21・ザビエルの頭

 ニガリ入りソフトクリームで充実したあと、昨日も通った県道165号線を再び走る。

 鬼岳の麓をグルリと周るこの道なら、どこからでも鬼岳が眺めることができる。

 昨日ザビエルの頭をナデナデしたところに通りかかると、雨にけむっていた前日とは違い、色鮮やかにクッキリと山肌が見えている。

 空にはところどころで青空も見え始めていて、この明るさと輪郭クッキリで眺める鬼岳が素晴らしい。

 この鬼岳の噴火で流れ出した溶岩でできているという、鐙瀬溶岩海岸を再訪してみた。

 鐙瀬ビジターセンターの駐車場に車を停めて、お手洗いを借りてから海辺に出てみる。

 前日は凄まじい南風のために海岸散歩どころじゃなかったけれど、北風に変わったこの日はこのとおり。

 暖かな日差しとも相まって、まったく別の場所ですか?くらいに様変わりしていた。

 そして背後をふり返れば、ここからももちろん鬼岳が見える。

 東京でいうところのスカイツリーのようなランドマークであり、シンボルなのである。
 ここからの眺めが、もっともきれいなお椀形に見えた。

 海岸を見渡せる展望台のほか、海岸沿いを歩ける遊歩道もあったので、テケテケ歩き始める。
 すると、木々に見慣れぬものが備えられていることに気がついた。

 タイワンリス(クリハラリス)の捕獲器だ。

 日本全国津々浦々で帰化してしまい害獣になっているタイワンリス。
 可愛いけれど植物その他に与える害が大きいため、本来いなかったところで繁殖すると、どうしても支障をきたすという。

 帰化してしまったほとんどすべての原因は、飼育していたモノが逃げたか放たれたかしたものだそうで、福江島でもやはり、鬼岳山麓のリゾート施設で飼われていたものが逃げ出したか放たれたりして、その後かなり個体数を増やしてしまい、五島のシンボルでもある椿の樹をかなり傷つけたりしているのだそうな。

 最盛期に比べると近頃では個体数は減ったというから、おいそれとは見られないのかもしれない。

 遊歩道からちょっとはずれ、海岸に降りてみた。

 このゴロタ石もほとんどすべてが溶岩だ。

 こんだけたくさんあれば、武家屋敷のこぼれ石を揃えるのにも苦労はしなさそう。

 そんな溶岩に混じって、こういうものが打ち上げられていた。

 ハリセンボンの亡骸。

 そして亡骸といえば、意外だったのがこちら。

 キクメイシ(造礁サンゴの一種)の骨格。

 大小様々にけっこう転がっていた。
 
 造礁サンゴは東京湾の千葉県あたりが分布の北限だそうだから、五島で観られてもおかしくはないのだけれど、溶岩だらけのところにこうして骨格があると、なにやらとてつもない発見をしたかのような錯覚を覚えてしまった。

 ほぼほぼ満潮だったのでタイドプールを散策することはできなかったものの、波打ち際を覗きこむと……

 チラホラ見えたのがこちら。

 カサガイ。
 前日の魚市場で、カゴにたくさん入っていた貝だ。
 こうしてへばりついているものを、1匹1匹剥がして獲っているわけで、あれほどの量を集めようとしたら、それはそれで大変な漁に違いない。

 遊歩道は石畳になっていて、ところどころでサクナ(ボタンボウフウ)が育っている。

 海岸植物だからこういうところでフツーに観られるのだろうけれど、別名で長命草とも言われるこの植物は、沖縄では健康長寿に繋がる食材として重宝されているし、資生堂からは長命草ドリンクとかパウダーなどがバカにならない価格で売られているほどの植物(与那国産のものを使用しているらしい)。

 こうして無造作に生えているところを見ると、このあたりでは需要が無いのだろうか。

 溶岩海岸を眺めながらの散歩は心地いい。
 ただ、遊歩道を歩いていたら観られるよ、と聞いていた野鳥の姿がない。

 会えないままに20分ほど歩くと遊歩道は終わり、別ルートで駐車場に戻りかけたそのとき、舞い飛んだ小鳥の一団が高木の枝先に止まった。

 こういう時こそ愛機ジョニーの出番だ。

 パシャ。

 カワラヒワだ。

 本土ではもちろん、ここ五島でも珍しくもなんともない鳥だそうだけど、沖縄では冬にごくごく稀にどこかで観察例があればいいくらいの、まず観ることができない鳥だ。

 うれしはずかし、初めて出会う鳥である。

 こちらでは集団でいることが多いようで、これまでもおそらく目の前を何度か横切っていたかもしれない。

 テケテケ歩いて駐車場に戻ってきた。

 駐車場にはビジターセンターの職員のものらしき車を除けば、到着時から帰るときまで、停まっている車は我らがスズキKei1台のみ。

 冬の五島の、誰も居なさ加減を痛感する日々を送っている…。

 何度も言うけど、福江港ターミナルに行けばウジャウジャいる観光客のみなさんは、いったいぜんたい日中はどこにいるんだろう??

