7・銀座ライオン

 日曜の銀座は不便である。

 なにしろ昼も夜も、名だたる店のことごとくが日曜(店によっては土曜も)休みなのだ。

 さすがビジネスマンの街。

 ビジネスマンではない我々は、途方に暮れるしかないのか。

 しかしそこはそれ、捨てる神あれば拾う神ありなところが、銀座の銀座たるゆえんだ。

 今宵我々を拾ってくれる神はどこにおわすのだろう??

 散歩というレベルを超えて歩き回ってしまったあと、いったんホテルに戻ってひとっ風呂浴びる。
 国際観光都市だからだろうか、バスタブが広い。
 普段はシャワーのみの生活なので、ただでさえ湯に浸かるのが心地いいところ、歩き回って疲れた体にとって、足を延ばせるバスタブはそれだけで天国だ。

 風呂から上がって人心地つけると、体の奥底からジワジワと遥かなる呼び声が聴こえてきた。

 さぁ、ビールを飲もう!!

 17時過ぎに再び街へと繰り出す。
 17時過ぎといえば、水納島なら最終便が帰ってくる頃。冬至まであとわずかとはいえ、まだまだ世間は明るい。

 ところが師走の銀座の午後5時過ぎなんて、すっかり夜の帳が下りている。
 これじゃあ勤め人たちの飲み始める時刻も早くなるだろうなぁ。

 銀座の夜は、どこもかしこもクリスマスになっていた。
 しかしどうせなら、クリスマスを味わうよりも銀座らしいものを味わってみたい。それも、古き良き昭和っぽいお店がいいなぁ……。

 とはいえ文化的最新洗練地域であり続けている銀座に、そのような店が今もなお残っているのだろうか。

 これがあるんですねぇ、まだまだ銀座にも。いや、銀座だからこそ、でしょうか。

 というわけで、ひと汗流してビール飲みたいモードにシフトチェンジした我々がたどり着いたのが、ここ。

 〜♪君は銀座ライオン 傷ついた日々は 彼に出会うための……

 あ、それはダンデライオンか。

 はい、銀座ライオン!!
 これまでの人生で、ビアガーデンとかビアホールといった魅惑的ビール天国にとんと縁が無かった我々にとって、とりわけ格調高そうな…というか肴が充実していそうなビアホールは夢の世界だった。

 だから入り口の「SAPPORO BEER-HALL」の文字が、両脇の昭和モダンな外灯よりも遥かに燦然と輝いて見える。
 しかも創業1899年!!

 昭和モダンどころではない時代の話である。
 このビアホール自体は昭和9年にできたそうな。
 銀座ライオンはここ七丁目店のほかに、五丁目にも店舗があるほどに全国にも広く業務展開しているビアホールだけど、この銀座7丁目店は、現存する日本最古のビアホールなのだという。

 銀座っぽくて昭和チックな場所でビールを飲みたかった我々にとって、ここ以上にふさわしい場所がほかにあろうか。

 さっそく入店!!

 ………と思いきや。
 あれ?ここまでの数日、どの時間に通っても行列なんて目にしなかったのに、なぜに今この時に列が???

 たかが食べ物飲み物のために並ぶなんてことはありえない………のが信条のはずの我々である。
 が。
 一度頭に描いてしまった魅力的イメージからもはや逃れることはできなかった。

 そこで待つことしばし。
 ついに入店!!

 そして眼前には……

 こ…………これが昭和のビアホールか!!

 なんだかその辺に駐留米軍のGIが屯っていそうな雰囲気。

 案内してもらったテーブルは入り口からすぐのところだった。
 御手洗には遠いけれど、こうして正面の壁画とホールの雰囲気を真正面に見ることができるので、ある意味ポールポジションだ。

 あいにく画角の狭いレンズだから見た目のイメージのように撮れないところが残念ながら、天井の高い広々とした空間が暖色照明の下に広がっている。
 ここに集うヒトのほぼすべてが、ビールを楽しんでいるなんて……。

 奥に見える絵はこんな感じ。

 ビールを飲ます店だけに、麦を刈り、ホップを摘んでいる光景だろうか。
 モチーフはナゾながら、これ、なんとガラスモザイク!!
 拡大するとこうなっている。

 想像するだけでなんとも気の遠くなるような作業だ。

 かつてイタリアで数々のモザイク作品を目にした際、それを成り立たせた源である信仰の力をまざまざと思い知ったものだけど、このモザイク壁画も規模こそ遥かに違えど、昭和初期の人々の「銀座信仰」ともいうべきものが「力」となって生み出されたに違いない。

 ホール内の両サイドにも、1メートル四方ほどのモザイク壁画が並んでいた。
 そして優美な曲線を描く極太の柱もまた素晴らしい。

 いやあ、雰囲気だけで酔いしれそうだ。

 そんな人生初のビアホールで、まずは一杯。

 サッポロビールの生♪

 沖縄県内ではエビスの生を置いている店はちょくちょく見かけるけれど、サッポロの生を飲める店なんていったらアナタ、ばんばひろふみが歌う「サチコ」が数えるシアワセの数よりも少ない。
 ということもあって、なんだかやたらと美味しい。

