27・2月3日

ロングサファリ・2〜マサイのスーパーマーケット〜

 朝食を食べている間、我々だけなのでヘンリーにいろいろ訊ねた。
 彼はこの仕事を16年もしているのだという。
 この仕事というのが、ドライバーだけなのか、サファリのガイドドライバーとしてのことなのか、詳細は不明だが、子供の頃から動物が好きで、勉強してこの仕事に就いたのだという。カリンバを知らない都会っ子であっても、動物は好きだったのだ。
 彼は、インパラやトムソンガゼルの独身オスの群れたちを説明するたびに、自分自身も

 「ノーワイフ」

 なんて口癖のように言っていたけれど、僕は彼の薬指にちゃんと結婚指輪があることに気づいていた。

 彼らは仕事中はロッジのスタッフ施設で単身赴任で暮らしているから、家族とは休暇中にしか会えないことになる。

 彼のことだけ一方的に聞くわけにはいかないから、必然的に我々の身の上も話すことになる。

 我々はヘンリーの職業からRを抜いた仕事をしているのだ。
 (
Guide DriverGuide diverって意味ね)

 そんな気の利いたセリフの一つも英語でスッキリ話せればいいのだけれど、なにぶんおぼつかないのでわかってもらえたかどうかはアヤシイ。
 それはともかく、こんな広々とした大地に暮らしている彼らに、我々の生活環境を説明するのは難しかった。
 なにしろ我々が住む水納島は、ムパタサファリクラブの敷地よりも小さいかもしれないのだ。
 そこに暮らす人口は50人、周囲はすべて海で囲まれている。
 そういう話を彼はイメージとして理解してくれたろうか……。

 朝食後、昨日とはまた別の場所の国境に行った。
 今日は国境も貸切だ。

 そして、大地も貸切だった。

 いいかげんにしろといわれそうだが、本人が楽しいのだから仕方がない。
 この写真は、水中ビデオ用のワイドアダプターを無理矢理あてて撮ったものだ。そのアダプターは直接覗くこともできるから、ヘンリーに見せてあげた。
 ほらヘンリー、ワイドビューになるでしょう?

 あまり興味はないかなと思ったら、そのあとしばらくずっとあたりを眺めていたヘンリーだった。

 この国境近くには、ヌーがたくさん群れていた。
 本来ならすでにタンザニアのセレンゲティへのドドドドドドッという移動が完了している頃である。しかし以前にも触れたとおり、今年はセレンゲティの雨が少なく、餌となる草があまり生えていないためか、まだマサイマラに多くのヌーが残っているのだ。
 とはいえやがてはみなセレンゲティに行くのだろう。現にこうして国境付近のほうがヌーは多い。

 ところでこのヌー。
 サバンナをカツオのように大回遊するこの動物は、現在およそ120万頭ほどいるという。そしてその数は、着実に増えているのだそうだ。
 動物たちをとりまく環境はけっして優しいものではないはずなのに、ただ食われるためだけに存在しているかのごときこのヌーが、その数を増やし続けているというのは意外な事実だった。

 このヌーがいるからこそ、サバンナの生態系が維持されているといっても過言ではない。
 ヌーよ、産めよ殖やせよ、そしてサバンナを駆け巡れ。

 帰路、ゾウさんや死肉に群がるハゲワシなどを見つつ、僕たちは実に満足感に浸っていた。
 行きと同じように、天井から身を乗り出して風を浴び続ける。

 そしてオロロロゲートを越え、ロッジへと向かう。
 実は僕たちには、このあとにまだリクエストがあった。それはマサイマラ国立保護区内でははたせないリクエストである。

 ヘンリー、あのマサイのキオスクに寄ることはできない?

