17・1泊2ホテル付きの夜
この日宿泊予定のホテルには、16時30分チェックインという予約にしていたので、16時過ぎに竜串を発ったあと、どこにも立ち寄ることなく足摺サニーあらためレイニー道路を南下。 そして30分後に到着したのが……
足摺テルメ(写真は翌朝撮ったものです)。
いわゆるリゾートホテルである。
景勝地足摺岬にはいくつもホテルがある。 その建て方が面白い。 5階建ての建物が山の斜面に沿うように建てられているため、駐車場や屋外展望フロアが最上階、という作りになっているのだ。
この上側が駐車場。 ただ、この駐車場に入るためのホテルの道のりは、海辺伝いの県道27号からいったん山の中のバイパスラインに入らねばならず、山道をクネクネ行った先にホテルへの入り口がある。 車で行くなら何ほどのことも無い距離ながら、ちょっとホテルから散歩しようと思うと、目当ての海沿いの道までがムダに遠いのが玉に瑕。 徒歩ならホテルの下層側からそのまま国道に出られる、という造りにしてくれてあれば、もっと楽しめそうなのに。
最上階の展望フロアからは、この季節なら天気が良ければ海に沈む夕陽が見られるという話だった。 駐車場からホテルのエントランスに入り、階段を下りたところにフロントがある。
エントランスにはスタッフがいて、フロントまで案内してくれた。
客室は1階から3階部分のため、フロントがあるフロアの下層になる。
また、テルメというくらいだから、ホテル内には天然温泉を引いている温泉がある。 滞在型リゾートホテルなのでそういった設備がその他充実しているのはもちろんながら、ワタシがこちらのホテルを選んだ理由は施設の内容でもアクティビティでもなく、食事がステキそうだったからにほかならない。 オプションコースながら、土佐清水のブランド、清水サバのお造りを賞味できるのだ。 清水サバというブランドになっているゴマサバは、こちら土佐清水では立網漁という漁法で1匹ずつ釣り上げられ、生きたまま港にもたらされるという。 足が速い魚だから、刺身でいただくにはなによりも鮮度が大事。 高知市街でも清水サバはいただけるとはいえ、やはり現地でいただく朝獲れの魚に勝るものはないに違いない。 ただ。 海況や漁獲状況によっては清水サバが手に入らないこともあり、その場合は代替の刺身になるという※印の注意事項もホテル予約の際にはあった。 「よりによって」とか「この日に限って…」が大得意のワタシのこと、このたった1泊のスペシャルデーにビンゴになってもなんら不思議はない。 そんな最大の懸念事項を抱えつつ、フロントにてチェックイン。
高知市街からはるばる150キロの道のりを、途中あっちゃこっちゃに立ち寄りながらも、ほぼほぼ予定通りにゴールイン。 すると、なにやらソワソワしているげなスタッフが、「支配人に?」という同僚へのつぶやきとともに奥に消えたかと思ったら、支配人らしき若いにぃにぃが現れ、言いにくそうに何かを説明しようとしている。 ひょっとして………清水サバが無いとか??? しかし、事態は清水サバどころではなかった。 というのも!! 「実は、当ホテルのポンプ設備が今朝突如故障してしまいまして……」 え?? 支配人の苦渋に満ちた説明は続く。 「当ホテルは構造的に大まかに言うと左右に分かれているのですが、客室側のポンプが故障してしまい、現在客室の水道設備がすべて使えない状態になっています…」 へ?? 「レストランやプール、温泉がある側はポンプが正常に稼働しているためご使用いただけるのですが、お部屋のおトイレや洗面台はまったく使用できません」 はぁ? 「つきましては、誠に申し訳ございませんが、当方で代替ホテルを手配しておりますので、そちらで御宿泊いただくということに……」 え゛―――――ッ!? なんとなんと、非常手段として近隣の足摺パシフィックホテルに部屋をとってあるので、宿泊はそちらで、お食事はこちらで、温泉はどちらもご利用いただいてOK、そして朝食はどちらをお選びいただいても… ということになってしまった。 室内の水が出なくてもいいということなら泊まってもいいような話ではあったけれど、さすがにそれはどう考えても不便すぎるので、代替ホテル利用に決めた。 夕食までの時間はこちらの部屋で休憩しつつ温泉など利用し、食事を終えてからスタッフに代行運転方式で足摺パシフィックホテルに送ってもらうことに決定。 せっかくだからと豪勢にリゾートホテル泊を決めたというのに、なんてことだ、リゾートホテルといいながら落ち着けない1泊2ホテル付きになっちゃった。 よりによってこの日にポンプ故障だなんて…… またやってしまったのか、オレ??
