地獄列伝3
海地獄の地獄焼プリン
山の次は海。なんだかおとぎの世界のようだがしょうがない。
本来のモデルコースであれば地獄めぐりの出発点となる海地獄である。
さすがに駐車場も広大であった。冒頭紹介した別府地獄組合の事務所もここにある。
さて、この海地獄での我々の最大の目的は、地獄焼プリン。海地獄の熱湯をオーブンの鉄板に流し込み、そのまま蒸し焼にしたものである。
つまりは単なるプリンなのだが、少なくともプッチンプリンとは一味くらいは違うであろう。
この地獄焼プリン、玄関前のレストランで食べられるようだった。でもわざわざ中に入って食うのもなぁ、と思っていたら、店先の売店でも買うことが出きるようだ。地獄を一巡りしてから食うことにしよう。
さて、海地獄。
山のふもとにありながら、なにゆえ海地獄なのか。
それはほかでもない、地獄の池が真っ青だからである。まさにマリンブルーなのである。
知ったかぶってみると、これは泉質の硫酸鉄のためなのだ。
そういえば、以前友人からもらった別府土産は、ここ海地獄名産のマグマオンセンだった。ようするにバスクリンみたいなもので、湯船に投入するとブルーハワイのような風呂になるというシロモノだ。
まさにこの地獄はそのマグマオンセン色だった。いや、それよりもさらに深みのあるブルーである。
説明書きによると、この青い色、どういうわけかときおり色を変えるらしい。まさに自然の神秘、というところか。
せっかく自然はそうやって妙なる大地の厳かな活動をまざまざと見せつけてくれているというのに、この海地獄、スピーカーでの案内がいただけない。まるっきり熱海化しているではないか。
そんな説明は傍らのボードにでも書いておいてくれれば興味のある人は勝手に読むのに。頼みもしないのに、海地獄についての説明が延々繰り返しスピーカーから流れてくるのだ。一言でいうとウルサイ。
さわやかなマリンブルーの池には
「危険 立ち入り禁止」
という札が立ててあった。
あまりに涼しげに見えるから、つい飛びこんでしまう人でもいるのだろうか。死ぬぞ、きっと。どんなに爽快なブルーであっても、泉温は 98度もあるのだもの。
この海地獄の温泉熱利用法は、植物園だった。夏の間なら広い通常の池にオオオニバスが繁茂しているらしいが、冬なので温室内に。
オオオニバスとは、知るひとぞ知る蓮の仲間で、子供だったらその上に立てるほどの大きく浮力のある葉っぱを何枚も水面に浮かべる。温室内にコンクリート製の大きなプールがあって、そこにオオオニバスがたくさんの葉を四方八方に広げていた。
その他、ランの花などが濃厚な匂いを放っていた。
海洋博記念公園の熱帯ドリームセンター縮小版である。
僕らに続いて家族連れが入ってきた。
入るなり、お母さんは、くさい、くさいと言ってすぐさま外に出ていった。
花の匂いですよ、あなた。
今の世の中、こういう人が増えているのだ。
コンクリートで固められた川を見て、きれいになったわねぇ、という人たちと同類かもしれない。
温室内のプールにイトトンボが飛び交っていた。
ひょっとしてヤゴもいるんじゃないか、と言うと、すぐさまうちの奥さんが見つけた。プール内で勝手に繁殖しているようだ。
その証拠に、今羽化したばかりのイトトンボが浮き草に止まっていた。
さて、待望の地獄焼プリン。
いわゆるカスタードプリンで、ちょっとした焦げ目がまた美味い。甘すぎず、舌触りも滑らかで、こんなに美味いなら一人1個食いたいところだ。だがそれは許されない。別に1個300円をケチるわけではないが、昼に食いすぎると夕飯に差し障るからである。あの豪華な料理は目一杯空腹で臨みたい。
ああ、遥かなり血の池地獄
海地獄を出ると、もう昼時だった。
早く出発したから、まだまだお昼には時間があるくらいか、と思っていたのに、けっこう歩いていたのだ。たしかにすでに腰に来ている。なにしろ最初に貴船城まで行ってしまったのだから。
この疲労度、そして時間を考えると、もう地獄めぐりはここまででいいかなァ、と思った。
だいたい、あとの二ヶ所は普通の人なら車で周るところなのである。
ガイドブックの「歩いて楽しむ別府 地獄めぐり」という欄にも、他はすべて「徒歩○○分」と書いてあるのに、血の池地獄までは
「車で10分」
と書いてあるのだ。徒歩で楽しむ、というタイトルのくせに、そこだけ「車で」と小さな文字で書いてあるのである。
当然、僕はもういいや、と思った。
このあと、鉄輪の町並みを歩いてみたいし、竹瓦温泉にも行ってみたいし、団子汁も食いたい。
ここから血の池地獄までの道のりには、団子汁を食えるところなどどこにもない。それよりもなによりも、車で10分!!海地獄近くの標識を見ると、
「3キロ」
という文字がトドメを刺すように輝いていた。
ああ、それなのにそれなのに。
なぜか無性に地獄めぐり制覇にこだわるうちの奥さんは、このまま血の池地獄まで行こう!とやる気まんまんなのである。困った事になってしまった。
途中に貴船城があるのがまた虚しい。
まるで、モルディブへ行くのに成田から出発し、2時間たってようやく沖縄上空、というくらいの虚しさではないか。
しかも、そろそろ腰が限界ラインに達しようとしていた。
実は旅行前から不調で、歩くと痛くなる通常の痛さではなくて、なぜか片側だけ痛いので、歩くという単調作業が苦行にも似た作業になってしまう。
