サバンナの心地よい風を全身に浴びて……いる間は、それこそ軽井沢的涼感たっぷりの心地よい日差しであるかのように錯覚するのだが、そこは赤道直下、紫外線は半端ではない。
とはいえ、日焼けをするのが仕事のようなものである我々にとっては、そんな紫外線ごときであたふたするほどやわではない………はずだったのだが。
痛い……。
すでに滞在4日目、初日こそ雨にたたられはしたものの、その後はいたって好天。連日紫外線を浴び続けていた我々は、いつの間にか非常事態に陥っていた。
10年ぶりくらいのシロウト焼け……。
か、顔が、首筋が………痛いッ!!
すでにうちの奥さんの顔面表皮は2周りほど膨れ上がり、目尻のシワは島のおじいよりも深く深く掘り下げられ、表皮の一部は早くも剥がれ落ちようとしていた。
キ……キタナイ。
もちろん僕も人のことを笑っている場合ではなかった。
鏡を見ると、まるでサンタのソリを引っ張るトナカイのような状態になっているじゃないか。
恐るべし、赤道直下の紫外線!<バカ
そんなわけで、ロングサファリから戻ってくると体が火照って火照ってしょうがない。
僕は日陰でタスカーを飲めばすぐさまクールダウンできるものの、うちの奥さんは矢も楯もたまらず、プールにドボンと飛び込んだ。
いつものようにタスカービールでゴキゲンになりつつ、コースで出てくるランチを迎え撃つ。
窓の外は太陽の光を浴びて光り輝く木々。飛び交う鳥…。
小鳥の種類はたくさんいて、セキレイの一種はよくプールで水浴びをしている。彼らもきっとクールダウンが必要なのだろう。
まだ頭がクールダウンしていないのか、うちの奥さんが突然疑問を口にした。
「なんで外国のオムレツって白いの??」
ちなみに目の前のランチにはオムレツはおろか卵のたの字もない。いったい何をきっかけにそういう話になるのだろうか。
オムレツが白いというよりも、君の脳味噌が白いのではあるまいか……。
脳味噌は白くても、その疑問はなかなかスルドイ。
モルディブでもたしかそうだったように記憶している。なぜか卵料理が白いのだ。卵焼きといえば黄色と思っている僕たちにとって、白いオムレツや卵焼きはよくよく考えてみると不思議だ。
ニワトリの卵であることは間違いないとすると、この色の違いはいったいどういうことなのだろう?
南国のニワトリたちは、強い日差し対策として卵の黄身が白っぽいのだろうか??
情報求む。
そんなことをのんびり考えていられるほどのどかな午後だった。
また昨日のように午後は昼寝天国&散歩にしようかなぁ!
でも。
昨日は午前午後合わせ技1本のロングサファリだったのに対し、今日は別料金の貸切ロングサファリだった。つまり、午後のサファリの権利はまだ僕たちに残っているのだ。
ウーン、ウーン………。
のどかな午後の時間というのも限りなく魅力的だが、やっぱり行けるのなら行ってみたい…。
サファリに行くとなっても昼寝をする時間はたっぷりあるからなぁ……。
それに。
実はこのときの僕たちは、もっと大きな問題で悩んでいた。
バルーンサファリである。
そう、巨大な気球に乗ってサバンナの空高く舞い上がり、神の視座から動物たちを眺めるという、あのオプション。
実際の飛行時間は1時間弱ほどながら、そのあと着地地点でシャンペンブレックファーストなどとシャレたおまけもついていて、さらにそのあと軽くサファリをしてからロッジに戻るそうだ。
なかなか魅惑的ではないか。
が。
けっこうなお値段なので、二人で参加するとなるとかなりの決意を要するのだった。たしかに楽しそうではあるけれど、費用対効果という意味ではどうなのか?これだったら普通にサファリをしていたほうがよかった、てことになったら目も当てられない。
というよりもなによりも、持ってきた現金を考えると、バルーンに乗ってしまうとしばらくロッジで皿洗いをし続けなければならないのではないかという問題があったのだ。
今まで飲んだ酒代ははたしていくらになっているのか?
ロッジの部屋で有り金を集結させ、酒代および今後にかかるであろう費用を計算し、なんとかバルーンサファリに行けることが判明。
よし、ここはひとつ、話のタネにもなるのだから行ってみよう!
