1・プロローグ

 うちの奥さんには、大きな(?)人生的目標が2つある。

 一つは、霊峰富士山登頂。
 日本人として生まれたからには、一生のうちで一度は山頂まで登り、日本一の標高からの眺めとその空気を味わってみたいという。
 まぁ早い話が、バカと煙は高いところへ登るということで、けっして煙ではないうちの奥さんは、ようするにバカなのだろう。

 とはいえいきなり富士山というのもなんなので、まずは手近な頂から制覇していくべく、わざわざトレッキングシューズなどの登山アイテムを買い揃え、数年前から精力的に本島北部の主要山頂を踏破している彼女であった。

 ただ残念なことに、富士登頂のベストシーズンは我々の仕事のベストシーズンでもある。
 冬に富士山に挑むほどの本格的な登山を目標にしているわけではないから、今の仕事を続けているかぎり、富士山登頂は難しい。

 富士山登頂に比べれば、実現に向けてチャレンジしやすそうななのが、もう一つの目標であるフルマラソン完走だ。
 これまた一生のうちに是非一度、フルマラソンを完走したいという。

 そのためこれまた数年前から、ジョギングは「健康のため」という範囲を超え、フルマラソンを見据えた「トレーニング」に変わった。
 出場可能なプチマラソン大会に積極的に出場するようにもなった。
 海洋博トリムマラソン大会だ。
 最初は5キロコースに出て、翌年は10キロコース、そしてその次の年は20キロコースと順当に距離を伸ばしていき、昨年はいよいよフルマラソンか!?という段階までいったのだが、そうは問屋がおろさなかった。

 沖縄県の主要マラソン大会といえば、誰もが思い浮かべるのが那覇マラソン。県内で最も由緒正しいといっていいマラソン大会なのはみなさんご存知のとおり。
 ただしその開催日は12月最初の日曜日。11月からオフになる我々にとっては、たった1ヶ月という準備期間はあまりにも短すぎる。

 その点、2、3月に開催される沖縄マラソンは日程的には非常に好都合なんだけど、そのコースの起伏の激しさによる艱難辛苦は多くのランナーが語るところ。
 とてもじゃないけどマラソン初心者がいきなりチャレンジするにはハードルが高すぎる気がする………。

 …と逡巡しているうちに東京にて「コテン。」開催という運びとなってしまった。
 オフはその準備に追われることになったため、彼女のフルマラソン参加の検討は翌オフまで見送りとなった。

 そして。
 2009年のシーズンも終了間際の秋頃、性懲りもなく購入した一冊のマラソン関係ムックに、なんとも魅惑的なマラソン大会が載っているのをうちの奥さんは発見した。

 石垣島マラソン大会。

 2010年で8回目を迎えるというこのマラソン大会は、日本陸連公式コースで、その年最初に開催される日本最南端の市民マラソンというのがウリの大会だ。
 那覇マラソンや沖縄マラソンに比べれば参加人数は少なく、石垣島的にも宣伝にかけるパワーは石垣島トライアスロンのほうにウェイトが置かれているようだ。
 しかしなんといっても1月下旬という開催日、そして沖縄マラソンに比べれば遥かに優しいコースの起伏。

 これは参加するしかない!!

 うちの奥さんは決めた。
 そしてその頃から、僕に対する勧誘が始まった。

 思えばここに至るまでに、気がつけば結局なんやかんや言いながら僕も海洋博のトリムマラソンに参加している。騙されたと思っていくつかの山も登った。

 しかし、いくらなんでもフルマラソンともなれば、むしろ最も避けたいものの筆頭といってもいいくらいだ。いくらバカでも騙されたと思って騙されるわけにはいかない。
 だから、これが沖縄マラソンなどだったら、間違いなくどうぞいってらっしゃい、ということになっていただろう。

 が、行き先は石垣島。
 マンタもいれば石垣牛もいる石垣島だ。
 それよりもなによりも、随分長い間無沙汰をしてしまっている友人知人たちがたくさんいる石垣島だ。

 うちの奥さんを応援がてら、石垣牛を観てマンタを食って………あ、違った、マンタを観て石垣牛を食って、友人たちと再会を果たす、ってのも悪くない。

 よ〜し、応援に行こうっと!

 ………というはずだったのに。
 なんで僕までマラソンに参加することになっちゃったんだろう??<バカだからだ。