6・摩天楼十分歩けば暮紅葉

 千葉さんのカツカレーを食べた。
 タミヤのワンダーランドに訪れることができた。

 今日の日中の主目的は達成された。

 でもまだ時刻は午後1時過ぎ。
 せっかく新橋界隈まで来ていることだし、ついでにあそこに行ってみよう!!

 というわけで、再び線路を越えるとそこは高層ビルが針の山のように林立する汐留の異世界。
 目指す目的地はそのさらに向こうにある。

 企業説明会に団体で訪れていたらしいリクルートスーツ姿の初々しい男女の行列とすれ違いながら歩いているうちに、ようやく辿り着いたのがここだ。

 ご存知浜離宮恩賜庭園略して浜離宮。

 この付近に浜離宮なるものがあることは前々から知ってはいた。
 でも銀座のカツカレー同様、ここに来るために時間を作る、という機会はこれまで一度としてなかったし、これからもあるとは思ってもいなかった。

 そんな我々にとって、この日曜日の小春日和はまたとない来訪チャンスだったのである。
 また、陸封3日目にしてそろそろ水辺が恋しくなっていたこともあって、こういう運河程度であってもなんだかホッとする。

 そしてなんといっても!!

 この浜離宮で、久しぶりに「日本の秋」を少しばかり味わうことができた。
 そう、

 紅葉!!

 毎年紅葉を楽しむことができる本土とは違い、沖縄では秋に色づく木々はごくわずかだから、紅葉を楽しめる場所がない。

 なので我々が最後に赤く色づいたモミジを見たのは、初めて東北を訪れた2001年11月以来のことになる。

 もちろん庭園内すべてが紅葉というような大迫力の景色ではないけれど、ところどころで赤く染まったモミジが、天高く輝く太陽の光を浴びていた。

 ひょっとしたら見られるかも…でもちょっと遅いかなぁ、という淡い期待を抱いていたので、こうして1本でも2本でも紅葉を見られたのは幸いだった。
 しかも、一箇所だけながら順路中に紅葉のトンネルまであった。

 秋ですなぁ……って、もう12月だってば。

 こんな、ともすれば嵐山かどこかですか?的な風情を見せつつも、ここからくるりと後ろを振り返れば、そこには天にも届けとばかりにそそり立つビル群なのだから、日本の都市開発思想に「風流」という文字がないことがよくわかる。

 園内を順路どおりにテケテケ歩いていると、やがて「潮入りの池」に辿り着いた。

 潮入りの池とは、海水を引き入れて潮の干満による潮位の変化によって池の趣を変える様式のことだそうで、案内パンフレットによると、この浜離宮の潮入りの池は、都内にある江戸の庭園では唯一現存する海水の池なのだという。

 池にはボラやハゼやウナギなどの海水魚が住んでいるそうだけど、真っ先に目につくのがこの生き物たちだ。

 毎度お馴染みオタマサワールド的生き物、カモたちが、水面にのんびり浮かんでいた。

 ちなみにここは中の島と両岸をむすぶ「お伝い橋」の上で、左端に写っているのが橋の真ん中にある中島の御茶屋と呼ばれる建物。厳島神社のように水辺の上に建っている。
 ここは現在も現役の茶店で、きらめく水面を眺めながらお茶をいただくことができる。

 もともとこの庭園は甲府松平氏の別邸だったそうで、その家から将軍になるヒトが出たことから、以後将軍家の別邸となり、中の島御茶屋などは将軍様のご休息所だったわけである。

 伊達政宗の瑞巌寺のように出城としての機能もあったそうながら、なんともまぁ、昔のお金持ちは風流ですなぁ。

 同じお金持ちでも、こういう庭園をこしらえて優雅に過ごすお金持ちがいた一方で、こういう場所に隣接してどでかいビルを林立させるお金持ちもいる。

 同じ国に住まう人間のメンタリティによる作業とはとても思えないコントラストだ。
 両者を明確に区別するキーワード、それは「経済」に違いない。

 自然と経済は、おうおうにして対立しあう事柄になる。
 しかしそれらは極論すれば、後のビル群で暮らしたいか、手前の庭園で暮らしたいかという話であるような気がする。

 ビル群で暮らす分には、眼下にこのような庭園が見えれば気持ちいいことだろう。
 しかし庭園で暮らす側にとっては、背後のビル群など邪魔以外のナニモノでもない。

 なんだか日本の自然保護問題の縮図のようなシーンだ(庭園はけっして「自然」ではないですけどね)。
 単純には解決しないモンダイながら、庭園側で暮らしたい人々にとっては、けっして「経済」という言葉は金科玉条にはならないってことだけはハッキリしている。

 途中、昭和な茶店で甘酒をいただいて休憩しつつ、テケテケと庭園を歩き続ける。

 広大な池のあちこちにカモがいる。
 近くで子供が母親を呼びつけながら叫んでいた。

 「お母さん、フラミンゴがいる!!」

 "ッ!?

