28・味処ふくえ
ついに迎える五島最後の夜。 すでにこれまでに充分「美味しい五島」を堪能してきた我々ではあるのだけれど、ここに至って重大なことに気がついてしまった。 まだ一度もお寿司屋さんに入ってない……。 シメの一品として握り寿司を注文しはしたけれど、鮮魚天国五島に来ていて、焼肉屋さんには行っておきながら、一度もお寿司屋さんを訪ねていないってのはどうなのよ。
そこで今宵は、寿司屋に行くならここだな…と事前に目をつけてあったお店に行ってみることにした。 ひとッ風呂浴びてサッパリし、ひと心地つけてから、いざお寿司屋さんへGO!! テケテケテケ…と歩いて店の近くに来てみると。 あれ? 開いてない雰囲気?? …というか、シャッターが下りたままの店の正面に来てみると、そこには、 「都合によりしばらくの間お休みします」 という貼り紙が。 下見した時はこの貼り紙は無かったんだけどなぁ…。
タッチの差でまたやってしまったらしい。 ウーム、またプランAが脆くも崩れ去ってしまった。 胃袋はすでに寿司待ち受け態勢だから、レパートリーの中に入っているもう1軒のお寿司屋さんも一応訊ねてみる。 ただ。
今宵のワタシには、寿司以外にもうひとつ希望があった。
初日に伺った五松屋さんのお魚ケースでさっそく赤女を見かけ、メニューにも赤女煮付けと書かれていたからチャンスが無かったわけではない。 この夜を逃せば、あとは自分で獲ってくるしか食べるチャンスが無くなるかも。 という事情もあったので、プランB用に準備していたお寿司屋さんの入り口で、なにはさておいてもとりあず「赤女ありますか?」と訊いてみた。 立派なお寿司屋さんではあったけれど、残念ながら在庫なし。 ウーン……。
とりあえずそのお寿司屋さんには入らず、彷徨う我々。 かくなるうえは運を天に任せ、とにかく入っちゃえ!!とばかりに決定したのがこちら。
味処ふくえ。
隣の路地の奥に、前夜お世話になった焼肉喜楽がある。 ガラガラ…と引き戸を開けると、カウンターの向こうで出前用の握りずしを大きな寿司桶に準備中の大将が「いらっしゃい!」と元気に声を掛けてくださる。 ただ、真っ先に目が行った魚ケースの中は……
…ギャランドゥ。 しまった、これはひょっとして、やってしまったかぁ?? なかば愕然としつつ、これはビール1杯くらい飲んで早々に河岸を変えるしかないかぁ…と、2人とも無言のまま暗黙の合意に達しつつあった。 ところが! 生ビールとともに、最初に出てきたお通しが……
ナマコ!! そしてもう一つの小鉢は……
タイの白子&卵!! 橙酢でいただく生唾ものの気の利いた一品、それがお通しという時点でヨロコビだというのに、1人ずつ別々の品が出てくるだなんて!! 最初に生ビールをオーダーする前に、用心のために「メニューの中で今日はできないものってありますか?」と大将に訊ねたオタマサ。 それはもちろん、お願いしたものが続けざまにダメだったらこちらとしても気詰まりになるから、前もって知っておこうという配慮ではあったのだけど、大将ににとってはプライドと沽券にかかわる質問だったかもしれず、何を訊くのだ的な意外な顔をされていたような気もする……。 そのおかげかなんなのか、のっけからツボもツボの品が登場。 ひょっとしてこのお店……大当たり?? その予感は、期待を大きく上回って大正解なのだった。 続いて、お願いしてあった刺身盛り1人前も登場。
奇をてらわない真実一路の刺身盛りは、両サイドに皮つき皮なしそれぞれのクロ(メジナ)を配し12時の方向にタイ、2時の位置にアジ(五島で初めて生姜がついていた)、5時の方向にミズイカ、そして大葉の上にはシビマグロのトロ。 ウムムム、これで1人前だったら、2人前だとどうなっちゃうんだろう? 五島芋のお湯割りに突入しつつ、人生的ヨロコビに舌鼓を打つ。 ガイドブックなどでも紹介されているため、訪れる観光客も多いのか、我々にも、その後カウンター席に座るお客さんにも、大将は必ず「どちらから?」と質問していた。 そうなると観光客としても話のきっかけを与えてもらえるわけだから話しやすくもなり、いろいろ話しているうちに無理なお願いもしやすくなるというもの。 そこで、まずはお通しでいただいたナマコを、一品として改めて注文させてもらった。
ボリュームアップで登場。 都会のちょっとした飲み屋ならナマコを置いているところもあるものの、どこで食べてもただ酸っぱくてコリコリしているだけのもの。 ところが産地でこうしていただくと、ちゃんとナマコの旨い「味」がある。 そして大将と話しているうちに、もうひとつおねだりしたのはほかでもない、赤女だ。
店内には大きな生簀があって、クロをはじめとする魚がウヨウヨ泳いではいても、カサゴはいても、求めているアカハタの姿はない。 「ん?生簀にいなかったかな?」
と言いつつ大将が生簀チェック。 ただ、 「100匹くらい居ることもあるんだけどねぇ…」 半分趣味で赤女専門に釣っている漁師さんから直接買い取っているそうで、時化が続いてさえいなければ安定供給が見込める魚だというではないか。
100匹とは言わずとも、せめて1、2匹居てくれれば…。 予約をしておけば、自宅にある冷凍備蓄モノを準備しておくこともできたそうで、そう聞くとなおさら未練が…。 その時! 「もしかしたら、カマだけならこっちにもあるかも…」 え? なんですとッ!! 大将、是非、是非お願いいたします!! すると大将、しばらく奥の厨房でゴソゴソ探してくださった果てに、発見!の朗報が。 そして待つことしばし、アラもあったから入れときましたといって作ってくれた煮物がこちら。
これがもう、絶品ッ!! 赤女のカマ2つに頭半身、そして15センチ大のアラの切り身がひとつに大根2切れまで。 アラも入れといたとおっしゃるから、てっきり部位としての「アラ」なのかと思いきや、魚の種類としてのアラ、すなわち高級魚のでっかいハタの仲間のことだったのだ。
ついに出会えた赤女ことアカハタ。 しかも!! ついでに(?)入れてくれたアラの旨いことといったら!!
