3・7時間半の車窓から
翌朝、すなわち2月1日の朝。 さすがにその前の日を反省して自重することができたのか、はたまた体が順応したのか、前日に比べれば爽快な目覚め。 なにしろこの日は、いよいよ人生初の金沢へ向け出発する日。オタマサ渾身の「意地でも埼玉から金沢へ」ルートの日なので、朝からタイトなスケジュールなのである。 金沢到着のおおよその希望時刻から逆算した結果、元加治の実家は朝7時過ぎには出なければならない。 せっかくの日曜だというのに我々のせいで早起きを余儀なくされた姪っ子姉妹たちも含めた義弟ファミリーに見送られつつ、ゴッドファーザー号で東飯能駅まで送ってもらう。 駅で父ちゃんとお別れし、いよいよ高崎線へ。 以前ウロコムシ氏のお誘いで八王子方面に出向いた際にも一度乗ったことがある八高線、高崎方面に行くのは僕は初めて。 首都圏のJRだというのに驚くほど本数が少ない八高線だから、1本逃すと後あとの予定が大幅に狂うことになる。 幸い乗り遅れることも電車の遅れもなく(乗車した途端に次の駅で乗り換えなければならないのには笑ったけど)、のどかにのんびりと人生初の高崎駅到着。 ここで長野新幹線に乗り換えなければならないのだけど、ここのタイムスケジュールが最もタイトだった。 そのため人生初の高崎駅♪などと浮かれているヒマもなく、高崎駅着後ただちに新幹線の切符売り場まで行き、自動券売機で切符を購入しようとするオタマサ。 すると、その様子があまりにも右も左もわからぬイナカ―に見えたのだろうか。券売所ヘルパーの女性が、まるで銀行のキャッシュディスペンサー説明係のように近寄ってきてフォローをしようとしてくれた。 が。 そこでオタマサが彼女に出したお題は… この駅から長野まで新幹線で、長野から直江津経由で、直江津から金沢まで特急で…… 「すみません、私の手には負いかねますので、こちらで訊いてみましょう」 おお、ヘルパーレディの守備範囲を超えた移動距離!! なんだか勝ったような気分になるのはなぜ?? それはともかく、このおねーさんのプライドを捨てた素早い対応には助かった。 おねーさんにともなわれ、基本ヒマそうなオジサンが中にいる窓口に。
この窓口のオッチャンがまた、傍から見ていると実にのんびりノホホンと作業しているように見えるのに、モニター上で路線図をチェックしながら操作するその手さばきたるや、オタマサによるとまさにプロフェッショナルだったとか。 そんな必殺券売人オジサンのおかげで、発車まであと2分ほどしかなかったにもかかわらず、一人当たり3枚の切符を手際よく発券してもらった時には、まだ残り1分の余裕があった。 いずれにしても急がねばならない。 急いで長野方面行のホームに駆け上がり、停車中の車両に向かうと、 回送 の電光表示文字が。 へ? あれ? 反対側には明らかに長野行ではない新幹線が停まっている。 ホーム間違えた? 再び階段を駆け下り、どう考えても今のホームであることを確認したものの、9時7分発の長野行新幹線あさま561号など影も形もない。 ひょっとしてタッチの差で乗り遅れてしまったのだろうか?? 途方に暮れつつ再びホームに上がると、イケメン駅員さんがいたのですがるような思いで訊いてみた。 「あ、次の長野行は9時30分発ですね。え?ああ、9時7分発は日曜日に臨時として運行することが多いんですけど、今日は運行していません」 えっ!? 「あ、それは間違ってますねぇ……大変失礼いたしました」 え”ッ!! そんなことってあるんですか……。 日曜日の9時7分発臨時便というのはしょっちゅうあるらしいのだけど、よりによって今日この日に限り、臨時便が無い日だったようだ。 さすがオレ。 とにかくそんなわけで、タイトなスケジュールでドキドキしていたこの高崎駅での新幹線への乗り換えは、実はかなり時間に余裕のある落ち着いたものだったことが判明したのであった。 9時7分が9時半になったとしても、オタマサによると次の長野駅での乗り換えで帳尻が合いそうだということだったので、あわや乗り遅れたかという衝撃からホッと落ち着いた我々。 落ち着いたところで……
人生初の高崎駅♪
残念ながら駅から出る時間はないので、これが群馬だ、高崎だ、というようなものに接する機会はない。 あった、ありました。
