17・金沢クライマックス
   〜鮨 みつ川〜

 

 例によって宿に戻ってからひとっ風呂浴び、夜に備えて休憩した我々は、日もとっぷり暮れた午後6時過ぎにはここに立っていた。

 再び、ひがし茶屋街。

 いや、けっして落し物、忘れ物を慌てて取りに来たわけではない。

 この日金沢で迎える最後の夜、今次旅行のクライマックスが、ここひがし茶屋街で我々を今や遅しと待ち受けているのだ。

 予約していた時刻にはまだ早かったので、灯がともったひがし茶屋街を歩いている次第。

 この時間になると観光客の姿はほとんどなく、日中には観られなかったこの地域で暮らす人々の営みが垣間見られる。

 営業を終了しているお店の前には車が停まっていて、その日の仕事を終えた人たちがそれぞれ帰っていく。

 そういえば、日中大賑わいだった宇多須神社は、この時間どうなっているのだろう。

 節分祭って何?

 ってなくらいにすっかり鎮まりかえり、紅白の幕もすでに取り払われていた。

 祭りのあとの寂しさ…ってところか。

 特にお参りするわけでもなく、そのまま再び茶屋街に戻ろうとすると、この時刻にお参りされていた地元の方に声を掛けられた。

 話好きな方のようで、特に我々が質問したわけでもないのに、この宇多須神社の由緒正しい格式について、滔々と教えてくださるそのお方。

 いわく、

 この神社が節分の祭りの舞台になっているのは、加賀藩前田家を称える意味合いで始まった風習であって、ここはそもそも前田家なんぞの田舎武士をありがたがる必要などまったくないほどに格は高く、歴史のある神社なのである……

 ……と。

 挙句の果てには、邪馬台国の本当の場所こそが、ここ金沢なのだ、という話になっていった。

  宵の口にたまたますれ違った観光客に話すにしては、かなりディープな話ではある。
 僕としてもけっこう好きなジャンルの話ではあるけれど、金沢もしくは加賀が邪馬台国だという説には素直に頷くわけには………

 ……なんて言ってる場合じゃなかった。

 予約している時間に間に合わなくなるんですけど。

 陳寿が書き記しただけに過ぎない「邪馬台国」が実はどこなのかなんて話は、金沢のクライマックスを目前にしている僕には2の次3の次どころか遥か100の次くらいの話。

 オジサンには悪いけれど、こんなところで立ち話をしている場合ではないのだ。
 邪馬台国論争については、次回ゆっくり話し合いましょう。

 というわけで、再びひがし茶屋街に戻り、メインストリートから裏路地へと進む。

 初めて訪れるのがこの時間帯だったら、絶対に道に迷うであろう路地。
 昼間なぜに何度も茶屋街をウロウロしていたか、おわかりいただけたことだろう。

 そう、本番で迷わないよう、いろんな方向からの道順を下調べしていたのである。

 うーむ、この酒席に懸けるその入念さを、どうして普段の仕事で活かせないのだろうか。

 いやいや、旅行とは「非日常」を楽しむものなのである。

 そんな迷路のような路地を行きついた果てにあるのが、ここ。

 鮨 みつ川。

 <たしか、この日の朝も寿司食ってたんじゃね?

 あれはもちろん、明日のためのその1・ジャブ。 
 今宵のこのメインイベントを前に、とりあえず廉価版はこんなもんね的な納得をしておく儀式だったのだ。

 いや、皆まで言わずともよい。
 我々には分不相応ということは百も承知している。

 しかし、人生最初で最後かもしれない金沢。
 せっかくここまできて二の足を踏んでいる場合ではない。
 旅行とは、非日常を楽しむものなのである。

 とはいいつつ。

 このみつ川さんに決意の予約を入れた旅行出発前から、いつにないキンチョウの日々になってしまった。
 例えて言うなら、初めてフルマラソンを走ることになってしまった1週間前の心境。

 風邪でもひいたらどうしよう、インフルエンザになってたらどうしよう、食べ過ぎで胃腸を壊していたらどうしよう……

 様々な不安が頭をよぎる。
 幸いにも、自重に自重を重ねた甲斐あって、この日の体調はすこぶる快調。

 ただ。

 自重で体調快調なんだけど、どうにもこうにも緊張が……。

 だってあなた、通りかかって入り口を見ただけなら、あまりに高みにあるそのたたずまいのため、我々なら絶対にスルー確実のお店ですぜ。

 ネット社会のおかげで、どんな感じでいただけてどんなお値段になるか…という見当がついているからいいようなものの、それでもやはり敷居は棒高跳びの棒が必要なくらいに高い。