さすが高級魚アラ、その名にしおう旨さである。 いやあ、大将、ワガママ言ってすみませんでしたけど、メチャクチャ美味しいです!!
ちなみに、昼間のゴロタ石海岸が完全無欠の天然であることや、庭石利用禁止のお触れ書きがあるという話をお聞きしたのは、こちらの大将から。 調子に乗ってきたところで、すり身の素揚げもオーダー。
同じ原料でも、すり身の味にはいろいろあって、揚げたものもまたお店によって異なることがわかってきていた我々。 そして、刺身ネタでお寿司も握っていただけるとのことなので、お願いしてみた。
思えば今宵は当初、お寿司屋さんを求めて始まったのだった。 巡り巡って、ようやく寿司盛りに到達。 ところで、五島でいただくお寿司について、どこかで誰かが 「五島の寿司は白い!」
と、味への賞賛を込めつつ述べておられるのを目にしたことがある。 でもどの白身もしっかりしていて味わい深く、上質な白身の魚というのはその土地の魚の実力をいかんなく発揮するものなのだなぁと実感。 味処ふくえがその名のとおり味処であることをこうしてどんどん味わわせていただいているうちに、オタマサの隣のカウンター席に地元の常連さんもお見えになっていた。 聞けば、キビナゴ漁の現役の漁師さんだという。 またこちらの方が、別な意味で味な方。
五島ではキビナゴにもこだわってきた我々にとって、願ってもない常連さんのご登場である。 そんなお2人からお聞きする福江の今昔話は、我々旅行者にとっては赤女に勝るとも劣らぬとっておきの肴。 ここまで地元の方から五島の話をお聞きする機会はそれほど多くはなかったけれど、最後の夜に願っても無い地元話をお聞きすることができたのだった。 なかでもキビナゴ漁の現役漁師さんからお聞きするキビナゴ漁の話がとっておきだ。 午前1時に出漁するキビナゴ漁は、漁場に到着すると網を下ろし、船の電灯を煌々と点けてキビナゴをおびき寄せ、タイミングを見計らって網を上げ、一網打尽にするという。 船は5人で操業していて、船主である先輩は毎週金曜日を休漁の日にしているので、この日は先輩の骨休めデーだったのだ。 ところで先輩、せいぜい還暦前くらいのお歳だろうと思っていたら、なんとなんと、御年70才とか。 沖縄で70才のウミンチュといったら、たいてい潮風と日差しで深く刻み込まれたシワが海の男の年輪に…的な容貌だというのに、キビナゴ漁ひとすじ40年の先輩のお顔の色艶ときたら。 あ! キビナゴ漁は夜のシゴトだから、強い日差しに当たることがないからか!! その他いろいろ楽しい話を聞かせていただき、最後には一緒に写っていただけた先輩。
ちょっと照れておられます(笑)。 一足先に席を立たれた先輩は、 「今度ここで会ったら、次の店に一緒に行こう!」
そういって風のように去っていったのだった。
先輩、ありがとうございました!
魚もヒトも、味を出しまくりの「味処ふくえ」は、正真正銘の「味処」。 いやあ、冷蔵ケースがギャランドゥなのを見ただけで、とっとと帰ってしまったりしなくてよかったぁ……。 というか、我々がいる間に入り口を開けたお客さんの中には、それが動機としか思えない様子で店内に入ることなく帰っていった方々もいたことを思うと、むしろカウンター前の冷蔵ケースは置いておかない方がいいような気も……。 余計なお世話ってところか。 酔い覚ましをかねて夜の福江を散歩しつつ、例によって今宵も訪れた石田城跡蹴出門の堀。 風も随分おさまっているからか、堀の水面にもうひとつ門が映り、逆さ富士ならぬ逆さ門の姿が。
憑りつかれたように毎晩見に来たこの蹴出門のライトアップも、ついにこれで見納めだ。 これまた最後を飾るにふさわしく、見事に美しいたたずまいだった。
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