おお、こんにゃくパーク!! そうか、群馬といえば蒟蒻だったのか。 関東出身のオタマサには幼少の頃から当たり前のことながら、群馬県と栃木県はどっちが東側なのかわからなくなることもしばしばの関西出身の僕が、これまでの人生で群馬の名産など知るはずもない。 蒟蒻は群馬であるということがわかった今、ふと気になったので「蒟蒻畑」で有名なマンナンライフを調べてみると、なんとなんと群馬の会社ではないか!! 今初めて知る地理学的トリビア。 そうこうするうちに、そのまま宇宙まで飛んでいきそうなフォルムとデザインの長野新幹線あさま509号がついに到着。 さあて、長野新幹線で次に目指すは、これまた人生初の長野駅。
高崎駅から長野駅までの行程は、せっかくの人生初だというのにトンネルばかり。 長野新幹線ってのは、沿線住民の利便性のためというよりも、その工事で生まれる利権に集う方々のためだったのではなかろうか………。 あ、そんなこと言ったら最近の新幹線は全部同じか。 そんなトンネルだらけの長野新幹線の道中で、個人的にエポックメイキングな初物もあった。 この先一生我々には縁がないであろうと弱冠二十歳の頃から固く信じていた土地に、この日この時の我々はいたのだ!! 軽井沢!! 車内からホームを眺めるのみとはいえ、まさか我が人生の中でこの駅に立ち寄る日が来ようとはなぁ……。 そんな感慨を抱いているうちに、新幹線は長野駅に到着。 長野駅では非常に重要なテーマがあった。 特急といえども車内販売が無くなってしまった昨今の無風情JRだから、長距離を移動する場合の必携アイテムであるお酒&肴は、あらかじめ用意しておかなければ大変なことになる。 わりとタイトな乗り換えスケジュールの今回は、どこでそれらを購入するのがベストか、という問題があった。 直江津駅でお酒とお弁当を買って、金沢までの北陸本線を行く特急の車内でいただく、というのが最も理想的ではある。 そこで手に入れられなければ、2時間もの間空腹に悶絶しながら過ごす哀しみ本線日本海になってしまう。 そのリスクを考えれば、大きな駅であることは間違いない長野駅で購入しておくことに越したことはない。 その広告の作戦に単純にハマった僕は、さっそく長野駅にてゲット。
信州みゆきポークの「ソースかつ弁当」♪ ソースがウスター系のサラサラソースだったことにいささか驚いたものの、これがまた市販のとんかつソースとは一味違い、とんかつを一層引き立ててくれた。 お米が美味しいとすべてが美味しくなりますです、はい。 一方、うちの奥さんは……
信州寺町弁当。 パッと見た感じはごはんものがやたらと多い気もするけれど、それぞれの具や添えられているおかずのひとつひとつがすべてオタマサのツボだったらしく、ビールのアテには申し分なさそうではあった。 このお弁当を、長野駅から直江津駅へと続く信越本線の車内でいただくこととしよう。 そこでひとつだけモンダイが。 信越本線は「普通電車」オンリーなのだけど、その車両ってお弁当を食べたりビールを飲んだりすることができるような、4人掛けのいわゆる対面座席装備の車両なのだろうか?? ホントにホントの普通車両だったらどうしよう………。 長野駅の信越本線ホームでやや不安を覚えつつ電車の到着を待っていると、ようやく我々が乗るべき電車がやってきた。
うわ、どこ走って来たんですか的な雪が……。 ここに至るまでも雪景色はそれなりに観られたとはいえ、電車のフロントがこんなになるほどの雪ではなかったのに。 いったいこの路線、どんなところを走るのだろうか。 その答えは、ひとつトンネルを抜けただけでたちまち判明した。 こんな世界だった。
集落が雪に埋もれてるんですけど!! すべてが雪に埋もれているように見えて、実は生活に必要な部分はちゃんと除雪されてあるところが凄い。 というか、町ごとに孤立しているようにしか見えないこの状態で、社会生活がフツーに営まれているということがすでにして尋常ではない。 驚くべきことに、普通電車が各駅に停車するごとに、そこに住まう高校生や勤め人たちが、一人、また一人、まったく何事もなさげに雪降り積もる白銀の世界へと降りていく。 彼らにとってこの程度の雪など、日常も日常、冬になると北風が冷たいです強いですと普段我々が島で言っている程度の、至極当たり前のことであるらしい。 信越本線の「普通電車」は、現地にとっての「普通」をまざまざと見せつけてくれる電車だった。 しかしどう見てもフツーではないものもある。 