鉄輪という字を見て、テツリンと読んでいた人はいないだろうか。カンナワと読める人は、九州在住の方か、旅行好き、温泉好きな方くらいであろう。
僕も、別府は知っていたけど鉄輪なんてまったく読めなかった。
ではなぜその存在を知ったかというと、写真である。
とにかく「湯けむり」を求めていた僕にとって、ここ鉄輪の町並みを写した写真は
「まさにコレッ!!」
と声を出してしまうほどに素晴らしいものだったのだ。町のいたるところから湯けむりが舞い上がっているのである。
ここに行きたい!
と、即座に決定してしまった。
都会に行けば、モクモクと吹きあがるのは工場のスモッグだが、鉄輪の場合はすべて温泉の噴気である。マイナスイオンたっぷりなのである。
数ある温泉地のなかでも、こんなに湯けむり噴出状態のところがほかにあるだろうか。
この、町中湯けむり状態の中を、テクテク散歩してみたい。
温泉よりも宿の飯よりもなによりも、この湯けむりを見ることこそが最大のテーマになった。
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沖縄から九州へ行く場合、飛行機嫌いの僕はまず船で、と考える。
だから、当初の計画のような九州温泉縦断ツアーであれば、船で鹿児島へ上陸してから、ということになる。それだったら、本部港から船が出ているのでかなり楽になる。
ところが前述のとおり、今回、九州は別府オンリーということになってしまった。
別府に行くためにわざわざ鹿児島へ上陸する人は少なかろう。
車を使うわけではないから、九州までは楽であっても、その後大変なことになる。そこまでして船にこだわっているわけにはいかない。
そんなわけで、結局福岡まで飛行機で行き、そこから別府まで、ということになった。
ちなみに、大分にだって空港はある。
もちろん、別府に行くには福岡空港から行くよりもよっぽど近い。
が、沖縄〜福岡と沖縄〜大分では、値段も格段に違えば、便数も大幅に違うのである。圧倒的に福岡空港を使ったほうが便利なのだ。
これは何も福岡とその周辺空港だけの話ではないのはご承知のとおり。
どれだけ立派な空港が福島にあろうと、巨大な空港を静岡に造ろうと、結局みんな羽田を利用するのである。便数が多ければ便利だし、利用者が多いと必然的に値段も安くなる。一方、地方の空港はますます利用率が下がっていく。
こんなことは、いわゆる
「火を見るより明らかな事…」
なのだが、こういったことをとことん意に介さず、どんどん空港を造ろうとするのがこの国なのだ。衰退していくのは当然だ。
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この日(2月3日)に我々が那覇空港にいる、という事実をいち早くキャッチした方がいた。
掲示板でおなじみのウロコムシさんである。
彼は、乗るのも好きなら見るのも好き、という無類の飛行機好きである。飛行機嫌いの僕には考えられないくらいの回数、飛行機に乗っておられる。
そしてこの日は、なにやらレアものの飛行機が那覇空港を発着する、という情報をキャッチし、ただそのためだけに東京からお越しだったのだ。
ちょうど我々が空港内をうろついているであろう時間は、めぼしいエアプレーンが飛んでいないそうで、時間を合わせて空港内でお会いする事になった。
このあと車を運転するウロコムシさんには酷なことながら、我々は彼の目の前で生ビールをグビグビグビ。いやあ、島では味わえないこの美味さ!!飲茶セットの北京ダックは甚だしい「まがい物」だったけれど、ビールはうまかった。空きっ腹に飲んだから、きっと機内で心地よく寝る事が出来るだろう。
それにしても、こういうところでゲストと会って食事する、というのもなんだかヘンテコな気分だ。そのうえ、那覇空港で、首都圏在住のゲストに見送られてゲートをくぐっていく、というのもまたとんでもなく不思議な気分であった。
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福岡へはあっと言う間に着いた。
ビールのおかげである。
スチュワーデスが飲み物を持ってきた事にすら気付かないほど爆睡してしまった。席についた途端こうなってくれれば、さらに快適なのだが。これだったら飛行機もあまり苦にはならない。
さて、福岡から別府へ行くのもちょっとした旅行だ。
それも、水納島を出てその日のうちに鉄輪へ、という予定だから、あまりのんびりしていられない。
水納島発朝6時、などという定期船があれば楽なんだけど、朝8時半に島を出るわけだから、那覇着はどうしても昼頃になる。それから福岡に着くともう日は傾いているのだ。
真っ暗になってから見知らぬ土地にたどり着くのはいささか心もとない。前途に広がる楽しみよりも、その場の暗さが身に染みてしまう。ここはひとつ、なんとか夕方までには鉄輪にたどり着きたい。
そういった事情で高速バスを利用することにした。西鉄バスが、福岡から別府までの高速バスを出しているのである。しかも、数少ない停車駅のうちに、「鉄輪口」という理想的なバス停があった。目指す宿はこのバス停から歩いて3分ほどだという。本当は「ゆふいんの森」に乗ってのんびり行きたいところだったのだが、遅くに空港に着く我々にとっては、電車で別府まで行くよりも圧倒的に高速バスのほうが便利なのである。
ただしこの高速バス、博多駅バスターミナル、というバス停の存在は理解できるのだが、なぜか空港には国内線から見ると遥か彼方の国際線バスターミナルにしか停車駅がない。昔の記憶では国内線と国際線ってそんなに離れてなかった気がしていたのだけれど、今や地図で見ると相当離れているのである。
これだと博多駅まで出ないといかんかなぁ、と覚悟していた。福岡空港よ、もっと国内旅行者にも愛を与えよ!と憤慨もした。あ、この場合は西鉄バスに文句をいうべきなのか?
ところが、実際は無料のシャトルバスが国際線〜国内線を頻繁に行き来しているので、鼻息荒く文句を言うほどの問題では無かったのである。何度もこの空港を利用する方にとっては当たり前なのだろうが、田舎者の我々でもこのシャトルバスの存在を容易に知ることが出来るようにしてもらいたいなぁ。
結局のところ、ほぼバッチリのタイミングのバスがあった。
タイミングはバッチリだったが、さして大きくもなく、乗り心地も良くない高速バスは、ただ「高速バス」であるためだけのバスであった。乗客はまばらで、旅行者らしき人が3組ほど、地元の方らしき人が二人ほど。こんなバスでもピーク時には混雑するのだろうか。
高速バスは、その名のとおり高速道路に乗り、うなりを上げて一路別府を目指していく。
真冬ではあったが、春のような陽気に包まれた九州の山々は、傾いてきた日を浴びて一段と朗らかに輝き、気持ちよさそうにたたずんでいた。
そんな山々の斜面の至るところに、まるで山海塾の舞台のような枝振りの木々が連なっていた。
身もなく葉もなく、木々の正体を知る手がかりがまるで無かったが、しばらく行くと、
「○○柿園」
という看板が見えた。柿の木だったのだ。
そうやって景色を見ていたのは序盤だけで、またしても僕は心地よい眠りに着いてしまった。ビールのせいなのか、ツェツェバエにやられてしまったのか……。
そうして心地よく眠っていると、いつになく元気なまま外を眺めつづけていたうちの奥さんに小突かれた。
「ほら、ほら、湯けむり!」
おおっ!!眼下に広がる町のあちこちから、湯気がモクモクと噴出しているではないか!
まさに、いたるところから!
これだ、この風景だ!
雪を頂いた鶴見岳からそのまま海へと連なる斜面に、湯けむりの町鉄輪が静かに息づいている。
バスは鉄輪口に近づいていく。
すでに僕たちは、旅の目的を果たしたかのような充実感に満たされていた。