それに。
ちょうど翌朝バルーンに乗っている頃、日本時間は2月4日の正午前後。その頃沖縄県総合運動公園では、姫が卓球の試合をしているはず……。
ちょうど君が試合をしている頃、僕たちは気球に乗って、サバンナの上空から声援の念波を送っていたぞ……
…というのもなかなかいい話ではないか。
もはや迷っている場合ではなかった。
なので、この日の午後、事務所にいるマツオカさんに、明日のバルーンサファリを申し込んだ。
主催は他のロッジなので、問い合わせの結果待ちではあるけれど、とにかく我々の決意は固まった。
となると、明日はのんきに気球に乗るためにも、この日の午後はサファリに出向くことにした。
サファリに行くかどうかを決めるのになにをゴタゴタと……。裏を返せば、それだけロッジで過ごす午後のひとときがシアワセに満ちているってことなんだよなぁ……。
さあて、午後のサファリ。
出発前にロビーでたむろしている間、ヘンリーがいたので、朝の話をより理解してもらうために、彼にクロワッサンのパンフレットをあげた。
ヘンリー、これが僕たちが住んでいる島なんだよ。
ようやく説明が映像としてイメージできたヘンリーは、かなり興味を持ったようだった。
ヘンリー、次の休みには是非来てね!
そういうと、力強く頷いてくれた。
さて、午後のドライバーは誰だろう?
またしてもドライバーはヘンリーだった。相棒のデビットもいる。
デビットが会うなりいきなり僕たちに言った。
「豹を見たのに写真を撮らなかったって?ワッハッハッハッハ……」
クヤシイッ!!(笑)
でもデビット、めっちゃくちゃビックリしたんだよ。
「おー、でも君たちはとってもラッキーだ。なにしろ3ヶ月ぶりなんだから。」
そうそう、そうでしょう?
さあ、気を取り直して午後のサファリに出発だ!
ロッジからオロロロゲートへと続く沿道には、マサイの人々がときおり歩いている。気さくに手を振ってくれる人もいれば、何を待っているのか、荷物を置いてずっと何かを待っている人もいる。いつ来るかもわからない車を待っているのだとしたら、相当な時間待っている。なにしろ、サファリへの行きに見た人が、帰りもまだいたりするのだから。
とりあえず彼らにとっては、待つことはあまり苦ではないらしい。
マサイの少年たちが歩いていることもある。
それがバッファローが群れている草原のそばだったりすると、ヘンリーは車を停めて子供たちに説教をする。
バッファローがいるんだから、もっと遠くを歩きなさい!って。
僕らも子供の頃は、知らないおじさんに普通に説教されたりしてたっけ。今やそんなおじさんが日本にどれくらい残っているだろう?おそらくクロサイよりも絶滅に近づいているに違いない。
この午後のサファリでは、またしても151番母ちゃんとそのチビに出会った。
これでいったいチーターに会うのは何度目だろう?
ここまでしょっちゅう会ってしまうと、ある意味チーターは水納島の岩場ポイントでしょっちゅう会っていた、タグつきのアカウミガメみたいなものといってもいいかもしれない。
ところで、昨日は午後のサファリがなかったので、昨日今日と行った午前のサファリに比べて、午後のサファリの開始早々くらいの時間帯は、いかに動物たちが怠惰に過ごしているかということがよくわかった。
み〜んな木陰にいる。
僕たちがスーパーシロウト焼けをするほどの日差しは、やはり動物たちにとっても避けたくなるほど強烈なものだったのだ。
バッファローも、イボイノシシも、誰も彼もが木陰で涼をとっていた。
この午後のサファリでは今回が初のサファリとなる同乗者もいらっしゃった。
ドライバーヘンリーとしては、ライオンあたりを見せておきたいところだろう。
そのあたりにライオンがいた、という情報があったらしく、ブッシュの際沿いをずーっとライオンを探してヘンリーは車を走らせた。
なかなかいない。
見られるときはそこかしこでライオンライオンまたライオンって感じなのに、いないときはなかなかいない。
我々もブッシュの陰にライオンがいはしまいかと、一緒になって探してみた。
すると!
あのブッシュの中にいるボディは!?
ヘンリー、あれはライオンじゃないか!?
