18・足摺岬

 前日の雨がウソのように晴れ渡った2月2日の朝。

 天気予報を信じ、足摺岬探訪をこの日に変えて大正解だ。
 
 四国最南端の足摺岬は、足摺テルメから車でほんの5分ほど。訪れる人とていない朝8時に到着した。

 はるばる来たぜ、四国最南端。

 背後で背中を見せておられるのは、地元土佐清水市ご出身のこの方。

 御存知、中浜万次郎。

 足摺岬沖が彼の漁場だったということ以外に直接の関わりはないんだろうけど、ここ土佐清水市においては、中浜万次郎は坂本龍馬など比ぶべくもない郷土のヒーローで、市中のあちこちでこういう看板を目にするほどだ。

 いやあ、そうはいっても大河ドラマは無理でしょう……

 とこの時は思わなくもなかったワタクシ、すみません、まったく万次郎さんのことを知ってませんでした。

 漂流してアメリカ行って帰ってきて幕府の役人…と漫然と理解してただけだったところ、今回ワケあっていろいろ調べてみたら、この方のドラマチック人生は、たしかに大河ドラマ向きだわ。

 それについてはまた触れることもあるだろう。 

 足摺岬はその周囲に素敵な散策路が整備されており、灯台の麓はもとより、岬を眺める展望台その他、海べりの様々なビューポイントに続いている。

 まずは展望台へ。

 ウヒョーッ、絶景かな!!

 聞きしに勝る大眺望。
 360度とはいかずとも、ほぼ270度の水平線が一望のもとに。

 光り輝く灯台、緑溢れる岬、そして波濤逆巻く青い海………。

 太陽、ありがとう!!

 いやほんと、これで曇り空や雨降りだったら、印象はまったく異なっていたかもしれない。
 展望台がこの位置なら、晴れている午前中がベストと予想したワタシ、グッジョブ!

 ちなみに展望台は、円形のステージのようになっている。

 シーズンには人だらけになっているんだろうけど、この景色を貸切というのは、なんともゼータクなひとときだ。

 灯台の反対側を眺めれば、天狗の鼻と呼ばれている岬がある。

 これまた絶景。

 この270度の眺望を、無理矢理一枚の写真にするとこんな感じだ。

 絶景かな絶景かな。

 高知は横に広い県だから、東西は相当な距離になる。ところがその東西を結ぶ交通の大動脈が発達していないため(高速道路も四万十市の手前止まり)、高知市街以東の方にとっても、足摺岬は観光地、旅行先になるという。

 たしかに一苦労の道のりではあった。でもこれは、高知市街から150キロの距離を走破する価値がある。

 あまりに素敵な眺めだったので、動画も撮ってみた。

朝8時の足摺岬(約40秒のyoutube動画)

 ゆっくり走る漁船が味わい深い。
 今日もまた清水サバをたくさん載せているのだろうか。

 天狗の鼻にも展望台が見える。あそこからなら灯台が見えるのだろう。

 テケテケ歩いて行ってみた。

 すると……

 やっぱり絶景♪

 この一連の眺めは、木戸銭を払う価値ありだ。

 ところで、この足摺岬散策路は木々のトンネルになっているところが多く、椿がトンネル状になっているところが多い。

 ちょうど椿の花の季節だから、うまくすれば花のトンネルになってるかも……

 ……と期待していたのだけど、今年は寒波が強すぎるのか、まだピークには早いようだった。

 陽当たりのいいところに一輪二輪咲いている程度でしかなかった。
 もっとも、たとえ花は疎らでも、木々が作るトンネルは、木漏れ日ともども素敵な道だ。

 崖上ではサクナがチラホラ生えていたほか、沿道にはチイパッパことツワブキがたくさん茂っている。

 このツワブキは人の手で植えられているものだそうなのだけど、途中には「採らないで」というお願い看板も見えた。

 ツワブキを誰が採るんだろう?

 と思ったら、こちらの土地ではツワブキは食料だそうで、炒めて食べれば美味しいんだとか。

 ところで、この展望台周辺や沿道に、土がほじくりかえされている場所がそこかしこにあるのがとても気になった。

 草木の手入れをしているというには荒っぽすぎるし、作業の途中というわけではなさそうだし、造成というほどの規模でもない。

 いったいなんなんだろう? 

 散策路の途中には、探せばサワガニがいそうな小川も流れていて、小さな橋が渡してある。

 高知にて、初めて沈下橋(?)を見た。

 そんな散策路の標識に「ビロウの自生地」という文字が。

 ビロウっていうのは……

 どうやら沖縄でいうクバの本名のようだ。沖縄ではその葉が琉球民芸品のクバ笠の原料になっている植物である。

 高知もこのくらい南になると亜熱帯の植物群が観られるようで、こうしてクバも自生している。
 といっても、他にチラホラ見られるくらいで、密生しているのはホントにこの一角だけだった。

 足摺岬散策路はこのあたりが西端だ。
 来た道を引き返すのではつまらないから、ここからいったん県道27号に出てみる。

 県道27号線は足摺半島をグルリと巡る道路で、山の中にバイパスができる以前は、この地方にとって他地域へ繋がる唯一の陸路だったらしい。

 今なおこの地域の人々にとっても我々観光客にとっても大動脈といっていい県道27号線は……

 狭ッ!!

