19・2月1日

午睡天国

 早朝のサファリから帰ってくると、ほどなく朝食の時間になる。
 起きたての朝食はなかなか戦闘意欲がわかないものだが、起床後すでに3時間以上経っていると、さすがに朝食も一大エンターティメントだ。
 二人掛けのテーブルでは、夜は舞台に向いていたイスが、日中は明るい外に向けられている。さりげない配慮がうれしい。

 このシアワセの朝食から午後のサファリまでは、間に昼食をはさむ以外まったく予定はない。ポレポレでいられるのだ。
 すでに朝食後にはTシャツ短パンで過ごせるくらいの気温になっていて、日差しを浴びると、ジリジリとなかなかストロングな光線で肌が焼かれる。
 様々な旅行記、ネットの情報、ガイドブックには、この赤道直下の日差しにはくれぐれも注意するようにとあった。標高が高くていかに気温的に過ごしやすかろうと、赤道直下の紫外線は気温とは関係がないのである。
 ま、そこはそれ、我々はそもそも日焼けするのが仕事のようなものなのだから、今さら日焼け止めだのなんだのと、シロウトのような失敗はするはずがない………はずだったのだが。

 ここにオロカモノが一人いた。
 いうまでもない、うちの奥さんである。
 プールがあるからには是非泳ぐ、と異常に張り切っているのである。
 そりゃあたしかに気温は初夏の沖縄なみだ。でも、プールの水まで初夏の沖縄のようになると思う??

 冷たいっての。
 それでも果敢にチャレンジするうちの奥さん。

 ハフッ

 と、意味不明の気合いを入れて水に浸かっていった。
 寒そーッ!! 

 写真だけ見ればリゾートって感じだけど、マジで水は冷たいんですぜ。

 「ダンナも泳ごうよぉ!!」

 というオロカな誘いに僕が耳を傾けるはずはなかった。
 僕はこっちの誘いに乗っていたのだから。

 昼飯前から飲むタスカーはまた格別だ。
 そよ風に吹かれつつ、プールサイドでビールを飲みながら読書………。
 ああ、シアワセ……。
 ちなみにこの人だって、泳ぐだけですむはずはない。

 傍らにはしっかりタスカーがあるのだから。
 ここですでに読者はお気づきであろう。
 僕はちゃんと日陰にいる。しかし彼女はプールが冷たかったこともあって、オロカにも日光直射状態である。
 たしかにプールは冷たい。
 どんなに冷たいかというと、あとからやってきた白人男性が、「NO DIVE」と書いてあるのもものともせず勢い良く飛び込んだまでは良かったのだが、顔を上げるなり 

 フホウォッフホウォッフホウォッ

 と、まるで早回しのバルタン星人のような声をあげていたくらいだ。よっぽど冷たかったのだろう。

 このプールサイドでのわずかな時間の日焼けが、あとあとズルズルズルズルッと尾を引くことになる。

 昼食でもやはりタスカーを頼み、デザートまで美味しくいただいたあとは、うれしい午後のひとときである。
 今回の旅行でなにが幸せだったかって、そりゃもちろん数々の動物との出会いや美味しい食事もさることながら、最もみなさんに伝えたかったのがこの時間帯だ。

 我が人生史上、最高の昼寝タイムだったのである。

 ここでこの稿のプロローグを引用しよう。

  朗らかな陽気の下、ベランダで心地よい昼寝をする体を、そよ風が優しく包んでくれる昼下がり。
 小鳥たちのさえずりが周囲の木々を駆け巡る。
 遥か下方から、ときおり素朴な鈴の音がカランコロンと鳴り響く。
 まるでハイジの世界のようなその音色。
 ヤギを飼っていたのはペーターだったっけか………。
 カランコロン……
 うーん、自分は今どこにいるんだろう?
 夢うつつでボンヤリしつつ、ゆるやかに目を開けると。

 ………目の前には一望千里のサバンナが広がっていた。

 本当に、本当にそういう世界だったのだ。
 部屋のベランダに枕を持ってきて、ゴロリと横になる。
 ベランダにはほどよい日陰ができていて、そよ風が心地いい。
 遥かな崖の下から聞こえてくる素朴な鈴の音は、マサイたちの牛の首についている鈴だ。
 鳥の声、そして鈴の音……。

 何言ってんだ、普段オフの間だって昼寝くらいし放題だろう!!

 それは誤解というものだ。
 家にいればなにかと付きまとうのが日常というもの。
 あれもやらねば、これもやらねば、というのが次々に出てくるのがオフでもある。
 それらを断ち切って昼寝をしても、体はたとえ休まっても脳の隅々までリラックスすることはまずない。
 それがどうだ、この心の奥の奥の奥まで解き放たれたスーパー弛緩状態の脳味噌!!
 開いた本のページはめくられることはなかった…。

 この昼寝にはすっかり病みつきになってしまった。
 ひょっとすると僕は、この昼寝のためだけにもう一度サバンナへ戻ってくるかもしれない……。