 いくらなんでもフラミンゴをここで飼うとは思えないけど???

 お母さんが子供の言うことを否定する声が聞こえてこないので、本当にいるのかとややビミョーに不安になりつつ後刻たしかめに行ってみると、はたしてそれは…

 ダイサギなのだった。
 母ちゃん、ちゃんと正解を教えておいてあげないと……。

 ビル群世界で暮らしていると、やがてはサギとフラミンゴの区別もつかなくなるのかもしれない……。

 将軍家の別邸当時も明治後天皇家の離宮になってからも、この庭園内で盛んに鴨猟が行なわれていたという。
 江戸時代の鴨猟はもっぱら鷹匠が活躍する猟だったそうなのだが、いかな鷹とはいえ、やみくもに飛び回ってゲットしまくるというわけにはいかない。

 そこで考え出されたのが、飼いならしてあるアヒルを囮、すなわち文字通りのデコイに使う作戦だ。
 野生のカモがいる池にアヒルを放ち、タイミングを計って鴨覗き小屋から餌の合図の音を鳴らす。
 音を聴きつけたアヒルは、餌をもらえる場所まで移動を開始する。

 するとカモたちも、なんの列だか知んないけどとりあえず並んどくか的なノリで、アヒルの後についていく。

 やがてアヒルが狭い水路に侵入すると、カモたちもまたついていくる。

 そこで水路の両サイドに潜んでいたスタッフがカモたちを脅すと、慌てたカモたちは右往左往しながら舞い上がる。

 そこをすかさず鷹がゲットしていく!!

 という寸法だ。
 なんとも見事に鳥の習性を利用した仕組み。

 その際のアヒルを呼ぶ音を鳴らすセットがこれだ。

 木槌とただの板なのに、思いのほか高い音が鳴り響いた。
 これなら遠くにいても、アヒルはちゃんと聞きつけて餌をもらいにくるだろう。

 いやはやなんとも、面白い!!

 昔は猟の対象だったカモたちも、今ではのんびり暮らしている。

 そんなカモたちがときおり上陸し、歩いて道を横断する姿もまた微笑ましかったけど、この日こののどかな庭園内で最も感動した動物はこれだ。

 ハラビロカマキリ♪

 いや、ハラビロカマキリは沖縄にだっている。
 でもこのハラビロちゃん、なんと産卵中だったのだ!!

 泡のような卵嚢がムニュムニュ出てきているところ。
 乾くと茶色くなる卵嚢は、産んでいる最中は青いのですね…。

 産卵中のカマキリだなんて、そうそう見られるもんじゃありませんぜ。
 相当な昆虫少年だった僕だって見たことがあるかどうかくらいだし、僕以上に昆虫少女だったうちの奥さんはこれが初めてだというほどである。

 そんな貴重なカマキリの産卵シーンを、まさか浜離宮で見られようとは思いもよらなかった……。

 ……それにしても、カマキリって12月に見られるものでしたっけ??
 学生時代、初めて迎えた沖縄の12月に、学内でカマキリを見つけたときは、さすが亜熱帯と感嘆したものだったけど………。

 浜離宮沿いの運河にある水上バスの駅などを見ながら引き続きテケテケテケテケ歩いていると、春になれば菜の花畑になる花畑の準備状態ゾーンがあって、そこを抜けると広々とした原っぱになった。内堀広場というらしい。
 園内の原っぱはたいてい立ち入り禁止区域になっているのに、ここは出入り自由のようだ。

 こういう庭園で原っぱとくれば、やることはひとつ!!

 オタマサのライフワーク、どこでも大の字♪

 いやあまったく、風流だなんだとえらそうなことを書き連ねておきながら、楽しんでいることといえば、鴨だカマキリだ大の字だ………。

 所詮我々は風流とは無縁であるらしい。