 これ、相手が大型車両だとすれ違えないですけど……(ところどころに避難スペースあり)。

 県道27号がこれほど狭いのは足摺半島南端部の限られた部分だけながら、グーグルマップの航空写真で観てみると、鬱蒼と茂っている木々に覆われ、道が途切れているようにすら見えるほど。

 県道といいつつ、規模はほとんど散策路だ。
 そんな道をテケテケ歩く。

 このあたりがちょうど、航空写真で道が途切れているように見えているところだろう。

 道の左右は山肌が露わになったままで、地表に出てしまっている木々の根が、行き場を失って絡み合っているかのようだ。
 これって、この道を作るために山をえぐり倒した状態のままってことなんだろうか?

 いったん元の駐車場に戻り、今度は灯台を目指す。

 すぐ近くにある金剛福寺という札所があるからだろうか、この散策路には弘法大使ゆかりの「足摺の七不思議」と名付けられた場所が十数ヶ所くらいあるそうで(「七」不思議じゃないじゃん、などと言ってはいけない)、そのうちのいくつかは見てみた。

 そのひとつが、地獄の穴。

 説明にいわく、この穴に硬貨を落とすと、チリンチリンと音を立てながら落ちていきますとのこと。
 そりゃそうだろう、と思ったら、さらに続きがあった。

 「穴は金剛福寺のすぐ下まで通じているといわれています」

 んなわけないやんッ!!

 …とツッコミつつも、きっと誰もがやりたくなるであろうことといったら、

 「硬貨じゃなくて石ころでも同じなんじゃね?」

 しかし敵(?)もさるもの、地獄の穴の入り口は……

 硬貨専用になっているのだった。

 七不思議といってもおおむねこのような感じのものなので、わざわざすべて制覇する必要はなさそう。

 ほどなく、灯台に到着した。

 灯台には入れないけれど、周囲をグルリと周れるから、海側からも眺めてみる。

 青空に白亜の塔が輝く。

 足摺岬のビジュアルといえば、この灯台が写っている写真ばかりだから、逆にこの灯台から眺めた海の風景は目にする機会がない。

 なので灯台から西側を眺めてみた。

 ビューティホーではあるけれど、たしかにパッとはしなかった…。

 散策路はここからさらに西へと続いている。
 散策路にある標識上では、目指す場所は500メートル前後の距離のようなのだけど、その道のりは……

 登りあり……

 …下りありの起伏の連続。

 地図で見た直線距離は数百メートルでも、垂直変化を実測すればもっと長いような気がする。

 そうやって階段を上り下りした果てにたどり着くのがこちら。

 白山洞門と呼ばれている巨大な崖だ。
 海まで降りる階段の途中からこうして見ると、ただの絶壁にしか見えないけれど、下まで降りて真正面に周ると……

 まるで凱旋門のような形をしていることがわかる。

 このような波の浸食によって形成された洞、すなわち海食洞としては日本最大級なのだとか。

 奥行が15メートルもあるというトンネル内に、波の音が響き渡る。

 この洞の上に、小さな祠があった。

 ズームイン。

 白山神社のご神体が祀られているという。

 この海辺に下りる階段の途中には、この崖の上の祠に参るための参道の入り口がある。

 しかしその先に続く参道はほぼほぼ登山かロッククライミングかという世界で、参拝は命懸けになってしまいそうだ。
 だから白山神社の宮司さんも、このようにお願いしておられる。

 宮司さんはここを登るのだろうか??

 そんな日本最大級の海食洞、白山神社のご神体が祀られている白山洞門。
 穴の向こうはもちろん海、そして角度によっては……

 ハートに見える♪

 ハートマーク大好きな日本人のこと、こんなことが公になってしまおうものなら、白山信仰が蔑ろにされかねない観光スポットになってしまうかも??

 白山洞門のさらにその先の、アロウドの浜を眺めてみる。

 もちろんこのあたり一帯も足摺宇和海国立公園の区域で、自然海岸がものの見事に保全されている。

 周りを海に囲まれた日本ならどこにでもある……と思っているうちに、すっかり絶滅危惧風景になってしまった自然海岸。
 こうして見るとスケール感がわからないだろうから、対人比のプロにご登場願おう。

 足摺岬で海辺に下りられるとは思ってもいなかったオタマサ、ここぞとばかりに太平洋タッチ。

 この素敵な海岸の背後に、足摺岬小学校がある。

 通っている児童にとっても地域の方々にとってもフツーに当たり前のことなんだろうけれど、なんの変哲もない田舎で育った身にとっては、全国に名が轟く地名を冠した小学校って、なんだかとってもカッコいい。

 昭和29年からこの名になったという足摺岬小学校は現在、児童数20名くらいだそうで、ご多聞に漏れず少子化・過疎化で先行きは不透明なのだろう。
 統廃合で土佐清水市街地までスクールバスで通学…なんてことにならないよう、地域の頑張りを応援します。

 白山洞門をあとにし、散策路に戻った後、再び階段を登り降りするのはしんどいので、ここからの帰りも県道27号に出て駐車場まで戻ることにした。

 やはりこのあたりも樹木に覆われた狭い道なので、県道といってもほとんど遊歩道状態だ。

 沿道の木に、やたらと立派なサルノコシカケがついていた。
 よく観ると、その端にセミの抜け殻がついている。

 もう2月だというのに、いったいいつからここに付いたままになってるんだろう、抜け殻。

 セミどころではなくビックリした昆虫もいた(以下閲覧ご注意!)。

 樹木の名札のそばに、なんとこの虫が!!

