14−2

わしらは怪しい敷地内探検隊

 さて、期待通りの豪華な昼食を終えた我々が次になにをするかというと、ほかでもない、散歩である。なにをさておいても、まずは縄張り内のチェックをしなければならない。<いつの間にあんたの縄張りに??
 ……ゴホン。
 まぁ、縄張りかどうかはともかく、敷地内の概要を知りたいじゃないか。

 他のロッジでもだいたいそうであるように、サファリに行く時間帯というのは決まっている。
 早朝と夕方だ。
 日中は暑すぎて動物たちは休憩しているだけってこともあってか、活発に活動しているひとときに行く、というふうになっているのである。
 だからこの日の我々も、午後ついにサファリデビューをすることになってはいたが、3時出発だから食後もゆっくりする時間がたっぷりあった。
 このあたりはいたってポレポレなのだ。
 10時の便で到着後すぐに一本潜りに行こうとするダイバーの方々も、少しはこういうペースを覚えたほうがいいかもしれない(?)。

 ひとくちに敷地内といっても、その面積はおそらく水納島より広い。
 普段の生活でも昼食後に散歩するのを日課にしている僕たちには、うってつけのほどよさだ。

 このムパタクラブの敷地内にあると聞いていたもののうち、うちの奥さんが最も気にしていたのが菜園である。
 食材の自給自足を目指しているのかどうなのか、少なくとも新鮮野菜を、ということだろう、敷地内に菜園があるということを聞いていた。
 まずはそこにいってみよう。
 テクテク歩くと、ほどなく菜園にたどり着いた。

 広い。
 マサエ農園の5倍くらいはあろうか。
 こういう場合、普通は東京ドーム何個分というふうにその大きさをアピールするものなのだが、マサエ農園を比較対象にして、はたしてどれだけの方がそのサイズを実感してくれるのだろう??

 フェンスのドアで閉ざされた玄関口でウロウロしていると、菜園スタッフがドアを開けて中に入れてくれた。
 畑では今苗を植えつけたばかりのものが多く、実りに実った状態のものはあまりなかったが、葉野菜が充実しているように見える。
 中に入れてくれたスタッフとはまた違うスタッフが、丁寧にひとつひとつ案内し始めてくれた。
 ムタイさんというその菜園スタッフ(?)は、きっとこれが天職なのだろう、野菜たちに対する情熱が説明の端々からあふれ出る。それはけっしてチップ欲しさではないと思う。
 見慣れぬ葉野菜と思っていたら、それはどうやらほうれん草の一種らしい。
 これまで数度食べた料理に使われていた葉野菜はおそらくこれだろう。スピナッチというのだそうだ。
 へぇ、スピナッチねぇ。
 さすが外国、ほうれん草もスピナッチなんていうシャレた品種なのねぇ……などと思っていたら、なんとその一部は日本から送られてきたタネなのだという。
 え?いつの間にそんな野菜が日本に??
 ひょっとして、こういう乾燥した土地に強くなるよう改良された海外用の種類なのか?
 それとも、我々がたた単に知らなかっただけ??
 ……実は、スピナッチってほうれん草の英語なのだった。<バカ 

 そのほか、トマトやナスなど、僕でもわかる野菜もたくさん。タマネギ、ニンニク、そしてピリピリ。
 ん?ピリピリって何って?
 唐辛子のこと。このあたりでは唐辛子のことをピリピリというのだ。実はついていなかったけど、唐辛子の苗の形くらいすぐにわかるうちの奥さんは、ムタイさんに「ピリピリ?」と訊ねたら、彼はうれしそうに

 「イエス、ピリピリ!」

 と応えてくれた。

 たとえ手取りは少なくとも、こういうリゾート施設の一画で好きな畑仕事をしてそれで給料をもらえるって、いいなぁ……。
 とっても丁寧に案内してくれた彼にチップを渡し、その場をあとにした。

 テクテク散歩をさらに進めてみた。
 サッカー場らしき広場があった。

 スタッフたちのレクレーション広場だろうか。
 サッカー場とはいってもグランド全体は斜度7度くらいで傾斜していて、その西側がマサイの土地との境界になっていた。
 もともと敷地とはいっても、実質的にはマサイの人々から「借りている」という立場なのだそうだ。
 グランドには巨大なフンと豆粒のようなフンがやたらと転がっていた。
 大きな動物が入ってこられないようにしてあるわりにはフンが多いなぁと思っていたら、最近は雨が少なくて牛や山羊たちの餌となる草が少ないから、ときおりこのグランドにも放牧させてあげているのだそうである。そりゃ「借りている」側としたら、どうぞどうぞというしかないだろう……。

