7・伊平屋周遊半日コース〜橋の下のオブジェ〜

クマヤ海岸をあとにした我々が次に目指すのは、そのクバ山の先っちょにある灯台である。
訪れるところが何もない島では、必ず人が訪れるところ、それが灯台。
水納島でも、ときおり灯台への道順を尋ねるお客さんがいる。
我々もまぁ似たようなものなんだけど、ここ伊平屋の灯台は一味違う。
いや、灯台本体にポケモンの絵が描かれているとか灯台の灯が7色だとか、中が博物館になっているとかそんなことではない。
ここ伊平屋の灯台は、なんと沖縄県最北の灯台なのである。
つまりそこに行けば、沖縄県の北端ということになる。
おそらく大小数多ある沖縄県の無人島の中には、伊平屋よりも北にある島があるのだろう。だから土地自体が沖縄県最北端とはことさら騒がれない。
でも実質的には最北端と言ってもいい。
かつて波照間島に行って南端を極めた我々夫婦は、ここでついに北端も制覇することになるのだ。
クバ山を抜けると、灯台に出た(地図上の3番)。
ずんぐりむっくりの灯台だ。
おお、遥か東に見える島、あれは与論島だろう。鹿児島県だ。
よし、最北端の地で、与論をバックに写真を!

あれ?
どっちも与論島をバックに写したはずなのに、島陰見えないなぁ……。
それに、せっかく灯台に来たのに灯台そのものの写真を撮るのを忘れた!!
灯台を後にし、我々のラルゴは島の東海岸を南下し始めた。
実は、前泊のターミナルを出たときから、我々はある賭けをしていた。
はたして島を一周する間に、何台の対向車とすれ違うだろうか?
対向車だから、走っている車である。停車中の車は含めない。
最少は僕の2台から、最多はオチアイの20台までの間で賭けは成立していた。
さて、ここに至るまで、対向車は………
ゼロ!!
おお、さすが伊平屋島。
たしかに車は停まっているのだけれど、対向車はゼロなのである。
ひょっとしてこのまま僕がニアピン賞もしくはズバリ賞か?
その思惑は、南端の野甫島を過ぎた辺りから変わった。
野甫までたった1台だったというのに、さすがに部落が多くなると車が増える。
最終的には22台で終了したので、賭けはノーコンテストとなった。
さて。
そうやって対向車を気にしつつ走る道は、ずっと海辺の景色が続いている。
やはり島のこちら側も山が海辺まで迫っていて、申し訳程度の平地があるに過ぎない。
そんなちょっとした空き地に等しい土地で、いろんな人が好きなことをやっているようだった。
ブイを使ったオブジェを並べているところがあったり、ヤギを飼っているところがあったり。
季節柄なのか時間帯のせいなのか、人の姿はほとんど見かけなかった。
人はほとんど見かけなかったけど、とある一帯ではバッタが大量発生していた。
ものすごい量のバッタが飛び交っている。バッタが異常に発生する災いを伝えるニュース映像で見るシーンにそっくりだ。
ひょっとして来月あたりに伊平屋島はバッタに食い尽くされているかもしれない……。
車は進む。
やがて島の南端にやって来た。
この先は、野甫大橋で野甫島に続いている(地図上13番あたり)。
野甫にももちろん行く。
その前に、手前の米崎海岸に併設されている施設で休息。
その間に発作的に思いついてしまった。
よし、この野甫大橋を走って渡ろう!!
全長62mとあるけれどそれは橋の下が海になっている部分のことで、橋の麓からだといったいどれくらいあるのだろう??
まぁいいや、普段走っているのだからこれくらい軽い。
すると、何をとち狂ったかうちの奥さんまで走ると言い出した。
さあ、よ〜いドン!!

最初から圧倒的ペースで走る僕。
そのペースをまさかと思いつつも最後まで走り続けてしまった僕にオドロキを禁じえないうちの奥さん。
その傍らでは、Qちゃんを激励する小出監督になったつもりのオチアイが、キッズを載せてラルゴを走らせる。
うーん、橋を走るのってなんか気持ちいなぁ!!
気持ちよく走った終点は、野甫大橋の野甫島側の橋脚付近。
実はここに、是非見ておかなければならないものがあるのだ。
賢明な読者はご記憶であろう、掲示板にかつてこのような書き込みがあったことを。
ちなみに、野甫島に渡る野甫大橋が最近開通しましたが、野甫島側の橋台下に私の作ったオブジェが置いてあります。 <これは見なくてイイよ!(笑)
これを書き込まれたガキヤヒロシさんというのは僕の先輩で、どういう仕事をされているか、おぼろげにはわかっているのだけれど、はて、橋台の下のオブジェっていったいなんだろう?
気になったのでたしかめることにしたのだ。
で、特に降り道があるわけでもない斜面を下り、橋の裏側を覗いてみると………

オブジェって……これのことかな??
なにやら、太い角材を組んだ上に四角いコンクリートが何個も並べられている。
はて、これはなんだろう??
後日ガキヤヒロシさんにお聞きしたところによると……
「見ちゃったんですね(笑)。そうです。あれが私のオブジェです。
あのコンクリートの塊は、野甫大橋を造ったのと同じコンクリートで出来ているやつと、塩分を多量に添加したやつ、アルカリを多量に添加したやつの3種類があります。
これは、野甫大橋が塩害やアルカリ骨材反応(セメントのアルカリと骨材のシリカが反応してひびわれに至る病気)等により劣化損傷に至る前に、テストピースで劣化損傷を起こすためのものです。
なんと40年分の試験体があり、第1回の追跡調査は5年後です。< 誰が試験するの?俺は死んでるっちゅうの!(笑)
というのも、以前の野甫大橋は20年で掛け替えに至る塩害が発生したため、長期に供用できる橋にしたいと耐久設計の全てを駆使して作り、更に補修しながら100年くらいは保たせたいと言う無茶な願いから始まった研究的試験です。
思えば9年前、友人一家と伊平屋へキャンプに行った時、何気なくあの橋の下を泳いで大きなひびわれを見つけ、役所に「直さんと落橋するよ!」と脅したことから始まりました。
お陰で古宇利大橋にも同じものがあり(古宇利側)、都合ウン百万ほどの大きな仕事になりました。私は常々、橋の下には金が落ちていると思ってます(笑)。」
とのことだった。
なるほど……。
橋は作ったら作ったで大変なのですなぁ……。
ちなみに僕らの目には、落ちているお金はどこにも映らなかった………。 |