 カマキリ先生なら大興奮間違いなしの、サツマゴキブリ。
 まだ幼齢なのにこのデカさである。
 寒さのあまりか不活発ではあったけれど、棒でつつくとちゃんと身じろぎした。

 屋外の朽木や枯葉の下などにいるゴキブリで、分布の中心は熱帯・亜熱帯地方。
 だから学生の頃、沖縄で初めて目にした時はその巨大さにビックリたまげたモンザエモンだった。

 ただし「薩摩」ゴキブリというだけあって、九州の広い範囲にも分布しており、ここ高知県も従来から分布域に含まれていたらしい。

 さすが亜熱帯の植物群落がある高知県、サツマゴキブリも生息しているのだ。

 ちなみにこのサツマゴキブリは、昆虫を扱うペットショップで販売されているほど、変態社会では人気がある。

 なかには逃げ出してしまったものもいるのか、近年は本来分布していなかったところでも観られるようになっているという。
 温暖化も手伝って、ジワジワと日本での生息地は広がっているようだ。

 「こんなの見たくない」と避けていても、向こうが避けてくれなくなる日は近いかも。

 今のうちに写真で慣れておくことをオススメいたします……。

 サツマゴキブリもいる沿道に、こんな看板も出ていた。

 へぇー、イノシシもいるんだ……。

 その時ワタシの額の前で、稲妻のごときスパークが音を発してキラリと輝いた!

 冒頭、展望台方面を歩いていた際に沿道にで目にした、土をほじくりかえしたような跡。
 あれってひょっとして、このイノシシが犯人なんじゃ??

 とっても気になる。
 でもこの看板からじゃそこまでわかりようがない。

 そうこうするうちに駐車場に戻ってきた。 
 公衆トイレがある建物内には観光案内所がある(冒頭のジョン万次郎大河ドラマ化運動の貼り紙があったところ)。

 イノシシもやっぱり……観光だよね?

 ってことで、案内所の中でおんちゃんたちがゆくっているところを失礼して、ドアを開けて訊ねてみた。

 あのぉ、まことにつまらぬことをお伺いしますが……

 すると、とっても親切そうなボランティアガイドのおんちゃんが出てきてくれた。

 ところどころで見られるあの土をほじくりかえしたような跡って…

 そこまでいうと、やおら嬉しそうな顔をするおんちゃん。

 「なんだと思われますか?」

 イノシシですか??

 「そのとおりです!!」

 やっぱイノシシのシワザだったんだ!!

 おんちゃんこと土佐清水市観光ボランティアガイドの濱田さんによると、うりん坊もチョロチョロ歩いていることもあるという。

 でも、食べられる実がなっているわけでもないこのあたりで、いったい何を求めて土をほじくりかえしてるんですか?

 なんと答えは「ミミズ」だった。

 それもフツーのミミズではなく、シーボルトミミズという名の特大ミミズなのだそうだ。

 調べてみるとシーボルトミミズは日本最大級のミミズで、最大40センチにも達するという。
 ウナギ釣りの餌などにも利用されるそうな。

 ちなみにシーボルトという名(学名も種小名はsieboldi )はあの長崎の出島で活躍した医師シーボルトにちなんでおり、彼が日本から持ち帰った標本が基になっているそうだ。

 濱田さんによると、このあたりではこのミミズのことをカンタロウと呼ぶのだとか。
 でまたイノシシがことのほかこのカンタロウを好物にしているといい、それを求めて園内の土をほじくりかえしているそうである。

 そうかぁ、やっぱりイノシシだったか!!

 いろんな謎がきれいさっぱり解けたのは、これすべてボランティアガイド濱田さんのおかげ。
 ひとつ訊ねれば10応えてくれる高知県民気質は、どう考えても観光ボランティアガイドに向いていると思われる(ツワブキの利用法を教えてくださったのも実はこの方)。

 濱田さん、ありがとうございます!

 「イノシシが一緒に写っちょる!思われたら困るき…」などと照れつつ一緒に写ってくださった。

 暖かな太陽の下、たっぷり2時間半の足摺岬散策は、こうして終了した。

 襟裳岬の春には何も無いそうだけど、足摺岬の冬は見どころタップリ。

 見上げれば、前日には1ミリも見ることができなかった青空が広がっている。

 昨日は涙のレイニーロードだった「足摺サニーロード」も、今日は思う存分実力を発揮してくれることだろう。

 さあて、ドライブと行こう!