22・焼肉喜楽

 着替えが底をついていたのが、コインランドリー福江で息を吹き返せたおかげで、ひとっ風呂浴びあと、洗濯したばかりの衣類に着替えることができた。

 心はすでに生ビールである。

 もっともこの日は、お魚尽くしが3夜続いたことだし、箸休め的にも、いよいよ五島牛にそのベールを脱いでもらうことにした。

 魚を味わえるお店も多いように、実は焼肉店も多い福江の街なのである。

 いろいろあるなかで、ホルモン好きの我々としては、そちら系のメニューが充実しているお店がいい。

 そこで目をつけていたのが「祇亜羅(ぎあら)」という店。
 ホルモンの部位でもあるその名が示すとおり、そっち系の肉も充実しているという情報を得ていたのだ。

 それは一昨年リサーチした時点でのこととはいえ、1年経ったからっていくらなんでも店が無くなっているなんてことはないよね…

 ……と思ったら、同じ場所に焼肉店はあるけど店名もオーナーも変わっていたのだった。

 それでも以前と同様ホルモン系も引き続き充実しているような話だし、では肉を食べるならここで、と決め、福江をさるいていた間に場所もしっかりチェックしておいた。

 たしか前日店の前を通った時には、「準備中」というボードが掲げられていたから、長期不在ということはなさそうだ。
 定休日ではないはずのこの日も、きっと時刻になれば開店していることだろう。

 ところが。

 いくら早時間帯といっても、オープン時刻は過ぎているというのに、お店は開いている気配どころか、今日に限らず連日オープンさせている気配すら感じられない佇まい。

 昨日掲げられていた準備中のボードは片づけてあるから、営業しているはずなんだけど……

 どうにもこうにも店が開く気配は微塵もない以上、プランBへの変更は急務だ。

 とはいえ、すでに胃袋は焼肉&生ビール待機態勢になっているから、今さら海幸方面への変更は許されない。
 そろそろ日も暮れようかというこの時に、はたしてプランBの選択肢があるのか。

 もちろん心配無用。

 なにしろ2年越しのリサーチである。
 焼肉だけでも、しっかりプランCまで用意してあるのだ。

 そんな我々がこの日お世話になったのがこちら。

 表通りからは離れた味わい深い裏路地に、これまた趣のある佇まいを見せている「喜楽」さん。

 この写真は店を出てから撮っているのですっかり暗くなっているけど、昼間ここを通るとこんな感じ。

 焼肉屋さんとは思えない佇まいでしょう?

 少なくとも、いくら焼肉天国でも鶴橋にこういう趣のお店はなさそう。

 お店の場所チェックもかねて何度かその前を通っていたので、日中の佇まいはすでに知っていて、メニューうんぬん以前に、オタマサはこちらのお店に強く惹かれていたらしい。

 さて、夕刻ともなるとさすが焼肉屋さん、路地にはやる気に満ちた焼肉臭が漂っている。
 胃袋も心も臨戦態勢で入店。

 座敷席とテーブル席があったので、テーブル席にさせてもらった。

 店内には、まだ開店後さほど時間は経っていないはずなのに、早くも仕上げの段階に入っているらしき方を含め先客が2組ほど。

 お1人は若い男性で、来店が2度目であることに気づいた女将さんがお会計の際に声を掛け、にぃにぃの前回同様の食いっぷりの良さを絶賛していた。

 観光客だろうに、2度目の来店であることに気づくあたり、なんだかいい感じのお店っぽい。

 席に案内してもらい、すぐさまお願いした生ビールが、お店オリジナルのキムチとともにやってきた。

 このオリジナルのキムチがまた美味い!!

 まだ肉は来ていないというのに、キムチで生ビール1杯目が空いてしまいそうだ。

 おお、そういえばワタシに関しては、昼間はハンドルキーパーなのでこの日初のお酒。

 昨夜もそうだったけど、そのわりにはあまり「ガマンしてました!」的な感慨がない。
 先に書いたとおり、心はともかく、体はことさら昼のビールを求めてはいないのかもしれない……。

 そしていよいよお肉の登場!

 まずはこちら。

 タン。

 いまだかつて、仙台名物牛タン以外でこんなに分厚いタンを目にしたことがない。
 またその味も、タン好きのオタマサときたら、垂涎どころか垂舌状態になるほど。

 お次に登場したのは、メニューに「ホルモン」とある品。

 腸のどこかだろうけど、これがまたホルモン好きにとってはたまらなくテイスティ。

 さらに登場したのはミノ。

 メニューに書かれているミノと頼んではいても、どういうモノが出てくるのかという知識があまりない我々だから、ちょいと意表をつかれた部位だった。
 腸の部位とはまたガラリと変わる食感を楽しめる。

 それにしても。

 どれもこれもやけに量が多い。
 まさかこれが1人前なんだろうか。

 気になったので女将さん(?)に訊ねてみたところ、こちらのお店では、メニューにある単価は1人前の価格だけど、皿は2人前からのオーダーになるのだそうな。

 ああそうだ、一昨年のリサーチで、あまり量が食べられないオタマサと2人だと、2人前ずつオーダーになると種類をたくさん食べられないなぁと思ったから躊躇していたんだったっけか。

