41・さらばパレルモ

 散歩を堪能した父ちゃんをその後ホテルに戻し、我々はもう少し未練がましく街を歩いてみた。

 最後にジェラートを!

 朝アランチーノを買ったお店には、色とりどりのジェラートもオシャレに美しく並んでいたので、うちの奥さんがひそかに目をつけていたのだ。

 一昨日はパンに挟んで食べたら量が多すぎたので、コーンで。
 色とりどりのジェラート、全部試してみたいところながら、なぜか執拗にピスタキオ(ピスタチオ)にこだわるうちの奥さん。

 たしかに、一昨日食べたピスタキオよりも色が濃い。
 しかも、そのうえに粗く砕いたピスタキオをトッピングしてくれた。
 美味そう!!

 でもやっぱり多いッ!!
 しかし安いッ!!

 ジェラートといえばこの量が当たり前のイタリア人が、日本のアイスクリーム屋で何か注文したら、即座にちゃぶ台返しになることは間違いない………。

 そのどでかいジェラートを、歩きながら食べる。
 ビシッと着飾ったビジネスマンが普通にアランチーノを食べながら歩く、食べ歩きの街なのである。
 一応気分はヘプバーン……?

 シチリアのお菓子といえば脳天直撃系の甘いものが多いと言われるなかにあって、このジェラートはけっして甘すぎることはなく、むしろ夏の暑い時期に食べるにふさわしい爽やか系。

 晴れ渡る空の下、ポリテアーマ劇場の前で。


かなり食べてまだこの量が残ってる……。

 爽やかなジェラートには青空が似合う。

 ホテルの目の前にあるこのポリテアーマ劇場は、それはそれで由緒正しい大きな劇場なのだが、すぐ近くにさらに巨大なマッシモ劇場があるためにやや影が薄い。
 調べてみると、なんとこの劇場が落成したその翌年(1875年)に、マッシモ劇場が着工されたらしい。

 いやがらせ??

 ともかくどちらも、今もなお現役の劇場だ。
 劇場の前は広い広い広場で、日曜だからか、のどかな散歩客が多い。そこでジェラートを食べていると、凱旋門になっている劇場玄関の上に並び立つ四頭だての馬車像が、「俺たちにも食わせろ!!」と暴れ始めた。

 たった3泊しかしていないのに、すっかり見慣れた感のあるパレルモの街。
 期待も不安もともに抱いてやってきたけれど、期待以上どころではないほどに、とってもとっても楽しく過ごせた。
 というか……

 居心地がいい♪

 この、まったく違和感を感じない居心地の良さはいったいなんだ??
 今まで外国には何ヶ所か訪れたことがあるけれど、ここまで違和感なくその場にいられたことなど一度もない。
 旅行準備中から感じていた、「シチリアはイタリアの沖縄である」というのは、まったくの誤解というわけではなかったことだけはたしかだ。

 ホテルに戻り、チェックアウトを済ませてロビーで待っていると、予定時刻どおりにタクシー到着。
 このあたり、ウチナータイムのような「シチリアタイム」を覚悟していたものの、観光業に従事している人たちに関しては、その心配はないらしい。

 パレルモの空港へは車で30分ほどだとドライバーが教えてくれた。
 けっこう離れた場所にあるのだ。
 見慣れた街に別れを告げつつ、アウトストラーダをぶっ飛ばすタクシーから車窓を眺めてみると、すぐに海沿いに出た。
 というか、ホントにすぐそばが海。

 こんなところを高速道路が走っているってのも、台風が来る風土で暮らしている我々には信じがたい光景だ。

 この反対側には、岩山が巨大な屏風のように迫る。
 海も山もかなりの絶景で、昨日の死亡状態がウソのように元気になっている父ちゃんも(朝酒を控えた効果であることはまぎれもない)道中の風景を楽しんでいたのだが…

 ここで約一名、不穏な気配を漂わせている人が。
 オタマサである。
 そういえば、ジェラートを食べきった後くらいから、やや不調を訴えていた。それがこの車中ではついにグッタリとうずくまっているではないか。

 ま、まさか………父ちゃんの次はうちの奥さん??