 おかげで、眠れぬ昼寝時間を過ごした我々である。

 そんな涙ぐましい(?)庶民を、鮨 みつ川さんは快く迎え入れてくださった。

 各辺に4人ずつ、合計8人座れるL時型の、相当立派な(総檜作り?)カウンターの向こうが板場だ。

 これまで入ったことがある寿司屋さんの場合、どの店でもカウンターと板さんとの間にネタを入れる冷蔵ケースがあった。

 ところがここには、まったくそのようなものが見当たらない。
 ネタは板場の傍らにある木箱に封印されているらしい。

 しかも当然のように、値段が書かれていない。
 いや、値段だけじゃなく、お品書きのいっさいが壁にない。

 こ………これがホンマモノの鮨屋さんなのか!!

 飲み物に関してはメニューがあったので、まずは景気づけにヱビスの生をば。

 ここはしっぽりと最初から日本酒から入るのが粋なのかもしれない。
 しかし初めて潜るポイントでもエントリー早々小便をしてしまえばけっこう落ち着くように、まずビールを飲んでしまえば腰が据わるというもの。

 我々よりも先に、常連さんらしき男女2人連れがカウンターの向こうに、そして柱を挟んだ隣りには一見さんらしき男同士2人連れの姿があった。

 そんな先客の対応をしつつ、大将が

 「さ、何にしましょう?」

 と、静かながらも威勢よく訊ねてきた。

 いや、あのぉ、どうしたらいいのか訊きたいのは我々なんですけど……

 …とオタオタしかけたものの、まずはつまみから、そしてしかるのちに握っていただくという、大将お任せコースに決定。

 そしてまず最初に出てきたのが……

 白子!!

 これはお通しだったんでしょうか。
 ポン酢風味なんだけど冷たくなくて、なんだか鍋をいただいているような温かさ。

 昨年築地で食べた白子のアヒージョも美味かったけど、やっぱ白子は和風もいいっすなぁ!!

 最初からこうだと、いやがうえにも高まる期待感。

 そうこうするうちに空いていた2席も埋まり、店内はすでに満席状態に。

 それぞれの客に対応しつつ、眼光鋭いながらもさりげなく客の箸の進み具合いを確認し、頃合いを見計らって次の品が出てくる。

 お次はこれ。

 ヌタ!!

 ヤリイカのゲソと、「ひろっこ」と呼ばれている細身の葱の根っこのようなお野菜、そしてサヤエンドウのようなお豆さん。

 ゲソというと場末の居酒屋で出てくる「ゲソ揚げ」をすぐに思い浮かべてしまうけれど、「ヤリイカ」はそもそも現地でも高級な部類に入るイカなので、そのゲソとなればゲソにしてゲソに非ず的お味。

 でまたこれらがヌタになったら日本酒に合うんだわ。

 前夜の猩猩さんのようにいろんな種類というわけにはいかないものの、ちゃんと地元石川県の銘酒が用意されていたので、それぞれの好みを1合ずつ。

 だんだん緊張もほぐれてきたところで、お次に控えていたのはお造り。

 鯛、しめ鯖、そしてタコ。

 え゛ッ!?

 ここまで来てタコですかッ!?

 と一瞬たじろいだものの。

 これがあなた、タコにしてタコに非ず。
 いやもちろん、島ダコと内地のタコの味が違うのは知っているけれど、このマダコのお刺身、そんじょそこらのタコ刺とは一味どころか百味くらい違っていたのだ。

 後刻座が解れた頃にこの感動のタコについて大将に伺ってみたところ、このタコは加賀棒茶で煮てあるのだとか。

 これでもかというくらいの大量のタコ刺をドドンと一皿に盛って饗する島の食べた方もあれば、ヒト手間もフタ手間もかけられた高級感倍増のものを少しだけいただく、という食べ方もあるのだ。

 埼玉の実家で、パパがゲットしてくるタコに食傷気味になっているという姪っ子たちに教えてあげたい……。

 つまみシリーズの最後は、焼き魚。
 出てきたのは……

 鰤の西京漬け。
 
 食べたことがないもの系を密かに求めていた身には、西京漬けはけっこう馴染みがあるお味ではある。

 でもやはりヒト手間もフタ手間もかかっているであろう料理は、見た目からしてすでに格調高い。

 でまたこれが、当然ながら酒に合う。

 そしていよいよ、待ちに待った握りの登場だ!!