こんな雪深いところでいったい何をしているんだろう……と思ったら。 なんと彼らは、撮り鉄だったのである!! そりゃたしかに、雪景色を行くローカル線はさぞかし絵になることだろう。 死んじゃうぞ、あんたたち。 いやはや、そこまでして撮りたいか………。 彼ら撮り鉄にとってどうかはともかく、素人目には町ごとに孤立しているように見えるこの沿線の町々に住まう人々にとって、力強く着実に運行しているこの信越本線普通電車というのは、大動脈も大動脈、ライフライン中のライフラインであるに違いない。 これがやがて北陸新幹線が開通すると、どうなってしまうのだろうか。 と旅行中考えていたら、帰宅後判明した。 かつての長野新幹線開通時の信越本線横山〜軽井沢のように廃線になるわけではなく、軽井沢〜篠ノ井のように第3セクターが運営する鉄道会社になるという。 この冬はJRとして走る最後の冬だったのだ。 路線がちゃんと残るのは幸いなことながら、やがては経営状態に鑑みた合理化が進み、本数の減少など、現在よりも不便になるであろうことは想像に難くない。 「東京から」の時間的距離がどれほど短くなろうとも、それで日本国中がすべて便利になるわけではけっしてないのである。 さて、そんな信越本線の普通電車の中に我々はいる。 懸念された座席ははたして…… ちゃんと4人掛けの対面シートが並んでいたのだった。 たまに吹雪いたりすることはあっても日差しもちょくちょく出てくるので、真っ白に輝く車窓には、絵に描いたような雪景色が広がる。 普通電車で雪見酒ってのも、なかなかオツなもんでございます。 長野駅出発から約2時間弱、雪景色を堪能しまくった果てに、電車はついに終点直江津駅に到着。
これまた二人とも、人生初の新潟。 うーむ……酒のアテはこれでもよかったか。 さてさて、いよいよ最後の乗り換えだ。
これまた、そのまま火星くらいまでなら行けそうなフォルムである。 このはくたか号なら、直江津から金沢まで2時間弱の道程だ。 なんといっても北陸本線は、線路のすぐそばに…… 日本海!! という景色が、新潟から富山にかけて延々と続くのである。 冬の日本海を見てみたい!! という望みを抱いてかつて訪れた天橋立も伊根の舟屋も木津温泉も、想像していた日本海に比べればあくまでも母なる海的に穏やかだったため、期待どおりの景色はまだ観ていないオタマサである。 この北陸本線からの眺めははたして…… Oh!日本海!! 写真じゃスケールダウンしてしまっているけれど、実際にはうねりはでっかく波濤は白く、窓一面に広がる景色の中で、期待どおりの荒波が猛りまくっていた。 雪見酒のあとは波見酒。 直江津でのわずかな乗り換え時間の間に、ちゃっかり地酒の生原酒「ふなぐち菊水一番しぼり」ワンカップをゲットしてきたオタマサであった。 そうやってオタマサがヒマさえあれば飲んでいる一方で、僕はひとつ面白いことを発見していた。 直江津とすぐ隣の谷浜駅の間に、JR東日本とJR西日本の国境(?)があるのである。 つまり直江津から出発してほどなく、我々はJR西日本のやっかいになっているわけだ。 なんだか路線図上のフォッサマグナみたい。 おおそうだ、フォッサマグナといえば!! もうすぐ通りかかる糸魚川こそがフォッサマグナの代名詞的存在じゃなかったっけ?? あれ?糸魚川って翡翠だけだったっけ? あれ?あれ? ……と、以前は当たり前の知識だったものが、経年変化で劣化するとふとしたはずみにアヤフヤになるので困る。 はて、糸魚川といえばフォッサマグナだったかなぁ…… …と、スマホなど持たぬ僕は霞んで消えそうになる記憶の糸を必死に手繰り寄せようとしていたところ、件の糸魚川駅停車時の車窓の景色が、すぐさまそのモンダイを解決してくれた。
さすがご当地、フォッサマグナミュージアムですか! 高崎のこんにゃくパークといい、このフォッサマグナミュージアムといい、近頃はご当地の何かが必ずパークだかミュージアムだかになっている世の中になのだろうか………。 そんな感慨ともいえぬ感心に浸っているうちに、電車はやがて富山駅に停車(これまた人生初の富山)。 直江津から乗った人は全員金沢まで行くのかと思いきや、そんな遠くまでわざわざ電車で行く人の方が稀らしく、富山駅で降りる人がけっこうな数いらっしゃった。 そして2時間弱の旅を終えたはくたか号は、静かに金沢駅に到着。 我々はついに…… 金沢にやって来た! |