 前日とは打って変っておだやかそのものの溶岩海岸を散策したあと、まだ時刻は午後2時半過ぎだった。
 しかしこの日は、ある重要なミッションをこなさなければならない。

 洗濯である。

 旅先で一度は洗濯をすることを前提にしなければ、荷物がコンパクトに納まらないのだ。

 だから旅先でのコインランドリーの有無とその所在地は、旅程を決めるうえでも重要なファクターになる。

 沖縄のように街中の歩ける範囲にいくつもコインランドリーがあればいいのだけれど、これまでの経験上旅先ではなかなかそうもいかないから、事前に福江周辺のコインランドリーをリサーチしてみた。

 とはいえ飲み屋の情報でさえ数少ない五島情報にあって、少々ネットでリサーチしたからといってコインランドリー情報が湯水のように湧き出てくるはずはなく、ひょっとすると五島市にはコインランドリーが無いのかも…とさえ一時は思いかけたほど。

 それでもなんとか福江市街の周辺に、コインランドリーがひとつふたつあることをつきとめてはいた。

 ただ、ホテルから歩いて行ける範囲には皆無だったから、洗濯はレンタカーを借りた後にせざるを得ない、という段取りだったのである。

 もっとも、到着早々にホテルダウンタウンのフロントのおねーさんから、ホテルから歩いて15分ほどのところにコインランドリーが1、2軒ある、と教えてもらっていたので、この日のドライブはまず、それらコインランドリーの場所チェックからスタートしていた我々だった。

 すると、フロントおねーさんが教えてくれた店以外にも、車を使えばけっこう随所にあることが判明。

 洗濯機の数その他、いろいろ吟味しつつコインランドリーチェックをしながら車を走らせているうちに、まったくノーマークだった場所なのにひょんなことから発見できたこちらの店は、洗濯機も乾燥機もわりと台数を揃えてあった。

 コインランドリー福江。

 ここまで何軒か見てきたなかで、最も新しそうで、装備も充実しているコインランドリーだ。

 福江市街から国道384号を通ってきて、五島中央病院へと左折したところにある。

 もう少し先まで足を延ばすと、さらに大規模なスーパーランドリー広場という大規模なコインランドリーもあるようながら、この近くにちょっと立ち寄ってみたいところがあるから、洗濯&乾燥中の時間つぶしにちょうどいい。

 という次第で朝のうちに場所を決定しておいたので、鐙瀬溶岩海岸をあとにした我々は、鬼岳縦断コースでコインランドリー福江に到着。

 洗濯機はちゃんと空いていたから、放り込んで洗濯開始。
 すると洗濯時間は30分間と表示された。

 洗濯待ちタイムには、ここに行ってみることに。

 目指せ、鬼岳の頂上!!大作戦。

 ザビエルの頭に入っているところにあるインフォメーションセンターの広い駐車場に車を停め、そこから目と鼻の先(のように見える)頂上を目指す。

 少し登るとたどり着く開けた場所までは、こうして石畳の道がある。

 その開けた場所から眺めるだけでも、福江市街と福江港が一望できた。

 ここから先、さらにザビエルの頭を登るには、草地につけられた道を行くことになる。

 奈良の若草山みたい…と思っていたら、この鬼岳山頂部も、3年に1度くらいのわりで、この時期に野焼きをするそうな。
 この植生はそのためなのだろう。

 ずっとなだらかな斜面だし、距離もさほどのことはなさそうだから、絵的にはなんてことのない道のりに見えるかもしれない。
 しかしここに至って我々は、ある重大なジジツを失念していたことにようやく気がついたのだった。

 そう、今日は猛烈に北風が強いということを。

 午後はほぼ福江島の南側をドライブしていたために、朝方シカさんの島で味わった強烈な寒さなど、遠い過去の話になっていたのである。

 鬼岳のインフォメーションセンターも山の風下側になるから、さほどの風は吹いていない。

 ところがここまで登ってくると、容赦のない風がビュービューと……

 さ……寒いッ!!

 吹きつける風が、体感温度を急速に低下させていく。
 これはマジで八甲田山になってしまうかもしれない。

 しかしなにはともあれ、頂上まであと一息だ!!