まぁ、これがオーバーブッキングに起因することなのであればクレームのひとつもゴネて、スペシャルな何かを要求したいところではある。 というわけで。 まずは、予約していたよりもおそらくは豪壮な部屋で休憩させてもらうことに。
って、何かが憑りついていたのか、ただの室内写真だというのにまったくピントが合ってない? 各部屋にはテラスがあり、3階のこの部屋からの眺めは、けっして謳い文句の「絶景ホテル」というほどではないものの、ちゃんと山と山の間に海が見える。
本来であればさっそく旅装を解き、ダハダハ―となるところ。 ……って、水出ないんだった。 やっぱ不便だわ、こりゃ。 30分おきに3つほど選択肢がある夕食開始時間は7時にお願いしたから、まだまだ時間はたっぷりある。
なので温泉に行ってみることにした。 温泉は更衣室がプールと兼用になっているため、いったいどこまで素っ裸でウロウロしていいものかよくわからないのだけど、温泉利用客がほかに数人いる程度だったから気にせず利用。 露天風呂もありはするものの、とにかく寒いからヒートショックを警戒して外には出ず(オタマサは堪能したらしい)。 体が暖まると、いい感じで腹が減ってきた!
ホテル的には「ホテルがご迷惑をおかけすることになってしまった客」扱いで、妙なVIP待遇のような気がしなくもなく、誰も彼もが申し訳なさそうにしてくれる。 ただ、当初の懸念事項だった清水サバははたして…… 「清水サバは朝獲れが入ってます!」 そう力強く胸を張って断言してくれていたスタッフだった。 ひとッ風呂浴びてスッキリし、いい感じに腹を空かせていそいそとやってきたレストランは、さすがリゾートホテル、豪華である。
もともと閑散期だから客数は少なく、広いフロアでテーブルを占めているのは数組だけ。 見た感じ、なんとなくみんながみんな宿泊を別ホテルにしているわけではなさそうで、むしろなんとか水のルートをやりくりして、泊められる方々は泊まってもらう、という方法を取ったのかもしれない。 案内されたテーブルには、今宵のお品書きまで個別に用意されている。 これはテンションが上がる! さっそく生ビールをお願いし、前菜やお刺身たちとともに乾杯!
なにはともあれ、遠路はるばる足摺岬に到着したのだ!! ……って、今このときここ足摺岬近辺に滞在している旅行者の中で、いまだ足摺岬を目にしていないのは我々だけだったかも。
さて、テーブル上。
塩ダレ、ポン酢、そしていご鉄の塩の3通りの食べ方でいただけるようになっている。 ズラリと並んでいる小鉢は、海神の皿鉢と銘打たれた、足摺テルメ風前菜。
ゴリの旨煮、鯵の南蛮漬け、胡麻豆腐に四万十川産アユの甘露煮、そしてちゃんばら貝に筍とサザエの和え物の6品が、品よく可愛く5つの小鉢に盛りつけられている。 食べる前から、オタマサのツボ確定。 そして脇に控えている台のモノは、足摺沖で獲れた鰆の寄せ鍋だ。
火をつければ10分ほどで食べられるようになるというから、着火はもう少しあとにしてもらうことにした。 この時点ですでにオールスターキャストだというのに、あくまでも前座なこれらの品々をいただいていると、お待ちかね、ついに今宵のメインイベント登場!!