 まずは鮃。

 鮃の味を分析する能力も経験値もないけれど、ネタの素晴らしさの前に、いただいてみてビックリしたことが。

 シャリが、なんだかシフォンケーキのようなのだ。

 握りとしてしっかり形作られているにもかかわらず、口に入れると、まるでシフォンケーキを食べたときのように、

 シフォフォフォフォ〜〜〜ン!

 と縮小化されていく。

 それはあたかも米と米の間に適度な空気の層があるかのようで、シャリをいただいてこんな食感を味わったのは生まれて初めての体験だ。

 これが「鮨屋」の発現なのか。
 早川光は、いつもこういうものを食べているのか……。

 さらに、鮨もしくは寿司といえば、小皿に注がれた醤油につけていただくものと思っていたら、ここではキチンと味付けされたモノが出されるらしく、醤油皿も醤油もない。

 そしてそれがまた美味しい。

 あまりの美味さと食感にカルチャーショックを覚えつつ、旨い美味いと食べ終えると、大将はすぐさま例の「さりげなくもスルドイ目線」で察知し、タイミングよく次なる一品が登場する。

 ボタンエビ♪

 この魅惑的なプリプリ感ときたら!!

 今朝おみちょで初体験した鬼エビも相当美味しかったけど、鬼エビがちょっとやんちゃな小僧的気配も漂わせた旨さであるのに対し、ボタンエビはあくまでも艶やかな気品あふれる甘さ、美味しさ。

 こりゃもう、たまらん!!

 ところで。

 こうしていちいち出てくるものを撮っているワタクシ、もちろんここのお店に限らず、どこであれ「モノ」を撮るときは、必ずお店の方に断って許可を得てから撮影している。

 このみつ川さんでもモノを撮る分にはご快諾いただけたものの、こういうシチュエーションのお店で一人パシャパシャ撮っているのはいかがなものだろう……という遠慮があったのもまた事実。

 ところが、両隣のお客さんたちの誰も彼もが、出てくる品々をいちいち撮影しておられるのだ。
 たまたまモノが出てくるタイミングが同じになると、4、5人が一斉に目の前の一貫にカメラを向ける、ということになる。

 いやあ、現代ニッポンですなぁ!!

 自分もその一員のくせに、妙に笑えるシーンだった。

 というわけで、お次の品にも安心してカメラを向けるワタシ。

 ヤリイカ。

 居酒屋空海から始まった金沢の夢の日々に、必ず登場しているこのヤリイカ。
 近江町市場で見たかぎりでは侮れない価格の高級イカである。

 鮮度の高いイカはなんであれ美味しいものだけど、それがこの地この季節のヤリイカとなれば旬の味。

 フツーに刺身でいただくだけでも美味しいそんなヤリイカを、どういう包丁捌きなんだか(目の前で繰り広げられているのにわからない)、切れ込みを縦横に入れて、その合間に刻んだ大葉を挟み込んだネタである。

 これまた実に美味い……。

 感慨に浸っている時間も考慮してくれているのか、口内の余韻が消えそうになるのを見越したかのごとく、計ったようにまた次の一品が。

 鰤。

 実にやる気モードに満ちた味。
 気のせいか、こういうネタの時のシャリのシフォフォフォ〜ン度は、さらにアップしているような……。

 ところで、鰤ってお刺身煮物焼き魚って形でいただいたことは過去に数あれど、こうして寿司ネタになって登場すると、なんだかたたずまいがまったく違うのですね。
 部位が違うんだろうか???