 ……と思ったら。

 天辺まで登りついた!!と思った我々の眼前に、さらに続く尾根筋と、遠方遥か先にある本当の頂上が。

 あまりのショックに、写真を撮るのを忘れてしまった……。

 後日別角度から撮った鬼岳の写真で説明すると、こういう感じ。

 そりゃねぇよぉ!!って距離でしょ。

 いや、これでお天気が良くて風が無かったらテケテケ行こうという気にもなったかもしれないけれど、寒風吹きすさぶこの日この時もし先を目指していたら、途中で倒れて還らぬヒトになってしまったかもしれない。

 さすがのオタマサも寒さには勝てず。

 でも

 せっかくだから、山頂のようで実は山頂ではなかった場所で、誰もいないことを幸いにオタマサのライフワークを。

 鬼岳の天辺(モドキ)で大の字。

 毎度バカなことをやっているけど、今回に限っては効用もあった。
 こうして身を低くすると、風が当たらないから暖かいらしい。

 やってみるとなるほどそのとおり。
 だからといっていつまでも寝ていられないので、スゴスゴと元来た道を引き返していると、麓の空港からエンジン音が聴こえてきた。

 そうそう、このあたりまで鬼岳を登ると、五島つばき空港の滑走路を一望のもとに見渡せるのだ。

 ターミナルに目を向けると……

 おぉ、我らがDash8、午後3時30分発の便の搭乗が終わっている模様。

 あと4、5分もすれば、離陸する様子を一部始終見ることができるかも。

 しかし!!

 その4、5分をここで耐えることができなかった……。

 だってホントに寒いんだもの。

 下り坂は追い風になるから、まるで背中を押されているかのようにして駆け抜け、鬼岳トレッキングは終了。

 ややタイムオーバーしているから、すぐさまコインランドリー福江に戻る。
 あ、そういう意味では、あのあとさらに頂上を目指している時間など、もともと無かったのか……。

 塞がっている洗濯機が空くのを待っているヒトはいなかったし、乾燥機も空きがあったので、まったくロスなく乾燥に突入。

 また30分弱くらいあるから、その時間を利用して今度はこちらに寄ってみた。

 産直市場「五島がうまい」。

 JAのファーマーズマーケットである。
 このところ各地の農協が、こうして地のモノを取り扱う市場を展開していて、沖縄でもやはり観光客にも人気になっている。

 そういうモノには目が無いオタマサも、旅行前からここはマストの場所だったから、コインランドリーの場所もおのずとこの近辺が優先されたのだった。

 それにしてもこの国道384号沿いは近年急速に拓けているようで、ショッピングモールから大型書店からこういったマーケットから、次々に軒を連ねるようになっているようだ。

 郊外だから土地は広く、どこも広大な駐車場完備。
 福江市街の商店街アーケードが、反比例して廃れていくのも無理はない……。

 さて、その「五島がうまい」。
 五島が美味いのはすでにこれでもかというほどに味わっている我々だから、店名にも素直に頷きつつ入店。

 すると入ってすぐのところで、ついに発見五島ルビー。

 真っ赤に熟した中玉トマトが、可愛く袋詰めされてズラリ勢揃いしている(レジの女性に断ってから撮ってます)。

 近年ブランド化に成功した五島のトマト、なかでも五島ルビーという品種は有名で、是非観てみたいと思っていたのだけど、これまで立ち寄ったスーパーなどで目にする機会はなかった。

 それがここではご覧のごとく。
 五島ルビーって、本部香り葱がかりゆし市場の商標であるように、この名もJAの商標なのかな。

 試しに一袋購入し、後刻ホテルの部屋で食べてみた。

 この包装を見ても、やっぱ農協の商標なのかも、五島ルビー。

 味はなるほど、今風の酸味が少ないトマトで、皮は薄くて柔らかく、果肉はしっとり瑞々しい。
 万人受けするタイプといっていいだろう。

 でもやっぱりこうして美しい状態で出荷するためには、それなりに早い段階で収穫する必要があるからか、ルビーのように真っ赤なわりには、熟れ熟れトマトで味わえるような、あと一押しの旨味が足りない……ような気もした。

 もっともこの季節はマサエ農園の熟れ熟れ採れ採れトマト食べ放題状態の我々だから、トマトの味覚のハードルはかなり高めではある。

 その他一部に県外産の農作物も置きつつも、基本的に五島の農水産物で占められている商品は、スーパーに比べるとお値段高めのものもある一方で、五島牛や五島豚、それに冷凍されている各種一夜干しはけっこう安価だったので、自分たち用のお土産として購入。

 当然ながら、保冷バッグを持参している。

 ついでに今宵の夜食用に、キビナゴとカンパチのお刺身も買っておいた。

 キビナゴのお刺身は、お店で売られているときからこの姿。

 これで300円ポッキリですぜ、だんな。

 というか、万一飲み屋さんでキビナゴのこの盛り付けに出会えなくとも、市場で買うこともできたんだ……。

 そのあと、同じく国道沿いにあるパン屋さん(なぜかオモチャ屋に併設)に寄り、朝食用にパンを買い求めたところ、あまりの激安ぶりにビックリしてしまった。

 こうして目的をはたしているうちに、本来の目的である乾燥も終わり、洗濯物を回収してホテルへ戻った。

 朝7時30分に部屋を出てから、なんと長い1日だったことだろう。

 しかし胃袋のメインイベントは、これから始まるのだ。