イタリアには、「アペリティーボ」という食前酒の時間を楽しむ風習があるという。
すなわち、本当の夕食の前に、ちょこっとひっかけておしゃべりタイムを過ごす、というもの。
その時間を挟んで、「仕事脳」から「プライベート脳」に切り替える、という効用があるとかないとか、いろいろ後付けの理由はあるようだけど、ようするに民宿での食事の前に、パーラー・ティーダで生ビールタイム!!というノリなわけだ(…と僕は認識した)。
その横文字系呼び名こそオシャレではあるものの、つまりなんのことはない、普段の我々の島の生活のままではないか。
なのでここシチリアでも、できればどこぞのバールでそういう時間を過ごせればいいなぁ……とは思っていたものの。
我々二人だったらともかく、そういう時間はまず風呂タイムであることは間違いない父ちゃんのこと、夕方出かけて一杯だけ…なんて過ごし方ができるはずはない。
しょうがないので、前日スーパーで買ったビールを、なんとも眺めがいい屋上テラスで飲もうか!!
…と盛り上がっていた我々。
が、なにしろ風が強く、日が傾いたら途端に寒くなってきた。
とてもじゃないけど外でビールでも……という気にはならない。
というわけで、当初の理想とは大幅に違ってしまったけど、お部屋でアペリティーボ!!
メッシーナ・ビールはとても美味しい。
まぁ風呂上りだったら何でも美味しいんだろうけどね。
さあてさて、ビールでちょっとばかし気分良くなって、今宵の夕食へとお出かけだ。
「昨日のところじゃないの??」
父ちゃんが言う。
昨日のカフェ・ソラリス、相当居心地が良かったらしい……。
ワタシ的には、恥ずかしくてもう行けないんですけど。
やはりリラックスさせすぎてはいけない。
父ちゃんの意向に関係なく、目指すはトラットリア・ダ・ニーノ。
シーズンオフということでことごとく店が休んでいるタオルミーナにあって、雄々しくも「年中無休」を引っさげて君臨する我々旅行者の見方だ。
世界的なクチコミサイト、トリップアドバイザーではなかなかの高評価を博してはいるものの、もとよりそういうモノは沖縄気象台程度にしか信じていないので(ビミョー)、これもやはり地元の方にうかがっておこうと思ってヒロセさんに聞いてみた。
すると……………
行ったことがないということを前提にされつつも、どうにも煮え切らないご返事。
うーむ……
しかし今やダ・ニーノは最後の砦。評判はどうであれここしかないのだ(他にも開いてるところはあります)。
春先の夕食時のお店は、こんな風に見える。
夏場は2階テラス席などもあるらしいけど、前述のとおりこの季節は日が暮れると寒いから外はありえない。
で、写真の明るい部分へ入店。
なんか予約時はノリだけはいい応対だっただけに、逆にホントに予約が通っているのかが不安……。
やや不安を抱きつつ、「ボナセーラ、予約しているウエダです」と告げると………
おお、キチンと予約が通っていた!
さあ、これからが初めてのトラットリアでの注文!
この瞬間のためのお勉強アイテムはこれだ。
「トラットリアのイタリア語」
岩田デノーラ砂和子 著
三修社 刊
1500円(税抜き)
そのままズバリ、「トラットリアのイタリア語」。
最近の日本では、我々が知らない間にイタリア語の需要が増しているようで、こういう本がけっこう売れたりするらしい。
しかも、どう見ても30歳前後の若い女性を対象としているとしか思えない装丁と内容にも関わらず、購買層には4、50代の男性もけっこういるらしい。
……って、俺もそのひとりじゃん。
でも本の作りがどういう層を対象にしていようと、イタリアで美味しいものを食べたい!と願う我々にとっては、まさにツボの本。
イタリア語の初歩の初歩をお勉強しつつ、ここというとき……つまりご飯を食べる時のためには、それとは別にこのような特化した本でお勉強。
まず。
イタ飯屋さんでは、アンティパスト(前菜)、プリモ(最初の料理)、セコンド(メインディッシュ)といったコース様の区別があるのはご存知の通り。
で、一人でそれらを全部食べるなんてことは、とてもじゃないけど無理っす……という量であることも知られている。
で、そんな料理の数々を食べるにはどうしたらいいかというと、
シェアする(分ける)!!
そう、トラットリア程度なら、一杯の掛けそばでOKなのだ。
そうするためのかなり重要な表現(明日のためのその1)。
この料理を3人で分けたいのですが…。
これをキチンと伝えることができたら、第一段階はクリアだ。
また、うろたえるあまり、最初からセコンドまでのメニューを全部注文してしまい、ああお腹一杯で食べられないよぉ…という事態になる方も数多いと聞く。
だから注文時に、プリモはどうします?セコンドは?などとカメリエーレに催促されたときにかなり重要な表現(明日のためのその2)。
プリモは、アンティパストの様子を観てからにします。
これも伝えることができたなら、もう勝利を手にしたも同然だ。
はたして通じるか??
まずはビールと水を注文しつつ、メニューを見ながら緊張していたら、突然、
ドドンッ!!
カメリエーレが鮮魚山盛りの籠を抱えてやってきた。
こ……これって、いわゆるボッタクリ店の商法じゃないのか??
乏しい知識的には、こういう状況で勢いに飲まれて選んでしまうと、とてつもなく高くつく、という話を聞いたことがある。
熱心に魚を説明しているカメリエーレが何を言っているのかわからないから、とにかく要らない、と告げた。
寂しく去りゆくカメリエーレ。
ホントに真心からイイモノを食べさせようとしてくれていたのだとしたら申し訳ない。
けど、沖縄から八丈島に行ったダイバーがユウゼンやレンテンヤッコに釘付けになるように、初めてこの地に来た我々は、この地の普通の食べ物を食べてみたいのだ。
なので引き続きメニューを研究しつつ、先ほどの明日のためのその1を伝える。すると………
通じた!!