 でも待てよ、2人前からのオーダーになるお肉を何種類も食べていたらしきさきほどのにぃにぃは、たしか1人客だったはず……。

 そりゃ女将さんたちがその食いっぷりに驚嘆するのも無理はなかった。

 ともかく役者は揃ったので、箸休め用の野菜ともどもガシガシ焼く。

 いやホント、こうして見ても量多いよなぁ……。

 元来少食のオタマサとだから、食べきれるかなぁ…と一瞬弱気になったものの、これだけあってもペロリといってしまうところが、焼肉屋さんの焼肉屋たるゆえん。

 生ビールがどんどん進む。
 壁から福山君も乾杯してくれていた。

 そうこうするうちに食べきれそうな自信がよみがえってきたので、やはり焼肉におけるメインイベントとでも言うべきこちらも注文してみた。

 王道、ロース♪

 上等な黒毛和牛であることを物語る、このサシの入り具合ときたら!

 普段このテの和牛肉は2年に1度食べるか食べないかくらいだから、はたして体が受け付けるかというモンダイはあったものの、少なくとも舌から食道に至るまでの我が臓器は諸手を挙げての大歓迎状態になっていた。

 しかもこのロースもまた、タン同様……

 分厚い。

 思わず対人比写真を撮ってしまった。<指を鉄板に近づけすぎてやけどしかけたオロカモノ。

 いやあ、魚もえらいけど牛もえらい。

 焼肉って美味いなぁ!!

 舌は喜び、心は楽しい。

 まさにその名にしおう喜楽さんでの夕食である。

 そうやって我々が肉をいただいているときに、常連さんらしき方からお店に電話がかかってきた。
 予約の電話のようだったのだけど、電話を終えた後に女将さんがお店の方々と話しているのを小耳にはさんだところによると、その方は福江島に到着しつつあるフェリーの中から電話をしていたようだ。

 知人とともに来島し、馴染みの店に知人を連れてくるということのようだけど、到着早々焼肉へGO!!ってのも凄いなぁ。

 そうしてでも来たくなる店、それがこの喜楽さんなのかもしれない。

 大満足して食事を終了し、そろそろお会計の時間に。

 その頃には件の予約電話の方も到着されていて、思いのほか年配の男性だったことに内心驚いた。
 昔なじみのお客さんらしい。

 お会計をするため、座敷席ゾーンからレジカウンター方面に行くと、ずっとテーブルをまわってくれている女将さんらしき方のほか、もう少しお年を召された方、さらにもっとお年を召された方の合計3名の女性がいらっしゃった。

 ひょっとして、当代、先代、先々代の揃い踏みなんでしょうか。

 焼肉の店というと、なんとなく「男の店」的イメージがあったけど、そうか、植物に溢れた表の佇まいは、女性ならではのセンスなのだな、きっと。

 会計時に「どちらから?」と女将さんに訊かれたので、沖縄から来ている旨伝えると、やや盛り上がる3世代レディース。
 これで間を空けずにまた来店し、食いっぷりも良くすれば、マダムたちの覚えもめでたくなるに違いない。

 間を置かずに来るのは難しいけれど、福江に滞在するチャンスがまたあれば、次回は当然プランAで再訪しよう。

 あー腹一杯食った食った。

 もうこの夜はこれで充分感たっぷりなのに、時刻はまだ午後7時半。
 フツーであれば、これから夜が始まる時間である。

 宵の口も宵の口、さらにこれからもう1軒!となっても不思議でもなんでもない。
 それができるくらいには、事前のリサーチでお店のレパートリーもある。

 でもここで無理をすると、またオタマサが失神するかもしれないから、腹8分目で身を引く自重も必要なのであった(腹はすでに12分目くらいだけど)。

 でもホテルの部屋の冷蔵庫には、「五島がうまい」で買ったキビナゴとカンパチのお刺身がある!!

 そのためには酒がいる。

 そうだ、RICへ行こう!!

 というわけでまたやって来ました、石田城跡蹴出門の濠。

 このあたりは学校が近いこともあってか、クラブ活動からの帰りなのかなんなのか、この時間でも高校生くらいの子たちが通りかかる。

 そんな彼らのみんながみんなというわけではないけれど、見ず知らずの我々に「こんばんは〜」と元気に声をかけてくれる子たちが随分いる。

 このあたりは本部町でジョギングしていても同様で、地方ならではの美点といえる。

 近頃では現実社会の諸問題に鑑み、田舎であっても世知辛い教育をせざるを得ず、知らないヒトには声を掛けない、声を掛けられても相手をしない、と教えられているだろうに、地方ではまだまだ人と人との繋がりが有機的な社会であってくれているということなのかもしれない。

 この夜も元気なジョシコーセーに挨拶され、日本もまだまだ捨てたモンじゃないとなんだか気分も良くなってお堀に佇んでいると、いつもと違って橋の下にスペシャルゲストがいることに気がついた。

 アオサギだ。

 海辺の町は彼らにとって天国らしく、水揚げを終えた漁船の回りには必ず1羽、2羽いるからさして珍しい鳥ではないものの、こういうところにこうしてたたずんでいる姿はそれなりにいい感じ。

 海幸には飽きたから、たまには鯉でも食べてみようか…ってなところだろうか。

 このあとコンビニRICで五島芋を購入し、部屋に戻った。

 カンパチも美味しいけれど、やっぱキビナゴ、絶品だ。

 今宵もゲンジツ同様、いい夢を見られそう……