23・魚籃観音は見ていた

 明けて2月24日。

 前夜も早寝しているから、朝6時30分に快適に目覚め(隣室のビジネスマンらしきおっさんのイビキはまだうるさかったけど)、7時30分に出動。

 五島に来たほとんど唯一といっていい目的は、美味しい魚をいただくことにあった。
 前夜こそ焼肉に浮気をしたとはいえ、その目的を果たす役割はここ福江市街の飲み屋さんに託しているわけだから、日中レンタカーを借りて島内を巡るのも2日くらいあればいいだろうと思っていた。

 だからこの日は軽く午前中にドライブして、昼前には車を返し、晴れて久しぶりの昼ビール!!

 …の予定だったのだけれど。

 福江島内をドライブしてみると思いのほか面白く、行けば行くほど行きたいところが増えてくる始末。
 観光ガイド本などでは、1泊2日で福江島をまわる!的なモデルコースなどが用意されているけれど、とてもじゃないけどそんなもんじゃ味わいきれない。

 そこでこの日も終日車を借りることにし、まず目指したのが荒川方面。

 島の中央を横断する県道をゆく。

 これまでの滞在で、五島はその昔遣唐使が恃みとしたほどに水資源がとても豊富で、湧水もけっこう多いことを知った我々。

 そんな五島の湧水のひとつが、九州百名山の一つ、七ッ岳山麓にもあるという。

 七ッ岳湧水として知られるその水は、九州百名泉にランクインしているそうで、しかもしかも、銘酒五島芋を世に送り出している五島列島酒造では、この七ッ岳湧水の水を焼酎製造の際の割水として使用しているというではないか。

 すでに五島芋の魅力にどっぷりとハマっているワタシとしては、割水のふるさとも訪ねてみたいところ。

 というわけで、一路七ッ岳方面を目指している我々である。
 前日同様、県道27号線を走らせていると、刈田の向こうに標高400メートルを超える七ッ岳の威容が見えてきた。

 この角度から見ると山の名の由来がピンと来ないけれど、別角度から見ると一目瞭然。

 浸食された山頂部が、七つの峰を形作っているのだ。

 九州百名山のひとつだけあって登山目的でここまでいらっしゃる方も多いらしく、山頂から尾根道を行く縦走コースも人気なのだとか。

 もっとも、鬼岳の山頂さえ断念した我々が今ここで登山に繰り出すはずはなく(オタマサは登りたそうにしてたけど)、あくまでも七ッ岳湧水があるという七嶽神社を目指す。

 その七嶽神社は、七ッ岳登山道の途中にあるということは、ここ数日の間にワタシの知るところとなっていて、ドライブ中に登山道入り口の前を通った記憶もあった。

 すると、思っていたよりも早く、七ッ岳登山道入り口に到着。

 七嶽神社はたしか登山道入り口からほど近いところにあるはずだから、ここからちょっと歩けば到着することだろう。

 ともかく念のため、入り口にあった案内地図を見てみる。

 ん?

 あれれ??

 ここって、七ッ岳の登山口は登山口でも、七嶽神社から見たら山頂を挟んでまるっきり反対側じゃないか??

 危なかった、このままホイホイと歩き始めていたら、探せど探せど見当たらない神社を求めながら山頂を越え峠を越え、ほうほうのていで5〜6時間がかりで神社にたどり着く羽目になるところだった……。

 危ういところで勘違いに気づき、再び車に乗って国道384号に合流したあと、荒川の中心部と反対側に曲がってほどなく、我々の目的としている七嶽神社の入り口らしき場所にたどり着いた。

 沿道に神社の存在を示す幟がはためいているから、遠目にもわかるのだけど……

 ではそこから脇道に入ってみても、きれいな水が流れる河口が広がるのみで、ここから先まだ車で行ける道があるのか、歩くしかないのか、そもそもどこに向かって行けばいいのか、まったく案内がない。

 そういえば、道を曲がりしなに道案内図らしきものがあったように見えたから、確認してみよう。

 あ、川岸で途絶えているように見える道は、カーブを曲がるとそのままずっと先に続いていたんだ。

 きっとその先に登山道入り口があるに違いないから、そこまで車で行ってみよう。

 対向車とすれ違うのは無理かも…的な細い道を進んでみると……

 …そのまま七嶽神社に到着してしまった。

 ホントはこの鳥居を越えて車を乗り入れても良いようながら、わからなかったので手前のスペースに車を停め、テケテケ歩く。

 木々のほとんどは杉だから、これじゃあ野鳥にはほとんど会えないだろうなぁと思いながらも、昼なお暗い下生えゾーンでわんさか茂っているシダ類の見事さにほれぼれする。

 近くの道端には、このような若い芽も。

 ゼンマイに似たこの新芽、拡大するとこんな感じ。

 これはいったい誰なんでしょう?