清水サバ!! この鮮度、この分厚さ、この量!! このためだけにこのホテルを選んだようなものなんだもの、おかげで1泊2ホテルの夜になったけれど、この皿を前にして、そんなトラブルなどなにほどのことがあろうか。 まずは一口。 うわっ……………コリコリ!! しかも……モチモチ!!
ああ、魚が旨いッ!! ホントにもう、こりゃぁ劇的に美味しいや。 不慮の不便(?)に巻き込まれたとはいえ、この1泊にいい思い出しか残っていないのは、この清水サバのおかげといっていいかもしれない。 そんな極上の逸品を、地元高知の酒、桃太郎で流し込む。
一方オタマサはといえば、豪華地酒3種味比べセット。
高知が誇る大手酒造所、酔鯨、土佐鶴、司牡丹の3社から、それぞれ1銘柄ずつのお出ましだ。 旨い肴がズラリと並べば、そりゃ酒も進むというもの。 ホテルのレストランでオーダーするわりにはかなりリーズナブルな価格設定なので、グラスが空けば気軽に追加を頼む。 だんだん居酒屋モードになってきたところで登場したのが、本日の揚げ物。
各種お野菜の天麩羅の中で、宿毛産のキビナゴがひときわ輝きを放っていた。
この頃合いで寄せ鍋に着火してもらう。 そして時代は、シメのご飯ものへと突入した。
タコ飯風の炊き込みご飯にお吸い物。
フタを開けただけだとヨソイキの姿のままだけど、少し匙でかき混ぜると…
具だくさ〜ん♪ そんなこんなで、たっぷりゆっくりなんだかんだと2時間くらいレストランで過ごしてしまった。 目的は充分以上に果たせたといっていい。
それにしても腹一杯だ。 いいコンコロもちになりつつ、フロントで精算し、送迎の手配をお願いする。 代行運転システムでお願いしたから、ホテルスタッフを同時に2名使うことになってしまうのだけど、このくらいのワガママは許してもらえることだろう。
我々をホテルの送迎車で運んでくれたスタッフさんによると、今回のポンプ故障は、なんの予兆もないまったく突然のトラブルだったようだ。 急いで修理といっても業者は高知市街、即座の対応をしてもらえるはずもないってあたりは、水納島で暮らす我々にはイタイほどよくわかる。 我々が「よくわかる」理由も話したりしているうちに、ほどなく今宵2軒目の宿、足摺パシフィックホテルに到着。
飲み屋をハシゴすることはあっても、ホテルをハシゴするなんてまずないだろうなぁ…。 いくら同業者同士の仁義といっても、急なことだから随分と無理を聞いてもらったに違いなく、我々を送ってきてくれた支配人たちは、あらためてこちらのフロントの方に挨拶をしていた。 というわけで、足摺テルメスタッフと別れ、あらためてチェックイン。
足摺パシフィックホテルは、足摺テルメよりももっと海沿いにあるホテルで、名のわりに調度は純和風の落ちついたたたずまい。 これまた和風の廊下を通って案内された部屋は、フツーに予約していたら予算的にとても選べないような、やたらと豪勢なひと間なのだった。
写真を撮っているワタシの背後には玄関の間が別になっているし、大きなテーブルはあるし、到着が夜中だったからわからなかったけど、夜が明けてみれば完全無欠のオーシャンビュー。
なんだかかえって得した気分♪
そしてここ足摺パシフィックホテルにもまた、温泉がある。 「ぶっちゃけ、露店風呂の眺めは当ホテルより遥かにいいです!」 ただし1つだけモンダイが。
眺めを優先して露店風呂や温泉施設を作ったのはいいのだけれど、ホテルからそこに至るまでのルートが長い。 ちなみにそのルートとは……