 3日連続部屋で夕食だなんて冗談ではない。
 というか、無駄に朝モリモリ食って、ジェラートも食って、それで不調って…………

 「だって、チョコラータは甘くって、ジェラートは多かったんだもん……」

 知らんがな。
 まったく親子揃って……………。

 空港に着いた。
 空港もまた、思いっきり海のそばだった。
 海の傍の空港といえば那覇空港もそうだけど、那覇空港は滑走路が海に面しているのに対し、パレルモの空港はターミナルが海に面している。
 なので、こういう展望テラスもある。

 そして、ちゃんとした近代建築のターミナルにもかかわらず、なぜかターミナルの中に……

 ハトがいた。
 どうやら客の食べ物のおこぼれにあずかっているらしい。
 にしても、なんで入ってこられるの?

 到着早々にチェックインを済ませ、荷物から解放されたあと、まだけっこう時間があったので空港内を物色。
 そして、目当てのお店を見つけた。

 ここのお菓子が美味しいの♪
 …みたいなことを、現地在住の方がブログで書いておられたのだ。
 ベンチで二人が休憩している間にさっそく入ってみると、カワイイサイズのお菓子がたくさん並んでいた。

 シュークリームのような雰囲気のナポリのお菓子、スフォリアテッラというものに惹かれてしまったので、1個だけ買ってみる。

 1ユーロ。
 例によってお店のオネーサンは美しく優しい。
 で、カワイイサイズのスフォリアテッラを手にベンチに戻り食べていると、父ちゃんがやや興味を示した。
 最初に「食べてみましょう!」って言ったって、間違いなく否定から入るのはわかりきっていたのであえて誘わなかったけど、こうしてモノを見ると興味が湧くだろうこともまたわかっていた。
 ゴニョゴニョ言うのを待たず、即座にもう1個買いに戻る。

 で、先ほどのオネーサンに、またもう1個お願いします!

 すると、僕の前に買い物をしていたCAらしき女性が、

 「これも美味しいわよ!」

 そう言ってショーケースの中を指差してくれた。
 たった今ご自身が買っていたものだ。
 細長いスティック様のお菓子。
 名前は忘れたけど、これも1本単位で売られている。そのCAおねーさんは、たしか10本買っていたっけ。

 へぇ!そうなんですか?とお店のおねーさんに言うと、

 「はい!とっても美味しいですよ♪」

 お店の方はともかくとして、この見ず知らずのアヤシゲな東洋人旅行者に、お客さんが自分の好きなお菓子を勧めてくれる。
 この感じ!!

 それを遠目に見ていたうちの奥さんもまた、このとき確信したのだった。

 イタリアの女性は男に優しい!!

 ひょっとして、これもまたイタリア語の効用なんじゃなかろうか。
 空港内従業員ともなれば普通に英語を話すから、こういうお店でも英語で普通に買い物ができる。
 だから多くの外国人旅行者は英語を使っているに違いない。
 そこで拙いながらも自国語、すなわちイタリア語で買い物をする外人旅行者……。

 彼らに優しく接しようとするのは、その国の人にとっては至極当然の人情なのではあるまいか。

 バリバリの英語のみでイタリア旅行をしている男性に、そのあたりのことをうかがってみたいなぁ…。

 結局僕は、せっかく勧めていただいたものを買わなかったのだけど、後刻うちの奥さんがそれを責め立てる。

 「せっかくおねーさんたちが勧めてくれたんだから、買わなきゃ!まったく、女心がわかってないねぇ」

 ……ってあんた。
 その時「胃が痛い…」って腹抱えてうずくまってたのはいったい誰なんだよッ!!

 そういう不安要素が購買意欲を削いでいるってことがなぜわからんのだ。

 ともかくスフォリアテッラは、父ちゃんにも好評だった。

 保安検査を通過してボーディングゲートの前にやってきた後、バールでビールを買って、朝方カフェ・スピンナートでテイクアウトしてあったアランチーノを。
 もう、他の誰がどうこうなどと気にするのはやめた。
 食べたいなら食べたい、飲みたいなら飲みたいと言ってください、買いますから。
 僕は好き勝手に買い食いするのだ!!

 ようやく搭乗時間に。
 バスでたどり着いた小さな飛行機には、前後二つに入り口が。
 そしてその後ろの入り口は……

 飛行機のお尻!!
 こんなところから搭乗するなんて、初めての体験♪
 でも…………
 なんとなく、ナマコマルガザミになったような気分………。

 ついにパレルモと分かれる時が。
 タオルミーナも上品で素敵な街ではあったものの、タオルミーナかパレルモか、どっちか選べといわれれば、僕は迷わずパレルモを選ぶ。

 奇跡的にあるかもしれない「次回」に備えて、もっともっとイタリア語を勉強しておこうっと。

 さらばパレルモ、また来る日まで!!