 そういえば、荒川周辺の国道を通っていると、沿道に「ヘゴの分布北限の地」という看板が出ていた。

 ヘゴといえば本部半島でもフツーに観られる巨大なシダ類で、恐竜時代もかくやといった雰囲気の太古感が素敵な植物だ。
 五島では大正の昔に初めて発見されたそうで、以来「分布の北限地」を謳っているらしい。

 緯度的な北限だから当然とはいえ、島の東側でも同じ看板を目にした気がする。

 かつて石垣島で食べさせてもらったヘゴの新芽は、食べ物として充分成り立つ味だった。
 そんなヘゴがあるうえにこのような新芽がそこらじゅうで生えている五島は、我々が知らないだけで、ひょっとすると食材としてのシダ類天国なのかも?? 

 シダをしばし鑑賞した後、頭を垂れて鳥居をくぐると、その先が本来の駐車場で、そこから階段を上がると……

 そこに拝殿がある。

 その手前にある手水が、なんと七ッ岳湧水なのだ。

 いつもなら形式的にすませる漱ぎも、名水七ッ岳湧水、それも銘酒五島芋に欠かせない水とあっては、味わわずにはいられない。

 うーん、ミネラル豊富な水ならではのステキな舌触り。

 水の出所も、自然の竹を使用していてなかなかオシャレである。

 ……って、昔の神社はどこもこういう仕様だったんですかね?

 拝殿の両脇にも湧水が一ヵ所ずつあり、↓こういう感じで滔々と水が湧いている。

 源泉かけ流しの温泉のようななんともゼータクな雰囲気で、写真ではわからないけど静かな境内に響く水音が心地良く、暑い盛りなら身も心も涼めることだろう。

 聞くところによるとこの境内の湧水は、拝殿の裏にあるという採水場から分配されているそうで、拝殿を回り込んでみると、こういうものがあった。

 ここから繋がっているパイプを流れる水は、送水路に流れ込み、境内の出水口へとたどり着く仕組みらしい。

 豊富に湧き出るとはいっても、湧水場所は放ったらかしなのではなく、しっかりと管理・保全されているのであった。

 最初に間違いかけた登山道入り口から七ッ岳を縦走すると、やがてたどり着くのがこの七嶽神社。
 ここで湧水を汲み取って渇いた喉を潤せば、心地良く疲労しているであろう体をリフレッシュできることだろう。

 ところで、旧七嶽神社はもっと山の上の方にあったそうながら、昭和の頃に火災に遭い、現在の場所に移築されたという。

 元の場所には奥殿と称される小さな祠があるそうな。

 で、その元々の七嶽神社の由来が、これまた平家落人伝説なのである。

 というのも、壇ノ浦の合戦で敗れた平家の公達とその郎党がこの地に逃れてきたものの、あえなく自刃する憂き目にあったので、それを弔うべく地元の方々が霊を祀ったのが七嶽神社の始まりなのだとか。

 そういう説があるとか、……と言われている、伝えられている、といった話ではなく、歴史的ジジツとして説明されているから、もはや伝説ではないのかもしれない。

 神社の脇に、まだ先へと続く道がある。
 この道はどこまで続くのだろう。

 舗装されてはいるものの、なにやら道なき道になる一歩手前っぽい風情の細い山道をゆくと、車を余裕でターンさせることができるくらいのゆとりがある広いスペースに出て、そこで車道は尽きた。

 どうやら登山道入り口で、ここは駐車場のようだ。

 先へと続く階段は、旧七嶽神社があった奥殿へと続く参道らしい。
 七ッ岳頂上から下ってきて2時間かかるという道を、まさか今から登山するわけではないけれど、ちょっと雰囲気を味わうために階段を登ってみよう。

 するとほどなく、昔の鳥居に使われていたらしきものが据え置かれている場所にたどり着いた。

 旧七嶽神社の火災は、タバコの不始末による山火事が原因だそうな。
 創設以来ここ七嶽神社は霊験あらたかだという話だから、きっとそのフトドキ者には天罰が下ったことだろう。

 我々の行く手には、まだまだ遥かに階段が続いているように見えた。

 このままズルズルと歩き続けるのもなんだし、ここいらで引き返すことにしよう。
 ここまで来て奥殿を拝さずにUターンしたからといって、どうか天罰を下されませぬよう……。

 後で調べてみたところ、ひょっとするとこの先あともう少し登れば奥殿だったかもしれないことが判明。

 どうせだったらたどり着きたかったけど、はたしてここからあとどれくらいだったのだろう??