 やる気モード系第2弾も続いて登場。

 さわらの炙り♪

 加賀の地でいう「さわら」が、実はカジキのことである、というのはすでにご存じのとおり。
 だからこれも、おそらくカジキのことだと思われる。
 って、思われるも何も、このやる気モード全開になる炙りは、カジキの腹身でしょう、やっぱ。

 ここまで、出していただくものを何も考えずに旨い美味いと食べていたのだけれど、次に出てきたものを見てふと我に返った。

 バイ貝。
 オタマサが旅行前から呪文のように唱えていた貝である。

 貝好きのオタマサに言わせると、筋が入れられていてとても食べやすくされている一方、貝の貝たる所以の貝くささがなく、貝好きとしては少し物足りないらしい。

 つまりネタがそれほどに上品なのだ。

 やる気モードが2品続き、ここでアッサリした貝の登場で、油が注がれかけた火に冷静さを取り戻させる。

 これってやはり、大将の計算された順番なのであろう。
 おかげで冷静さを取り戻した僕は、次なるやる気系を新たな気持ちで冷静にいただけた。

 トロ♪

 普段であれば余裕でメインイベント級の存在のトロも、海の幸天国では中堅どころのスターでしかないらしい。

 中堅どころとはいってもトロはトロ、食欲エンジンはさらに回転数を上げていく。

 が。

 ここに一人、やや回転数を下げている気配がある人がいた。
 オタマサだ。

 なにやらバイ貝のあたりから、無口になっていたのだ。
 緊張の糸はすでにプッツリどころかバッサリ断ち切られて解放されていたはずなのに、なにをいまさら??

 その理由は後刻判明した。

 大将におまかせでお願いしているこのコース、流れ的にバイ貝が中盤くらいだろうと気づいたオタマサは、この先最後まで完食できるかどうかという不安がよぎり始めていたのだという。

 流れを計算して饗されているのであろうこのコース、今さら減らしてとも言えず、ウームウーム……と一人悶絶していたらしい。

 一方、そんな不安とはまったく無縁な僕は、次なる芸術的一品をヨロコビとともに迎えた。

 鯵。

 寿司屋さんでいただく鯵といえば、薬味がのっかっているのがフツーと信じていた。
 ところが今目の前にある鯵には、葱も生姜も微塵もない。

 これもやはり、大将独自の味付けがなされているからこそ。
 いただいてみると、案の定青魚独特の臭みなどどこにもなく、青魚ならではの美味さだけがひきたつ極上の握り。

 当然のようにもう1合おかわり。

 そしてその酒に合わせるかのように………

 かわはぎ登場。

 しかも肝が載っている!!

 これがあなた、超絶的美味さ。

 やや沈黙のヒトになっていたオタマサも、その美味さに目を見開き、感動のマナザシで肝を見つめている。

 中盤のやる気モード全開系から、オトナの時間帯ともいうべきじっくり系に移っているようだ。

 じっくり系の次なる一品は……

 煮蛤。

 どうやら正真正銘の「国産」らしい。
 味でその真偽を見分けるほどの舌は持ち合わせてはいないけれど、とにかくそのデカさはよくわかる。

 この頃には、先客だった右隣の2人連れと、奥に座っていた常連さんらしき男女は帰っていた。
 カウンターには、我々と、ほぼ同時刻に来店された2人連れの常連さんのみ。

 大将とは懇意らしく、一見寡黙で言葉少なに見える大将ともフツーに談笑されていた。
 他の客は我々のみなので、いつしか自然に会話が繋がり始めた。こういう場合、L字型のカウンターは便利だ。

 こうなるとまた当然のように、「どこから来たの?」という話になるので、沖縄の話になっていく。
 おりに触れ何度も書いているように、旅先での「沖縄から」ということほど、不思議なプラスアルファを生み出すセリフはほかにない。

 お2人連れのうちのお1人は、全国の鮨屋巡りがライフワークの一つだそうで、そういう方が何度も通うここみつ川さんを選んだ我々は、当たりも当たり、大当たりということになる。

 そんな鮨屋巡りのプロが沖縄の寿司屋事情をお尋ねになったので、まぁ謙遜と事実こもごもに、沖縄で美味しいお寿司屋を探すのは難しいんですよねぇ…なんてお応えすると、

 「『かわじ』という店が美味しかったですよ」

 と大将が教えてくれた。
 やはり沖縄に遊びにいらっしゃったことがあるらしい。

 大将おすすめの「かわじ」といえば!!

 その昔治療院ナチュラルのなちゅらる院長が、毎年恒例那覇美味いものツアーで一度連れて行ってくれたことがあるお店ではないか。

 たしかにかわじは美味かった。
 今のように猫も杓子も炙り炙りといい始める前に、沖縄でいち早くトロの炙りをウリにしていたお店でもある。

 さすが院長、鮨屋激戦区の金沢でも有数の名店の大将が勧める店を、すでにしてあの頃から知っていたとは。

 そのほかいろいろお話ししているうちに、いささか居酒屋状態になってますます居心地がよくなってきた頃。

 ついに出ました!!