それでも、乗りかかった船だ。テクテク先を目指すしかない。
ああそれにしても。
地獄めぐりをした僕にとっては、このめぐっている最中の今このときこそが一番の地獄であった。
血の池地獄は遠かった。せめてもの救いは、ずっと下り坂であったことだ。
これを再び歩いて戻るなんて、考えただけでもゾッとする。ゾッとしたので、同じ道を戻らないことにした。
血の池地獄は、その名の通り赤い池だ。酸化鉄を含んだ熱泥が湯とともに涌き出るためで、池の底に熱く厚く堆積した泥が不気味な赤色を呈しているのである。よく見ると湯自体は透明だった。
この熱泥、放っておくと溜まりに溜まり、しまいには噴出口をふさぐ事になってしまって大爆発を引き起こすのだそうである。それを防ぐため、定期的に熱泥を取り払っているのだそうだ。
なんと、小船を池に浮かべて。
人一人乗れるくらいの小さな船に乗り、長い柄杓のようなもので泥を取り払うのである。
モノクロの絵にすれば水墨画のような風情だろうが、実際は煮えたぎる池での作業。命がけなのだ。
個人的には、溜まってしまったための大爆発を見てみたい気もするけれど、血の池地獄は、こういったたゆまざる努力の数々で今も平穏なのである。
ただ、残念な事に、この地獄は山のふもとにあって、午後になると日陰になる部分が増えてしまう。日に照らされてこそ赤い色が際立つのに、午後のこの時間になるとその鮮やかな赤い部分が狭くなってしまうのだ。これは午前中に見たほうがぜったいに美しかろう。
そんなわけで、池自体はパッとしなかったけど、歩きに歩いてきたのでベンチに腰掛けて休憩していた。
さすがに由緒正しき観光地だけあって、中心地からはずれたところなのにお客さんが多い。
てっきり日本人と思っていたら、話している言葉はすっかり中国語(台湾語?)だった。手にしているガイドブックも、別府という文字以外もすべて漢字であった。
そういえば、各地獄、ことごとく日本語、韓国語、中国語のプレートがついていた。外見だけだとなかなかわからないのでこれまで気付かなかったけど、さすがにベッタベタの観光地になると、アジア各国から訪れる人も多いのである。
だからこそ、西鉄の高速バスのバス停が国際線ターミナルにあったのか。なるほどなぁ。
日本の観光客はネコも杓子も海外に行ってしまい、逆に海外から日本の観光地へやってくる時代なのですな。
ビックリ仰天竜巻地獄
たしかに血の池地獄は赤かったが、はるばる歩いてきたわりには正直拍子抜けであった。
規模こそ小さいが、赤い池ならカマド地獄の何丁目かにもあったもの。
これで竜巻地獄も大したことなかったら暴れるしかない。
という思いは、このイベント系地獄さんが一瞬で吹き飛ばしてくれた。
竜巻地獄とはようするに間欠泉なのである。
一定の間隔で吹き出るというやつ。
アメリカのイエローストーン国立公園など有名どころが世界にも数ヶ所あるらしいが、ここの間欠泉はその間隔が短いところが最大の特徴という。
入ってみると、スタジアムのようになった客席の正面に、まるで「ローマの休日」の「真実の口」のような風情で間欠泉の噴射口があった。
待つ事しばし。
元気満万なら待っているのがもどかしかったかもしれないが、もう疲労困憊しているので、ベンチに座っているのが気持ちいい。季節ハズレで客も少なかったから、寝そべっても何しても自由自在だ。これがGWともなると満席状態すし詰め状態だというから恐ろしい。
しばらく待っていると、噴出口からプシュ、プシュプシュッという気配が。
そして、見る間に湯が天を突き刺すような勢いに!!
たちまちあたりは湯気だらけになってきた。
ガイドブックなどによると、この吹きあがる湯は数十mの高さまで吹き上がる、などと書いているから、こんな近いところで見ていて大丈夫なのかなぁ、とやや心配だった。
ところがさすがニッポン、吹きあがる場所にご丁寧にも天井があった。
たしかに吹き出る湯の勢いは天にまで届きそうだけど、天井の高さは5mもないくらい。なんだよそれは。
せっかく敷地を広くとれそうなのに、なにもわざわざショボく見せることもないのに…。
それでも、たしかに見ごたえ充分の竜巻さん。30分間隔で5分間の噴出というから、それほど待ち時間も苦にならない。8つのうちどれかというなら、そのうちの一つはこの間欠泉を入れていただきたい。
それにしてもこの間欠泉のメカニズムはどうなっているのだろうか。
傍らに大きなボードがあって、図を使ったくわしい説明が書いてあった。が、さっぱりわからなかった。とにかく自然は凄い、ということだ。
自然は凄い、ということなら、各地獄それぞれの売店で売られていたザボンの巨大さといったらもう……。あんな巨大な実がどうやって木に成っているのだろうか。
この売店、必ず各地獄の出入り口にある。
入場したらお土産屋、帰る時もお土産屋を通る、という仕組みになっているのだ。ものめずらしいからついつい物色していると、すかさず店員が試食を勧めてくれる。ザボンはさっぱりしていた。
でも我々は徒歩である。
どんなに素晴らしいお土産であろうと、とてもじゃないが荷物を増やすことなどできない。
ザボンなど買おうものなら、 10歩進んで力尽きてしまったことだろう。 |