 奥殿には未練を残しつつも、湧水探訪という目的は果たせたので、気分よく下山。

 また国道384号に出て、一路北上する。

 天気が芳しくなかったこともあって、展望台とか景勝地には寄ってこなかったここ数日とは違い、この日は上々のお天気で、天望台からの眺めも素晴らしいことだろう。

 この近くには高浜海水浴場という、五島でも屈指の人気を誇るビーチがある。そのビーチと隣の頓泊ビーチを一望できる高台が展望スペースになっているという。

 地図には魚籃観音展望所と書いてあるところ。
 あらゆるガイド情報で紹介されている場所のわりにはキチンとした駐車場はなく、車を2台停めれば満杯になりそうな路肩に停めるしかない(でもトイレは備えてある)。

 車を停めて階段を登っていくと、そこにはたしかに観音像があった。

 この観音様、大きな鯛のように見える魚が入った籠を抱えておられる。

 さすが海の幸天国五島、観音様まで魚を抱えるかぁ……

 …と無知な我々は変に感心していたのだけど、魚籃観音てのは大昔から信仰されているお方だそうで、ヤ印の方の御背中にもカラフルな魚籃観音がデザインされていることもあるのですね……。

 でもこちらの魚籃観音像は、東シナ海における大漁と航海安全を祈願して建てられたそうな。
 それって本来のこの観音様の守備範囲とは違うような気が………するのも我々が無知だからでしょうか。

 まさかその答えが、名作「まんが日本昔ばなし」にあろうとは。

 ご興味のある方は、第1318話「魚籃の観音」をご参照ください。
 こんな観音様だったら、大漁と航海安全を祈願すればご利益バッチシなのは間違いない。

 ここから遥か沖合を見渡すと……

 水平線の手前に、嵯峨ノ島が見える。

 有人離島で、島内には嵯峨島小中学校もあるそうだ。
 こういう周辺離島のほうが、より一層水納島の実情に近いものがあるだろうことを思えば、福江島の周辺の島々にもゆっくりと足を運んでみたくもなる。

 一方、ここからの眺めのメインイベントでもある高浜海水浴場は……

 たしかに高浜海水浴場を一望のもとに見渡せるのだけど、この時刻はまだ潮位が高かったのか、事前にさんざん目にした美しい写真では本来なら遠浅の白い砂浜が広がっているはずの場所が、すっかり海になっていた。

 潮が満ちると、砂浜は猫の額ほどになるのね、高浜海水浴場……。

 また、これは地図を見ていれば予想しているべきことながら、時刻はまだ10時にもなっていないために、展望台側から浜を見ると逆光になってしまう。

 ここから高浜海水浴場を眺めるなら、潮が引いている午後がよろしい、ということを、身をもって体験した次第。

 さて、そんな高浜海水浴場に寄ってみた。

 駐車場からすぐに、売店やトイレ・シャワーも併設されたビーチの休憩施設がある。

 シーズン中は、屋根の下がオープンテラス席になるのだろう。
 海水浴場の施設って、やっぱこういう雰囲気でなきゃねぇ。

 水納島のきれいな海岸べりにある船客待合所を設計したヤツのセンスって、今さらながらある意味尋常ではなかったことに気づかされる。

 ここから浜に出るわけだけど、福江島に数あるビーチには、海岸に陸水が流れ込んでいるところが多く、ここ高浜海水浴場も、途中にちょっとしたクリークがある。

 海水浴で来ているのならなんの支障もないところながら、軽くまたげる幅ではないので、真冬の完全防寒態勢ではいささかやっかいなバリアーになってしまう。

 一応そのために配された飛び石モドキがあるものの、行きはよいよい帰りはコワイ、になりそうな気配が濃厚だ。

 ともかく帰りのことは考えずに向こう岸に渡ってみる。

 ここもやっぱり「〜♪誰もいない海……」。

 遠浅の海に立つ波が空気を含んで泡立っているためか、長く続く波打ち際は、なんだかクリームソーダのような色合いになっている。

 この海岸からも、お向かいに見える嵯峨ノ島。

 屈んで足もとの砂浜を観てみると…

 遠目に見る青い海に白い砂浜は南国っぽい。
 でもこうしてつぶさに見てみると、砂浜の成分には本土らしい情緒も見え隠れする。

 ひとしきり誰もいない海を満喫した後、クリークを迂回するように草深い斜面を登り、国道へ出てから駐車場に戻った。

 するとその駐車場に、これまで何度か目にしながら撮ることができていなかった小鳥たちの姿が。

 そのうち1羽がフレンドリーだったので接近。

 ホオジロだ!!

 スズメ大の野鳥で、色柄もスズメそっくりだから、「スズメね…」で見逃してしまっている方もいらっしゃるかもしれない鳥さん。

 日本全国各地に分布していて、ここ五島でも通年観られるそうだから、一般的には珍しくもなんともない野鳥ではある。

 けれど沖縄では、前世紀のごく一時期の冬場に渡来記録が残っているのみの、カワラヒワ同様極めてレアな鳥なのだ。

 もちろんオタマサもワタシも、ここ五島で観たホオジロが人生初で、おまけにこの日はこうして人生初記録を残せたのであった。

 ひょっとしてこれは、魚籃の観音様のご利益だったりして??