崖上に建つ温泉棟まで、まるで寝台列車のように長く伸びている回廊がすべて、外気と同じとは言わぬまでも、まったく暖房されていないのだ。 しかも! 風呂場棟にたどり着きさえすれば暖房されているので暖かく、脱衣所からドアをあければすぐに広い浴槽があるのだけれど、そこから露天風呂までがまた絶望的に長い。 この寒い日に酒を飲んだ後じゃとても行けないから、ワタシは朝風呂を利用することにした。 前夜のうちにすでに温泉を堪能していたオタマサによると、途中の回廊の寒さはさほどではなかったとのこと。 実際に歩いてみると…… 寒ッ!! やっぱ寒いって。
それでも着衣状態だから耐えられないほどではない。 せっかくだから露天風呂も…と、決死の覚悟をきめ、歯を食いしばってドアを開け、回廊に踊り出る。 激寒ッ! これは……命にかかわるかも。 歩いていたんじゃ途中で倒れそうだったから、素っ裸のまま小走りで露天風呂を目指す。 ああしかし。 回廊を最初に曲がったところに露天風呂への入り口が…という切なる期待が儚く消え去った時点で、ワタシの耐寒機能は限界を超えた。 このまま先へ行っていたら、八甲田山死の行軍になってしまうのは間違いない。 スタコラサッサと元来た道をもどり、お湯の中に体を沈める。 間一髪セーフ。 まさかホテルの温泉でサバイバルごっこができるとは思わなかった。 というわけで、結局ワタシにとってここの露天風呂は、1944年9月17日、クリスマスまでの終戦を果たすべく前代未聞の空挺作戦で連合軍が到達を目指したオランダのアルンヘム橋なみに、「遠すぎた風呂」なのだった。 ちなみにオタマサは、この朝も夜明けの海を見ながらの露天風呂を楽しんだという。 人一倍寒がりのオタマサが、なぜにあの回廊を渡れるのだろう? 男湯女湯で回廊の距離が違うのだろうか…。 いずれにせよ、温泉や露天風呂が目的で真冬に来ているわけではないのだから、たどり着けない露天風呂ってのも、話のネタにはちょうどいい。 このホテル最大の弱点について、ネット上の様々なクチコミで不評を買っていることはスタッフさんたちも熟知しておられるようで、オタマサがたまたま温泉回廊ですれ違った女性スタッフが申し訳なさそうにしていたという。
でも冬なんだもの、寒いのは当たり前。 そんなこんなで、1泊2ホテルという、なかなか経験できない夜を過ごした翌朝は、昨日の雨がウソのように朝から快晴!! 足摺パシフィックホテルをチェックアウトし、朝食をいただくために再び足摺テルメに戻ってきた。 屋上駐車場から眺める夜明けの太陽が実に美しい。
まるでポンプの故障など無かったかのごとく…。 足摺テルメの朝食は、ビュッフェスタイルになっている。
和食洋食ともに用意されているなか、特に和の内容がすばらしい。
また、地元高知のブランド鶏、土佐ジローの卵(プリップリ!)も定番で、塩でいただくと美味しいということで、3種類の塩が用意されている。
とまぁこんな具合に、小ワザの利いた小料理屋のような品揃えなのだ。 朝日を浴びながらの朝食が、とても充実したものになったのは言うまでもない(珍しく酒を飲まなかったオタマサである)。
ビュッフェであることをいいことに、あれもこれもそれも次々におかわりしたかったけれど、ここで腹一杯にし過ぎてしまったら、あとあと支障をきたすことになるのは必定。 ああ、こんなとき、井之頭五郎の胃袋があればなぁ……。 おかわりのおかわりにいささかの未練を残しつつ食事を終え、フロントに挨拶してから足摺テルメをあとにした。 トラブルに見舞われはしたものの、朝日を浴びるホテルは美しく輝いていた。
太陽って素晴らしい。 さぁ、この快晴のもと、ついに足摺岬の登場だ! |