

 売店では各種つまみのほかお酒も販売している。過去にこの吊り橋から落っこちたという酔っ払いはいないのだろうか??

 とはいえ、この吊り橋からの眺めがまた素晴らしい。

 我々が先ほど通過した赤い橋だ。

 橋を渡ると、川水にえぐられた砂岩の窪みを利用したのだろうか、お地蔵さんがいらっしゃった。
 さらにその先に階段があり、登るとご本尊がある。前回は雪のためにとてもじゃないけど階段を登ることができなかったというから、オタマサにとっても初めての道なのだが、そのとき!

 「カワガラス!!」

 川に住む小さな鳥だ。水鳥ではないのに川に潜ったりもする。前回来たときもこのカワガラスを見て喜んだコンマサは、是非今回は僕に見せようと張り切っていたのだけれど、前回いた場所にはいなくなっていて、ちょっとガッカリしていた矢先のことだった。

 まぁしかし、こんなところで小さな鳥を見て喜んでいるのは我々くらいのものだろう……。

 カワガラスを堪能し、階段を登り、ついに前回未踏破のご本尊前に。

 うーむ……。
 この格子の向こうに高松宮殿下もご覧になったというご本尊がおわすのだが、ここに訪れたさのあまりに雪の階段を無理して登り、すってんころりんと川に転落していたら目も当てられないところだった……。

 さて、吊り橋ツアーで景観美を堪能した我々は再び吊り橋を渡って元の場所戻り、先ほどからずっと気になっていたものを買い求めた。
 それは……これ!!

 鮎の塩焼き〜〜!!
 丸々と太った鮎が、炭火でじっくり焼かれてるんだもの、これを食べない手はないでしょう。
 そりゃもちろん、ここらの川で獲れたものではないだろうけど、やはり鮎はこういうところで食べてこそ。

 岩魚に比べるとちょっと上品さに欠けるきらいはあるものの、それでもやはり、野天で食べる鮎はオイスィ〜ッ!!

 ムシャムシャとかぶりつきながら、我々はここから程近い塔のへつり駅を目指したのだった。