ヒデキ、二度目の感激♪
なにしろ高齢者と小さい女性を抱えた3人連れである。
雪崩のごとく料理が出てきたら、とてもじゃないけど食べきれるもんじゃない。
ゆっくり落ち着いて飲むためには、適量の食事を適度なペースで、が肝要だ。
そんな苦労を知ってか知らずか……
ご満悦の二人。
あ、そうそう、上の写真でもわかるとおり、パスタは2皿を頼んだんだけど、それも3人で分けたいというと、最初から分けたものを皿に載せて持ってきてくれた。
前菜のカポナータなんて、カメリエーレがテーブル上で一皿からそれぞれに分けてくれるのだ。
そういうのが普通なのかと思っていたら、以後訪れたお店では二度となかったから、これはこのお店の特筆すべきサービスなのかもしれない。
というわけで、分けてもらったものを撮ってるので分量は参考にならないけど、頼んだものはこんな感じ。
魚介のアンティパスト(これは一皿分)
カポナータ
ネオナータ(鰯の稚魚)のフリット
スパゲッティ・コン・サルデ
ボッタルガ(マグロのカラスミ)のパスタ
今振り返ってみると、パスタもアルデンテがどうとか騒がれるような特筆すべき茹で加減ではなかった気がするし、その後食べたさらにインパクトある食べ物に霞んでしまっているものの、なにしろカジキのスモーク、ネオナータのフリット、鰯のパスタ、マグロのカラスミなどなど、みながみな初めてのものばかり。
それも、旅行前から食べてみたいと希っていたものだから、この日は素直に感動した。
ワインもボトルで頼んだ。
エトナのパトリアのワインはありますか?なぜなら、今日、我々はパトリアを訪れたので…
と伝えようとすると、僕の言葉をフォローしてくれながら、意味は通じた。
そうそう、この先の旅程を通じてわかったことがひとつ。
カメリエーレに何かを伝えようとするとき、それがうまく伝わらない、つまり彼らからすれば相手が何を言ってるのかわからないとき、ハッキリと顔で
ハァ?
という顔をする。
それが我々日本人の感覚では、ホントに「ハァ?何ゆーてんの??」というときの顔そのものなので、慣れない間は
なんでウェイターにそんな不遜な態度をされなきゃいかんのだ!!
と思いそうになる。
でもどうやらそれは、本当に「わからない」ということを全身でアピールしているらしいのだ。
その証拠に、理解した途端に彼の顔は明るくなるし、理解したことをやってくれるときはとてもいい顔をしている。
このパトリアに行ったという話で、最初にその体験をした。
というのも、「パトリア」では通じなかったのだ。
よくよく聞いてみると、発音的にはパではなくて、パとぺの間、しかもちょっと母音を伸ばす感じ。
そんなこんなでようやく理解してもらった後、もちろんありますよ!という返事をもらってワインリストを見せてもらったら、土産用にワイナリーで購入したものと同じヤツがあった。
ワイナリーのショップで8ユーロのものが、16ユーロ。
これはこういう観光地だということを考えたら、かなり良心的と言っていいんじゃないでしょうか。
というわけで、白一本。
飯は大して食べられないのに、ワインは一本飲むんかい…。
…と思われたかどうかはともかく、初トラットリア体験は、食べたいものを食べて飲みたいものを飲み、満足のうちに終了したのだった。
さてお会計。
これで超高値だったらどうしよう?
すると、レシートには………
総額71ユーロ。
3で割ったら………………激安だ。
ワインをボトルで頼んでこの値段。
まぁたしかに頼んだ食事の量的には二人分ってところではあるけれど、ひょっとすると最初の山盛り鮮魚も、ホントの真心だったのかなぁ……。
お会計をしている他の人々を見ていると、レジまで行って支払っているようだった。僕もとことこレジまで行った。
71ユーロだったので、75ユーロ払ってお釣りはいいよって言おうと、70ユーロ出してからモゾモゾと5ユーロ札を探していると、
「1ユーロはいいよいいよ!!サービスサービス。日本人は好きだから♪」
みたいなことを言って、オマケしてくれた。
最後の一言が限りなくアヤシイものの(だいたい、カメリエーレにオマケする権限があるのか??)、ここは素直に鮮魚も真心だったと信じておこう。
…そして帰国後。
この旅行記を書くために、このダ・ニーノのサイトを調べてみたら……
スタッフ紹介に、彼の写真が載っていた。
Ristorante Trattoria DA NINOより
そうそう、この人!!
名はジャンルカというようだ。
拙いイタリア語知識でスタッフ紹介を読んでみると、なんと彼はボスの甥っ子さんらしい(孫ってことはないよね)。
あ、だったら1ユーロのオマケも可能だよな……。
しかも!!
彼は、ワインやスペシャル料理をオススメしてくれる人だったらしい。
つまり、店にその日何が入荷していて、それをどうやって食べたらいいかとかいうことを客に教えてくれて、それに合うワインもちゃんとオススメしてくれるという!!
やっぱり山盛りの籠は真心だったのね、ジャンルカさん。
ああ、もっとイタリア語を勉強しよう………。
帰り道、ちょっと寄り道してナクソス湾の夜景を眺めた。
タオルミーナ最後の晩……。
人生のうちで、もう二度と見られない景色かもしれない。
できることなら、このままこうしてずっと眺め続けていたかった………
……んだけど、すっかりいい気持ちになっている父ちゃんは、やっぱり3秒で飽きるのだった。 |