35・モンレアーレへ行こう!

 明けて迎えた3月5日。
 前夜、途中目が開いた時間帯があったものの、ついに朝まで快適に眠れた。

 ますます絶好調!!

 うちの奥さんも、すでにほぼいつもどおり。
 が。
 例によって約一名は、寝られねぇなぁ……とブツブツ。
 さすがに今朝はみんなが起きてからにしてくれたものの、やはり朝風呂に入ってからまたワインを飲んでいる父ちゃんなのである。

 絶対飲みすぎだと確信している我々。

 そしてまた、朝からテレビスイッチオン。
 老人にはテレビは欠かせないのだ。

 といいつつ、ニュースの時間に天気予報等もやってくれるから、けっして無駄ではない。
 ただそのイタリアのニュース、とてもマジメな番組であるにもかかわらず、女性キャスターが………

 ニュース番組でそんなに胸元開けてていいんですか??

 お天気オネーサンがまた……

 セクスィ♪

 思わずテレビ画面を撮っちまったぜ。
 フツーにマジメな、しかも朝のニュース番組の中の天気予報コーナーがこうなのだったら、夜のバラエティ番組ってどうなるんだろう??

 そうそう、天気予報のセクスィオネーサンにもビックリしたけど、ヤクルトのCMが流れていたのにも驚いた。
 普通に、日本でもお馴染みのあの飲料のCMイタリアバージョン。
 ヤクルト頑張ってるなぁ!!

 さてさて。
 食事している頃は大雨だった今朝のパレルモ、お天気オネーサンのパワーなのかなんなのか、8時過ぎからは晴れ間が見え始めた。

 おお、パレルモで初めての青空!!

 マッシモ劇場も全然イメージが違って見える。
 朝から飲んでいて出かけるのがけだるそうだった父ちゃんも、晴れ間にはすっかりご機嫌になって、「傘はいらねぇやな」といってホテルを出たあとも快調な出足。

 ただ、そういう道のりをチンタラゆっくり、あたりを眺めながらのんびり歩けばいいものを、とりあえずこの道をまっすぐ、とわかった途端、スタスタスタスタスタ歩いていく。
 ついていく我々がかえってしんどいくらいに。

 もう少しゆっくり歩いたほうが疲れないですよ、と何度言おうと聞く耳持たず。
 そういえば大阪にいるときに、うちの実家の両親と普段の散歩コースという道のりを一緒に歩いてみたことがあるんだけど、路傍の草花、小枝に止まる小鳥、川を泳ぐ魚…………などには目もくれず、ただひたすら歩いていたっけ。
 この世代の人たちに、ゆっくり歩けというのはかなり無理な注文らしい。

 ま、高度成長時代の日本を支えたこの世代の人たちに、「ゆっくり」を望むのは無理というものかもしれない。

 そうやって目にも留まらぬ速さでガシガシ歩いているうちにクアットロ・カンティを過ぎ、一路インディペンデンツァ広場を目指した。

 途中にあるカテドラーレを見た父ちゃんは、

 「入れんの??」

 やや興味を惹かれた様子。
 休憩という意味では入ったほうが良かったかもしれない。
 でもきっと3分で飽きるだろうし、なんといっても……

 昨日入ったからなぁ、我々。<ひどい!!

 というわけで、時間があったら帰りに寄ろうということで、先に行くことにした。

 途中にあるヴィットリア広場にて。

 こういういかにも南国の風景も、青空があればこそ。
 そしてヌォーヴァ門に到達。


門的には、外から見た姿が正面なんだけど……

 インディペンデンツァ広場まではあと少し。
 不思議なことに、なんとなくながらヌォーヴァ門を越えると街の雰囲気が変わった気がした。
 旧市街域だと、大通りから幾筋か中に入ったところにある商店たちが、メインストリート沿いに面しているからだろうか。
 だから門の外の大通り沿いには、こういう車も停まっている。

 昨日花屋さんに教えてもらったバールでバスのチケットを買った。90分有効のチケットながら、現地で観光すると時間切れになってしまうから、帰りの分と合わせて合計6枚購入。

 そしてバス停に到着。

 我々と同じく、見るからにモンレアーレに行こうとしている観光客らしき白人がいたからとりあえず安心。
 ただし、モンレアーレ行きのバス389番は、約30分に1本しかない(ちなみに沖縄の路線バスと同じで、時刻表などない)。

 それよりも、バス停表示の看板を見て気がついた。
 ここって始発のバス停じゃないじゃん!!
 というか、あの花屋さんは、あのとき我々がすぐにモンレアーレに行くのだと思い、そこから最も近いバス停を教えてくれたんだ………。

 結局始発のバス停ってどこだったんだろ?
 ま、バスが来ることは間違いなさそうだから、安心して待っていよう。
 そう。
 都合よく着いた瞬間に到着するはずはなし、そもそもバスといえば多少は待つものと相場が決まっているというのに……

 やはり3分で飽きる父ちゃん。
 しんどいならしんどいでそのへんの何かに腰を下ろすかなんかすればいいのに……。
 が、座っていれば?というと、逆に「大丈夫だ」とかいって我慢するのだった。
 「大丈夫」と言った以上はホントに大丈夫なお年寄りばっかりだったら、昔の人がこんな言葉を生み出すことはなかったろう。

 年寄りの冷や水

 その言葉が生まれた背景には、数え切れないほどの実例があったと思われる………。

 バスが来るにはまだ時間がありそうだったので、バス停傍の屋台で、ついにあの食品を買うことにした。

 アランチーノ!!