車を寄せてみると………。
イボイノシシの腹なのだった。
紛らわしいぞ、ジョセフィーヌ!!(けっこう似ているのだ、これが)
さらにライオン捜索が続く。
すると、同乗者のKさん夫人が!!そしてうちの奥さんが続く。
「あそこに茶色い体があった…」
「私にも見えた!」
ヘンリーが車を少し戻し、彼女たちが指し示すブッシュの中を覗くと……
ブッシュバック(という草食動物)なのだった……。
こんなところでうずくまってるんじゃない!!
チーターには連日出会えても、ライオンに出会えないこともあるということもあるんだなぁ……。
ライオンには出会えなかったが、すでに何度もライオンと出会っている我々的には、こっちのほうがヨロコビだった。
再びヘビクイワシである。
この日はどういうわけか3羽見て、そのうちの1羽はあの長い脚でバシバシバシッと何かをしばき倒し、ものの見事に何か小動物を捕食していた。ヘビクイワシとはいいながら、ヘビだけを食べているわけではないらしい。
それよりも、感動したのはこのシーンである。
ヘビクイワシが樹上に!
巣を樹上に持つというのは写真集などを見て知ってはいたものの、地上を歩く姿を見る限り、なんとなく飛べない鳥というイメージがついてしまう。それがこうして雄々しくも樹上にいる姿を見るに及び、やはり彼らは大空を舞う鳥であることをあらためて知った。
そのほか、ゾウさんキリンさんダチョウさんなどなど、すでにおなじみとなったサバンナのメインキャストたちに挨拶しているうちに、いつしか日は西に大きく傾き始めていた。
そろそろロッジへ戻る時間だ。
ロッジに到着した我々を吉報が待っていた。
明日のバルーンサファリに行けることが正式に決まっていたのだ。
バルーンサファリへ行くとなると、通常のサファリよりも早い時間にロッジを出発することになる。
なんと5時出発!!
恐るべき早朝出発に備え、今夜は健やかに眠りにつかなければならない………
…はずだったのだが。
今宵も再びマサイショーが開催されたのだが、そのためにわざわざ我々のテーブルが舞台に近いところに替えてくれていた。
マサイショー自体は、2度も3度も見て喜びに浸るものではないような気がしなくもないけれど、こういう気遣いがなんだかうれしい。
おかげで、ビールからグラスワインから飲みすぎてしまった。
そして。
ついにやってしまった、コース料理なのにメインのおかわり!!
だって、到着早々の説明でイチハラさんがおかわりもできますよって力強く言ってたじゃん。
でもまぁ、まさか本当に実行に移す人は誰もいないんだろなぁ……。
ウェイター氏に「May I……」と頼むと、彼は笑いつつも「Sure!」と言ってくれた。
今宵もラハダちゃんは我々に給仕してくれていた。
なんだかかわいい彼女には、とっておきのプレゼントを渡したい、と僕たちの意見は一致していた。
でもそれは最後の夜である明日のほうがいいだろうから、彼女が明晩もここにいるかどうかを確かめておきたかった。
…というか、その時点で酔っているといわれればそれまでなのだが。
明晩と今晩を間違えてしまった。
直訳しよう。
「あなたは今晩いますか?」
なんて意味深な質問をしてしまったのだ!!
一瞬彼女の表情が固くなったとき、何か悪いことでも訊いたのだろうかとのんきに考えていた僕。
うちの奥さんにつっこまれ、慌てて「明晩」と言い直したのだった……。
明日もいるようなので、プレゼントを持ってくるよ、と約束して席を立った。もちろん挨拶は、
「トゥナリ・ケショ」
このあと、レストランの隣にあるバーまで二人で行き、ちょこっと飲んだ。
ケニアケーンという、さして特筆するほど美味しいわけではないけれど、ケニアといえばこれでしょう的スピリッツである。
このカウンターにはテレビモニターがあって、さすがにテレビ放送の受信はできないものの、ビデオなどを流すことはでき、今宵もなにやら映像が流れていた。
ケニアケーンをグビリとやりつつ、見るともなしにその映像を眺めていると、それはサファリで見られる大型猫科動物のビデオだった。
画面で動いているのは………豹だ!
もちろん周りにいたスタッフやゲストに自慢した。
僕たちは今日豹を見た!!
どうだい、メチャクチャラッキーだろう?
やや度を越したらしいアルコールのせいもあって、この世の幸運という幸運をすべて手にしたような、底知れぬ心地よさに僕は酔いしれていた。まさか翌日、あんなことになるなどとは夢にも思わずに………。