11・市場の厨房

 築地市場場内卸売り市場を初体験した我々は、そのあと再び場外市場に戻り佃權のおでんを食べつつ、場外・場内を散策。
 すると、あまり他所では見かけないクリスマスツリーを発見した。

 まさかツリーに飾られることになるとは、タワシも思ってもみなかったことだろう。
 これもさすが築地ってところか??

 装飾ってわけじゃないんだけど、その迫力がそんじょそこらの装飾よりも圧倒的にアイキャッチになっているのが、これだ。

 これは場内の魚がし横丁にある包丁屋さん。
 さすが築地、包丁は欠かせない道具であることはわかるけど、それにしても、剥き身で売られているなんて………。

 場外市場の刃物屋さんではケースに収納されていたのに、場内は今もなお剥き身。
 きらりと光る刃の輝きが、実に迫力に満ちている。
 アキハバラなど、突如キレて通り魔化するヒトがいそうな場所では、とてもじゃないけど許されない展示方法だろうなぁ……。

 どうしても写真を撮っておきたかったので、鱗落としを機関長へのお土産として購入する際に撮影。

 そうこうするうちにお昼前になった。
 僕は今朝の穴子丼のほとんどを食べたのでそれほどお腹は減ってはいなかったけど、お昼のために自重して穴子丼を少しだけインターセプトするにとどめたうちの奥さんは、ここにきて激減り状態になってきたらしい。

 築地市場近辺で昼前ときたら、どの店だって混んでいる。
 今朝行った高はしだって、すでに長蛇の列だ。人気のお寿司屋さんになると、

 これみんな、お寿司を食べるために並んでるんですぜ。
 しかも人気店中の人気店になると、もはや店頭のスペースだけでは足りず、

 道路のほうに別枠を設けられていて、そこに第2グループが長蛇の列を作っているほどだ。

 2時間待ちなんてこともザラなんだとか。

 ありえない………。

 昼頃ともなるとどの店も混んでいるという情報は、あらかじめ得ていた我々である。
 いくらなんでも、こんな列を作ってまで何かを食べようという気にはならない。

 そんな我々に耳寄りな情報があった。

 築地市場は活魚鮮魚ゾーンのほかに、青果市場の部門もある。
 観光地化したお魚ゾーンとは違い、わざわざ野菜や果物を見に来る観光客はいない。
 そんな青果市場側に、実に魅力的かつ穴場チックなお店があるという。

 土曜日の下見の際にその場所を探るべく調査してみたところ、これがなかなか見つからない。
 そもそも「青果市場側」という情報だけで辿り着けると思っていた時点で相当な考え違いだ。
 青果市場だって、お魚ゾーン同様とんでもなく広いのだから。

 それでもようやく見つけたからこそ、この日は余裕でランチタイム開始時刻に辿り着けた。

 その名も「市場の厨房」。

 ………って言われても、これじゃあどこにあるかわからないでしょ?
 下見の際になかなか見つけられなかったのも無理はない。
 ほら、上の写真の「8」って数字のあたりのちょっと右に、看板らしきものが。
 そう、そこに……

 お店がある。
 まさに穴場的立地……。

 入ってみると、魚がし横丁にズラリと並ぶ店舗とは違い、実にフツーに「ランチでも……」という気分になる内装だったので驚いた。
 これなら、外で行列が待っているから、なんてことで慌てて食べて出て行かなくても大丈夫そうだ。

 この市場の厨房での我々の目的は、海鮮ブツ切り丼。
 目の前の築地市場で仕入れられた新鮮なお魚さんのブツ切りがドドンと載った丼が、1000円を切るお値段で用意されているというのである。

 この界隈でそのような料理が1000円未満だなんて!!

 コストパフォーマンス的には他の追随を許さないのではあるまいか。

 が。

 メニューにはしっかり載ってはいるものの、どういうわけか本日は用意できないのだとか。
 ひょっとして、不動産屋の広告に必ずあるような、とんでもなくいい物件なのに必ず売約済になっている的客引き用架空のメニューなのか??

 しかし胃袋は鮮魚待機状態になってしまっていたので、それではとばかりに僕は刺身定食を頼み、うちの奥さんはどんどん丼という、ブツ切りじゃなくてお刺身がてんこ盛りの丼を頼んだ。

 今準備しているので、お刺身は少し時間がかかりますけどよろしいですか?というお知らせをウェイトレスさんがしてくれた。
 混みあっているわけじゃなし、全然
OKである旨伝える我々。

 お刺身に時間がかかるってのは、モーニングタイムから間をおかず始まるランチタイムのため、ひょっとして朝仕入れてきたばかりの魚を今からさばくんだろうか???

 意外に多い厨房内のスタッフの動きを見ていると、どうもそんな気配だ。

 期待に胸を膨らませ、生ビールでダハダハしつつ、待つことしばし。
 それほど腹は減っていなかったはずなのに、待たねばならぬとなった途端、なんだかお腹がすいてきた。

 そしてついに!!

 刺身定食!

 興奮しつつ刺身の皿アップ!!

 いやはや、これはもう世界遺産級の「和食」の世界、まさにアート!!(もちろん山葵はおろしたもの)

 このお刺身がまたべらぼうに美味しい。
 例えて言うなら、昨オフに伊根の舟屋の宿でいただいたお造りに匹敵する美味さである。
 すなわち、人生最高級。

 旅行を終えて振り返ってみたところ、ことお刺身に関していえば、ここでいただいたものが全日程を通じて最も美味しかったという結論に達した。
 鮮度といい美味さといい、やはり先ほどさばいたばかりのお刺身だったに違いない。

 そんなお刺身がてんこ盛りの丼、どんどん丼も到着!!

 むやみやたらと丼にする近頃の風潮はいかがなものか……というムキですらおとなしく頭を垂れるであろう。

 なにしろそのあまりの美味しさに感動したオタマサが、わざわざ自らのオタマサノートに絵入りで記録と記憶に残したほどなのだから。

 言われなきゃ「なんの暗号?」って思ってしまいそうだけど。

 載っている数々のお刺身が美味しいのはもちろん、なんとこの丼には、ゴマと生姜で香り付けされた酢飯の間に、マグロの切り落としのような部位の「漬け」が、主役を食う勢いで秘められていた。

 朝を控えめにしたオタマサ、落ち着いた店の雰囲気と目の前の丼に、至極ご満悦である。

 あまりの美味しさに、ランチだというのに生ビールをもう一杯頼んじまったぜ(二人とも……)。

 どちらもお値段1500円。
 そのグレードの高さからすれば、これでも超絶的おトク感満載のシアワセのランチだった。

 というか、これが倉庫の裏のような場所にある店だなんて………。

 さすが築地市場、本場は奥が深い。

 ちなみに朝6時から始まって11時で終了する朝食タイムには、日替わり朝定食600円というメニューがある。
 もちろんその対象は、未明から市場で働いている人たちであろう。

 我々が入店した時点ではがら空きだった店内は、正午頃になるとたちまち席が埋まり始めた。
 かなりの率で、市場内関係者もしくは近隣にお勤めの方っぽい。

 その店のありようは、なんとなく昔の那覇空港における「天竜」のような雰囲気なのだった。