 その境界の向こうにマサイの人たちの放牧地があり、周辺をキッズたちが歩いていた。
 この先道々のどこかでいつも見かけることになるんだけれど、とにかくキッズがかわいい。
 ナイロビでも触れたとおり、民族的に頭がマルコメなのもそうだし、なんといっても元気一杯、いつも明るいのである。
 このときも、野生動物たちの立ち入りを防ぐフェンスのむこうから、なにやら一生懸命楽しそうに語りかけつつ、我々に手を振っていた。
 誇り高き戦士であるマサイたちを無遠慮に写真にとってはいけないと聞いてはいたけれど、キッズならいいだろう。遠目からパシャッ。

 ところで、実はヒデこと中田英寿がこのロッジに滞在中、軽い運動のためにこのサッカー場でスタッフたちとサッカーをしたそうである。
 おお、あのヒデもここに来ていたのか。
 きっと彼もボールを追いながら、牛のウンコを踏みまくっていたに違いない。

 このムパタクラブにあるものは、サッカー場だけではない。なにしろサバンナの真っ只中にあるくせに5ツ星のロッジなのである。
 なんとここには、こういうものまであるのだ。

 プール!!
 サバンナを一望できるプールである。
 水の有無が生死に関わる厳しい土地で、ゼータクにもプールなんぞというものが許されていいのか、なにもサファリに来てまで泳ぐこたぁないじゃないか…という気がしなくもないけれど、普段いつも海が身の周りにある人間にとっては、こうした水辺というのはたとえ人工であっても心落ち着く。
 とはいえ、まさか僕らが泳ぎは…………
 ……といいつつ、しっかり水着を持ってきているのだった。

 このプールは本館にあって、そこから少し降りると展望バーがある。
 テーブルとイスが並べられたコーナーと、サバンナ一望カウンターとでもいうべきところとが隣り合っていた。

 
 
カウンターの向こうは見渡すかぎりのサバンナ。     夕刻は寒くなるので、こうして火を焚いてくれてあった。

 サバンナを眺めながらカクテルなんぞを……なんてことも、ここでのひそかな野望のひとつになっていたのはいうまでもない。

 各部屋へと続く小道はきれいに清掃された石畳だが、その小道をはずれ、アカシアの木々がたくさん生えているあたりに侵入してみた。
 敷地内には大型動物が入れないようにしてありはするものの、小さな動物なら自由に出入りできる。そして、こういう土地には猛毒で知られるコブラがいるのだそうな……。
 コ、コブラ??
 ちょっとコワい。
 でもまぁ、ハブに対するのと同じような注意を払っていれば大丈夫に違いない。そういうことにしてガシガシ進む。

 アカシアというのは、大まかに分類しても100種類以上もあるという、とんでもなく種類の多い、サバンナには欠かせない植物の総称である。ブーゲンビリアの100倍くらいの数はあろうかというトゲを有する植物で、まるで天然の有刺鉄線のような攻撃的防御を誇る植物でもある。
 このトゲをものともせずに葉っぱを食べるというのだから、キリンさんの舌技にはなみなみならぬ工夫があるわけだ。
 キリンさんたちはモノともしないが、僕は思いっきりモノともした。
 ガシガシ歩いていると、突如足に激痛が走ったのだ。
 歩くたびにそれが続く。
 ん?
 靴裏を見てみると………

 太い太いアカシアのトゲがブスリと刺さって貫通していたのであった。
 島ゾウリで歩いているのならわかるけど、トレッキング用のそれなりの靴ですぜ……。
 恐るべしアカシアのトゲ。
 ちなみに、このあと空港でセキュリティチェックを受けるたびにひっかかり、その都度靴を脱がされ続けたのは、どうやら靴底に何本も埋め込まれたアカシアのトゲが原因だったらしい……。
 サバンナにあるマサイの集落は、その周囲をアカシアのフェンスで大型肉食獣の侵入を防いでいるという。たしかにこのトゲなら、セコムに任せるよりも確実だろう。

 まるで地雷原のような恐怖のアカシアトゲトゲ地獄のそこかしこには、平たい石などを並べてちょこっとした休憩スペースが設けられていた。スタッフたちの憩いの場なのだろう。そういう場所に、どういうわけかいろんな骨が置いてある。