 のどぐろ炙り〜〜〜!!

 やや大げさに言えば、これを食べたくて金沢まで来たようなもの。
 昨日今日と、いただく機会はすでに2度あったけれど、さすが遥かな高みに位置する鮨屋みつ川、最後の最後で最大級にお美味しいのどぐろ炙りに出会うことができた。

 いやはやホントに……………旨い。

 思い出すだけでヨダレで溺死級の美味さである。
 金沢に来て良かった……としみじみ心の底から思ったワタシ。

 沖縄では意地でも獲れないのどぐろことアカムツ。
 しかしこの味を唯一想起できる魚がいる。

 そう、インガンダルマ。

 インガンダルマの炙りをいただいたときの感動にかなり近いものがあるのだ。

 インガンダルマも、そういえば本名はアブラソコムツだったっけか。
 アカムツ=のどぐろの親戚なんだろうか。

 そしてついに、大将おまかせコースのオオトリが。

 ズワイガニの身と味噌の海苔巻。

 ここに至ってオタマサも、食べきれそうな安心感からいつもの調子が戻っている様子。

 エビカニ味噌好きのオタマサにとって、願ってもないオーラスだったことだろう。

 ところで、最近の海苔って、コンビニのおにぎりほどとはいわずとも、その昔実家で母が作っていた太巻きなどに使っていた海苔に比べると、軍艦巻にしても何にしても、随分薄くなっている気がする。

 ところがここでいただいた海苔巻は、昔懐かしい質感たっぷりの海苔。
 風味の深さはもちろんのこと、海苔が海苔としてしっかりしているのがステキだった。

 さあて、すべて食べ終わってしまったぞ……。

 一抹の寂しさに囚われようとしていたその時、大将が「何かお出ししましょうか」と誘い水を。

 すでにこの時には我々が沖縄から来た田舎者であることを知っていただいていたので、そういう事情に鑑みて、ここならではの何かをひとつ…

 というわけで。

 僕だけシメのシメ、最後の最後はのどぐろ炙りの海苔巻♪

 金沢旅行はのどぐろ炙りを巡る旅だったといっていい僕にとって、これ以上ないシメである。

 一口一口、記憶のヒダにこすり付けるくらいの思いで、しっかりじっくり味わった………

 ………はずなんだけど、すでにこの時点で2合半ほど飲んでいたのと、大将を交えて常連のオジサマたちとの話が面白くて、のどぐろの味よりも「楽しかった」という記憶の方が上回ってしまっていたりする。

 なんだかなぁ……。

 ちなみに大将は長州出身の方で、ネット上に出ている話によれば、かの有名な銀座の久兵衛で修業を積まれたという。

 ということはつまり、今宵の我々は、銀座の寿司職人の手による、獲れ獲れピチピチの金沢の海幸尽くしのお寿司をいただいたということになるのか。

 かえすがえすも、なんともゼータクなひととき。

 そのゼータクさ、10年に1度級。
 けっして廻るお寿司屋さんでは味わえまい。

 しかしそんな素晴らしい時間にも終わりがある。
 かつてカックラキン大放送のエンディングでも歌われていたように、楽しかったひとときは、今はもう過ぎていく。

 過ぎ去ってしまう前に、最後にひとつ記念写真を。

 板場から、店のおねーさんに撮っていただいた。

 こういう格調高い店で、こんな居酒屋のノリをしてよろしかったんでしょうか……。

 でも、最初はお2人のご常連さんとうちの奥さんを一緒に撮ろうと思ったのに、どうせだったらこちら側から皆さんを一緒に、と言ってくださったのは大将なのである。

 おかげさまで、僕も確かにこの場にいたという証拠ができました。

 さてさて、入店前からド緊張だった遥かな高みのお鮨屋さん、いつしか居心地はよくなって、最後は居酒屋のノリでシメ。

 なんとも楽しい、金沢クライマックス。

 美味しかったですみつ川、来てよかったです金沢!

 店を出て、最後にもう一度ひがし茶屋街を歩いてみた。

 夕方にはたくさん停まっていた車も、今はもうない。

 静けさに包まれた通りが、心地よく酔った目に、清く優しく映えていた。