 ちなみに、エビスを頼むとエビスのロゴが入っているジョッキになるのに対し、サッポロを頼むと写真のようなLIONのロゴ入りになる。

 サッポロ直営のビアホールで生ビール、それも日本最古の七丁目店とくれば、当然ながらそれを注ぐのはプロ中のプロ。
 きっと我々的には前人未到級の、キメ細やかな泡に違いない。
 という期待を抱いて抱いていたのだけれど、そのあたりの感動はそれほどでもなかった。

 というか、むしろ那覇空港のキリンビアレストランの生ビールのほうが、こと「泡」に関してはグレードが高かったような気が……。

 これは那覇空港のキリンのビールを注ぐおねーさんがひときわマイスターなのか、銀座ライオンの生が以前よりも品下がっているからなのか。

 気になったのでちょっとばかし調べてみると、銀座ライオンにはそのこだわりとして、「伝統の一度注ぎ」というものがあるらしい。
 人呼んで「一杯入魂」。<どこかで聞いたことがあるような気が??

 といわれてもよくわからないけど、つまりは2度注ぎよりはより伝統的かつ高度な技術を要するものなのだろう。

 それが2度注ぎのキリンビアレストランよりも泡のきめ細かさが劣る(ように見える)ってことは、すなわち技術の低下ってことなのか???

 ……なんて細かいところまで味わえる喉を我々が持っているわけがない。
 なにはともあれ美味しいのだ!!
 一盃一盃復一盃。

 この銀座ライオンのビアホールには、店も客もともに認める一押しの肴がある。
 そう、ローストビーフ!!

 ここでビールを飲むのが第1目標とするなら、第2の重要ターゲットはこのローストビーフなのである。

 さっそく、通りかかったウェイターニィニィにオーダー!!

 が。

 「すみません、ローストビーフは売り切れてますねぇ……」

 え゛!?

 そうだったのだ。
 この人気メニューのローストビーフは、いついかなるときでもスタンバっているわけではない。
 毎日焼きあがる時刻の案内があって、その時間になるとすぐさま売切れてしまうという。

 今夕の焼き上がり時刻の案内はたしか17時だったから、17時過ぎに来たらありつけるかなぁ…とオボロゲに思っていたら、とんでもなく甘い考えだった。
 我々が入店する際の予想外の行列は、おそらくローストビーフが焼きあがる時間帯がもたらしたものだろう(実際、我々が飲み始めてからは、行列ができることはついになかった)。

 恐るべし人気メニュー。
 ああ、食べたかったなぁ………

 ……という残念オーラが瞬時にテーブル上に満ちてしまったからだろうか。
 一度は「売り切れ」と宣言したウェイターニィニィが、

 「ちょっとお待ちくださいね、ひょっとしたらまだあるかもしれませんので確認してきます」

 にわかに膨らむ期待。
 ほどなく戻ってきたニィニィいわく

 「エンドカットの部分になるので、本来はお出ししないところなんですけど、それでもよろしければ………」

 もちろんOKです!!

 というわけで、本来の絵柄とはやや異なる状態で、念願のローストビーフ登場!

 エンドカットとニィニィが言っていたとおり、端っこなのでたしかにウェルダン気味になっている部分もありはしたけれど、それはそれでたしかな肉の味。ある意味レアものでもある。

 だいたい、普段分厚い牛肉とは縁遠い生活をしている身には、やや固かろうともホースラディッシュでいただけば、紛うことなきビールのお供だ。

 本当なら売り切れの憂き目にあっていたところ、気の効くニィニィのおかげでありつけたのだから、彼には感謝せねばならない。マニュアルトークオンリーのスタッフだったら、きっとこうはいかなかったことだろう。

 そのほか、

 (シメ鯖のような味がする)ニシンのマリネwithザワークラウトクリームチーズ添え。

 ナンタラいうソーセージ(ちゃんと繋がっている)。

 といったいわゆる定番メニューをお願いした。

 どれもこれも皆美味しい………

 涙目になりながらやや沖田艦長化しているうちに、いつの間にやら黒いエビスに突入しているオタマサ。

 僕も負けじとエビスのハーフ&ハーフでヨロコビの肴を流し込む。

 いやあ、ビアホールは天国だなぁ〜〜〜。

 このビアホールではビールを1、2杯ひっかけて喉をサッと潤す程度に留め、そのあとはどこぞでお寿司でも…というつもりでいたんだけど、そもそも我々が河岸を変えて飲むなんてことができるはずはなく、美味い美味いと飲んだり食ったりしているうちに、ついにトドメのメニューをオーダーしてしまった。

 ポテトとソーセージのガーリック炒め。

 鉄板の上でアチコーコーのまま、鈍く煌くポテトとソーセージ。
 ニンニクが効きまくりの小粒のジャガイモがまた美味いのなんの。

 腹一杯ッス。
 メニューには……というか、周囲の席に次々に運ばれてくる料理はどれもこれも美味そうで、この勢いで我々も!!と行きたいところだったのに、どうにもこうにもお腹が一杯だ。

 最後は、グラスサイズしかない白ビールのナンタラというヤツを食後酒として一杯。

 ああ心地よい、心地よい。
 我、酔うて眠らんと欲す。卿、且く去れ。

 あ、去らねばならないのは我々のほうか……。

 この素晴らしき夢のようなひとときも、泡沫の夢として儚く消え去るのだろうか。
 いや。
 一杯入魂の泡は、僕の中でいつまでもその存在を主張し続けることだろう。