カバ(の骨)とバカ

 そういえば、敷地内にはやたらとスタッフがいる。
 道々ですれ違うたびに愛想よく

 「ジャンボ!!」

 と声をかけてくれる彼らがそれぞれいったい何をしているのかは知らないが、葉がたくさんついた枝を箒代わりにして小道を清掃する人、薪を運んでいる人、なにやら怪しげなものを担いでいる人、ただ歩いている人などなど、実にたくさんいる。
 それもこれも人件費の安さゆえなのだろうけれど、モルディブとかでも感じたように、たとえ一人当たりの賃金が安くても、たくさんいたほうが一人一人の作業はしんどくないし、楽しく仕事できるような気がするなぁ。
 彼らは、敷地内にあるスタッフ宿泊施設(サッカー場の近く)で暮らしている。
 家族のある人たちは単身赴任なのだそうだ。1カ月働いたら1週間休む、というパターンらしい。故郷は様々で、かなり遠いところから来ている人たちもいるという。
 聞くところによると、スタッフ施設専用の食堂があって、けっこういい感じの料理なのだそうだ。きっと、沖縄でいえばゴーヤーちゃんぷるーとかイカのスミ汁とか、現地の食事なのだろう。そういうところで食ってみたかったなぁ……。

 そういう匂いに連れられて忍び込んだわけではないのだが、行きがかり上彼らの宿泊施設を通り抜けてしまった我々は、かなり怪しいゲストになってしまった……。

 アカシアトゲトゲ地獄を潜り抜け、本館から見て我々の部屋とは逆の方向に行くと、そこは……
 焼け野原だった。

 なんだろうこれは?
 モノなりを良くするためにわざと焼いたのかな?
 そのわりには、火の手はロッジの各部屋にかなり近づいていた気配があるけど……。

 あとでイチハラさんにうかがったところによると、これは野火だったらしい。
 乾燥しているから火の手は一気に迫り、あわやロッジの部屋にまで、というすんでのところで消火に成功したという。スタッフ総出の緊急一大防衛作戦だったそうだ。
 うーん、どこかで聞いたような話……。

 その天災のあとがこの焼け野原なのだった。
 一見黒焦げの原っぱに見える大地からは、すでに新たな草花が元気に顔を出していた。
 この草花たちの種類が多いこと多いこと。
 ここに限らず、目新しいのを見つけてはパシパシ撮ったので、ここに一堂に会してしまおう。

 焼け野原のおかげで見通しがよくなっていて、敷地の境界である弱電流フェンスが遠くに見えた。
 おおそうだ、端っこを極めよう!
 その世界の果ての果てを極めたいというのは、コロンブスの昔から人類の見果てぬ野望なのである。

 そして我々は、この世界の果てを2箇所制覇した。

 
南西側の端             南東側の端

 この両端はけっこう標高差があって、南西側の端から南東側の端まではけっこうな坂道を下っている。
 その途中、なにやら大型の動物が、大ジャンプして柵を越えていった。
 ん?
 インパラだったのだろうか。
 インパラって……けっこう大きな動物だよなぁ。なんか、柵の内側に入っていた気がしたけど……。

 インパラが入れるってことは、ひょっとしてライオンやヒョウだって入れるんじゃないの??

 ふと我に返ると、あたりは鬱蒼と茂った木々。ザワザワと梢が音を立てて揺れている。
 もしかしてデンジャラスゾーン??

 このままフェンスに沿って北側の端を目指そうという野望は、瞬く間に消えた。

 立ち入ることを躊躇した林に沿って再び斜面を登ってみた。
 すると、野望は消えたが景色は再び開かれた。

 うーん、世界は広い!!

 世界は広いのだが、世間は狭い。
 あの「試してみるか」藤原紀香が(古い?)、ここムパタクラブをロケ地として写真集を出していたのである。
 その写真集が、どういうわけか…というかそういうわけでロッジにある立派な図書コーナーに置いてあった。
 同じミーハー話なら、どう考えてもヒデよりこっちだよなぁ……。
 中田が牛のウンコを踏んだであろうグランドに立ってもあまりうれしくはないけれど、藤原紀香がこの場に立っていたんだと思えば………。
 というわけで。


これぞまさしく「試してみるか」藤原紀香

 場所が同じなのに結果が同じようにならないのは、けっして撮影者の腕と器材のせいばかりではないことはいうまでもない……。