 「おー?ホッホッホ!!オーケー、ノープロブレム、ハクナマタタ!!」

 ロッジから程遠くないところに、マサイの人々の商店があって、それをヘンリーは
 「マサイのスーパーマーケットだ」
 と我々に紹介していた。
 僕たちは是非そこに行ってみたかったのだ。
 手持ちのケニアシリングは100シリングしかないけど、何か買い物できるだろうか。

 「ダイジョウブ、ソーダを3本買える!」

 つまりヘンリーの分も買えってことね(笑)。 
 我々が知っているのは、行き帰りに必ず通る店だったが、ヘンリーは、

 「それだったらもう少し先にもう少し大きな店があるからそこに行こう。そこだったらソーダが買える」

 どうやら彼はソーダを飲みたいようだ。

 「観光客が買い物をしに来たと知れば、彼らはきっととても驚くよ!」

 楽しそうにヘンリーがいう。
 というわけで、ロッジよりも先の、これまで立ち入ったことのない道に進んだ。
 お店があった。
 我々が言っていた店とどっちが大きいか、即座には判別不能である。
 ちなみに後で聞いたのだが、ムパタのスタッフマツオカさんも、こちらには来たことがないらしい。いわば、日本人的にはほぼ前人未到である。

 店先には数人のモダンマサイたちがたむろしていた。傍らには、マサイの正装に身を固めた牛飼いの人たちもいる。
 ロッジでは、マサイ村の訪問というオプションも用意している。
 近隣のマサイの村を訪ね、ダンスを見せてもらったり家を覗かせてもらったり、写真を撮らせてもらったり、お土産を買わされたり、というものであるらしい。
 興味がないではなかったけれど、なんとなく行く機会もないまま結局今回は立ち寄らなかった。
 でも、どちらかというとこのお店のほうが、モダンマサイの真の姿であるような気がしなくもない。

 ヘンリーに話をつけてもらい、3本のジュースを買ってから、一緒に写真に写ってもらうことにした。

 店内には商品が溢れ……ているはずはないものの、「KIMBO」と書かれた箱がやたらとたくさん並んでいた。
 最初それがなんだかわからず、ヘンリーに聞いて判明した。
 食用油である。
 マサイの食生活も変わっているということだろうか。
 天井から吊るされたビーズアクセサリー(の素材?)が素朴だった。
 マサイたちはビーズで装飾することが知られているけれど、観光客がやってくるはずのないこんなお店で売られているってことは、マサイの人たちもアクセサリーの素材として買うってことなのだろう。
 ジュースを飲みながら、しばらくここでヘンリーとゆんたく。

 周りをヤギがテクテク歩いていた。
 ヤギといえば、本土の人はいざ知らず、我々にとっては最も身近な哺乳類といってもいいくらいの生き物だ。
 なにしろ自分の家の裏にいるのだから。

 当然ヤギ談義に花が咲く。

 沖縄は、日本で唯一ヤギを食べる食文化があるところだ
 僕たちはヤギを自分たちでつぶして食べる
 そのときペーペーの僕は腸洗い係だ
 ヤギは刺身でもよく食べる
 ヤギの血も鍋に入れて食べる……

 などなど、水納島でのヤギ事情を細かく…といっても僕の英語力の範囲で説明した。
 血を利用するところなど、食べ方はけっこう似ているところもあるらしい。
 ヘンリーが問うた。

 「ヤギは日本ではどれくらいの値段がする?」

 うーん、僕らはお金を払って食べたことがないしなぁ……。でもヘンリーが訊いているのは1頭いくらかってことかな。
 だいたい1頭5〜7万円くらいだと思う。
 そう応えると、

 「ベリーエクスペンシブ……」

 たしかにこちらでもヤギは高級らしいけれど、そんなに高くはないらしい。
 ちなみにガソリン代は、日本とあまり変わらないようだった。

 マサイのスーパーで語るヤギ談義ってのもまたオツなものだ。
 なんか、このまま「じゃあ今からヤギをつぶして食べようか!」ってノリになったら素敵だったのだが、さすがにそういう展開には至らなかった。
 ヤギは無理でも、このあと我々には素敵なランチが待っている。

 貸切ロングサファリは、こうしてマサイ村ならぬマサイスーパー訪問で幕を閉じたのだった。