 いわゆるライスコロッケである。
 これまたシチリアのB級グルメ界の超メジャーどころで、頭で思い描くだけで僕のツボ間違いなしのこの食品。
 陽気なニィニィに1つほしいというと、いろいろと種類を紹介してくれた。
 迷わずハムとモッツァレラ入りのヤツを。

 例によって周囲にはオジサンたちがたむろしていて、ニィニィが食べ歩き用の包み方をしてくれていたら、オジサンは「こっちを使え」とばかりにニィニィに指示してくれて、お持ち帰り用の包み方に変身した。
 ありがとう!!

 「プレーゴ」

 1.2ユーロだったので、2ユーロコインを出した。
 するとお釣り用の小銭が切れていたのか、周りにいるオジサンたちに助けを求めるニィニィ。
 いったいどういう財布かわからないものの、オジサンは自分の財布から小銭を取り出し、ニィニィへ。
 そしてニィニィはオジサンたちに訊いた。

 「プレーゴって英語でなんて言うんだったっけ??」

 「プリーズだよ、プリーズ!」

 そしてニィニィ、僕に向かって陽気に小銭とレシートを差し出し、

 「Please!」

 お……………面白すぎるッ!!
 はたしてこのオジサンたちが、店の方だったのかどうかは定かではない。
 というか、ただの客であるほうに千円。

 こういう一連のやり取りを、傍からムービーで撮ってくれていれば…………
 って、そんな気が利く人なんて、僕の同行者にいるわきゃない。

 それどころか、人がそうやって買ったアランチーノを横取りするのだ。

 にしてもこのアランチーノ、場末の屋台製だから上品な味など期待していないにしても、とけたチーズといい米粒といいまわりの揚げパンといい………

 超ツボ♪

 こりゃ美味いや。
 しかし。
 味はツボだったけど…………

 でかすぎッ!!

 これで日本円にしたら百数十円なんだから恐れ入る。
 ファミリーマートのおむすび1つの値段って、いったいなんなんだろう………。

 アランチーノを食べ終わっても、まだバスは来なかった。
 そうこうするうちに、バス停には地元の方々も集まり始める。

 そうやってバスを待っているときのこと。
 父ちゃんの傍に、アヤシゲな雰囲気の地元のおとっつぁんが近寄ってきて、ナニゴトかささやいた。
 うろたえる父ちゃん。
 お、ついにそーゆー目に遭うときが来たか??

 と思ったら。
 よくよく聞いてみると、時刻を尋ねているようだった。

 「今何時かってことですか?」

 尋ねてみると、そうそう、という。
 なので、9時半ですよ、と告げたら

 「Grazie.

 そこですかさず僕も、「Prego.

 おお…………………俺って、イケてる!?

 そのとき、傍でその一部始終を見ていた地元のおねーさんと目があった。優しげにフフ……と笑顔を見せてくれた。

 なんかうれしい…………。

 そして389番らしきバスがついにやってきた。
 せっかくだから、おねーさんに聞いてみた。なんであれきっかけは有効にしなきゃ。
 あれって、モンレアーレ行きですか?

 「ええ、そうよ!」

 小柄な峰不二子のようなオネーサンは、やはり優しく教えてくれるのだった。

 うーんパレルモ、いい国だ。

 ついにバスが来た。
 始発じゃなかったけど、バスは空いていた。
 このバス。
 乗り込んだ時点で、切符に刻印を打たねばならない。
 90分有効というバスのチケットは、乗った際に時刻を印刷することで機能する。
 印字しないまま乗っていると、ふとした拍子に乗り込んでくる「検札官」に見咎められ、バス料金どころではない反則金が課されるという。

 実際にそんな目に遭う人がいるのかどうかはともかく、地元の方々も普通に刻印していた。
 面倒なトラブルを避けるためには、避けては通れない検問所なのである。

 その時刻刻印器は、入り口近くにあった。
 さっそく切符を差し込んでみる。

 無反応。

 あれ?先にやった方のはうまくいったのに??
 再度チャレンジ。

 無反応。

 あれ?
 あれ?

 あ、ひょっとして、旅行者は不要とか?

 たまたま目の前の席に先ほどの峰不二子嬢が座っていたので、この刻印って必要ないのですか?と訊ねてみたら、

 「いいえ、必要よ。ちょっと貸してみて」

 立ち上がるや我々の切符を手にとり、チャレンジしてくれた。
 切符のタイプによっていろいろコツがあるらしく、何度か試行錯誤してくれたものの、印字できず。

 すると不二子ちゃんは、スタスタスタと運転席まで行くやいなや、熱心に事情説明。

 再び戻ってきて、リベンジ。
 しかし印字できず。
 もう一度運転席へ。
 そしてナニゴトか運転手と話してくれたあと、印字機にて3度目の挑戦。
 すると………

 ガチャコンッ!!

 おお、やった!!
 無事に3枚とも刻印できた!!

 これすべて、バスが発進して動いているときの話である。
 その間、ただオタオタしているだけの我々。
 ありがとう、不二子ちゃん!!

 そこでもやはり、

 「Prego.

 そして彼女は、次の次くらいのバス停で、颯爽と降りて行ったのだった。
 目と目で別れの挨拶をしたのはいうまでもない。

 うーん、なんていい国なんだ、パレルモ!!

 バスはやや登り坂気味になった一本道をひた走る。
 沿道には、活気溢れる鮮魚店や八百屋、精肉店が並んでいる。
 観光地でもなんでもない地域の、普通の人々の普通の生活の場もまた楽しげだ。

 美しい女性の優しさに触れ、楽しげな町の活気溢れる様見ているうちに、ますます気持ちが盛り上がって………

 ……いくはずだったのだが。
 山に向かうにつれ、雨がひどくなってきたのだった。

 えー!?雨??