I廻旋橋

 この日のお昼は、この伊根の舟屋の町にあるお店で、へしこ寿司をはじめとする海の幸に舌鼓を打とうと思っていた。
 が、すっかり雨模様になって、しかも遊覧船での伊根湾めぐりを終えた我々は、伊根湾の端っこからさらにはみだしたところにある日出地区にいる。

 目の前にバス停があるというのに、そして日に何本とないバスが来る時間まであと少しというのに、雨の中、来た道を再びトボトボと歩いて戻るのはなんだかなぁ…。

 というわけで、へしこ寿司その他この地の海の幸に後ろ髪を引かれつつも、次なる目的地へ向かうことにした。

 次なる目的地は、本来ならこのまま国道178号を進み、丹後半島をグルリと回ってしまったほうが早い。

 ところが!!

 なんと冬季の丹海バスは、伊根町から先の丹後半島を回ってくれないのである。
 さすが雪深い日本海沿岸のバス。その営業期間は、まるでオフシーズンのクロワッサンのようにクッキリハッキリしている。

 そのためバスしか交通手段を持たない我々は、ひとまず天橋立まで戻り、そこからさらなる目的地へと向かわねばならない。

 いささか振り出しに戻る感が否めないがしょうがない。

 というわけで、お昼時に再び天橋立に戻ってきた。
 あ、そうそう、伊根湾めぐりの遊覧船のりばからもう少し先に、この伊根湾の神事の際に活躍する手漕ぎ舟の艇庫があった。
 どうやらハーリーやペーロンとその起源を一にするもののようで、ここ伊根湾でもハーリーのような競漕をするらしい。

 もう少し先まで歩いていれば、この舟を間近でじっくり拝むことができたろうに、その存在に気づいたのはバスの車窓からなのだった。

 で、天橋立到着。
 しかしそこからタイミングよく汽車が接続しているわけではない。
 ちなみに、全行程の電車やバスの時刻表チェックは、すべてオタマサが行なっている。
 時刻表に所狭しと書きつらねてある数字を見ただけで眩暈がしてしまう僕とは違い、さすがフォレスト・ガンプ、オタマサは昔から時刻表を見てあれこれ調べるのが、芝生の雑草を抜く作業と同じくらい好きだったという。

 おかげでこの旅行での僕は、な〜んにも考えずにただ歩いているだけだ。

 さてさて、目的地へ向かう電車は何時発?

 え”!?まだ2時間先??

 なんてことだ。
 でもまぁ、2時間に1本あるかないかという路線なのだからそれも仕方がない。
 であれば、雨は降っていないことだし、せっかくだからこの間に、廻船橋が動くところを見てみよう!!
 2時間もあれば、一度くらいは橋も動いてくれるだろう。

 前日の昼にも寄ったお店で軽く生ビール補給を済ませ、さっそく廻船橋へ赴いた。

 すると……!!

 いきなり廻船橋、直角状態!!

 まさに今、船通らんとす。

 そして、大画面の真上から進み行く「スターウォーズ」のデストロイヤー艦のように、2隻の土砂運搬船がゆっくりと力強く通過していった。

 たしかにこれじゃあ、橋が架かったままだと通れないや。

 その間、橋の上で待っている人々。

 船が通過し終えると、やがて橋は元の状態に戻る。

 動く橋の上で傘を差しているのは、うっかり取り残されてしまった観光客…………ではなくて、警備員さん。
 昨日は詰め所で起きてんだか寝てんだかわからない様子だったけど、ちゃんとやるときはやるようだ。

 いやあ、それにしてもなんというタイミングの良さ!!
 着いていきなりだものなぁ。

 ……って、ちょっと待てよ。
 2時間あれば見られるだろうというところ、食事で多少の時間を費やしたとはいえ、いきなり目的達成してしまったぞ?

 まさかもう一度天橋立を歩くわけもなし、はて、どうしよう?

 そうだ、せっかくだから……

 智恩寺をお参りしておこう。
 前日は山門を眺めるだけでスルーした境内に入り、文殊の知恵にあやかれるよう、文殊堂にお参り。

 やはりここも年末らしく正月前の準備がなされていて、元旦から始まる 稼ぎ時  賑わい に備え、静かな待機状態といったところだった。

 まだまだ時間はあった。
 が、朝からかなり歩き回っているためにそろそろ腰に来た。
 ここはひとつ、暖かい駅の中で椅子に座って休憩し、汽車を待つことにしよう。

 荷を降ろしてホゲーとしていると、伊根町の観光ポスターが貼ってあるのが見えた。

 おお、この右端に写っている建物は、我々がお世話になった太平荘ではないですか!

 ついひと月前までは、伊根の舟屋がいったいどこにあるのかということさえ知らなかった僕だけど、フフフ、たった一晩ながら現地に滞在した今では、これがどこから撮影されたものか、ひと目でわかるぞ。

 未知の世界だった場所が、まがりなりにも可視範囲の世界に変わる。
 旅行って素晴らしい。

 屋根に雪をいただいた姿がステキだった舟屋群も、春になればこんなに見事な桜を楽しめるのかぁ……。
 かなうことなら、いろんな季節に訪れてみたい。

 休憩しているだけで場所をとっていては申し訳ないので、構内のキオスクで「天橋立オイルサーディン」を買った。
 以前さく奈やさんからいただいた同シリーズの缶詰が激ウマだったのだ。そこでオーソドックススタイルのオイルサーディンをゲット。

 そうこうするうちにようやく汽車の時刻になった。
 ここから目的地までの「普通電車」は、なんとなんと1両。

 このたった1両の汽車に乗りたかったために、30分ほど前の特急をパスした我々である。これで混み合っていて立ってなければならないなんてことになったら目も当てられないところだけど、幸いにもというか当然ながらというか、車内は空いていた。

 雪深い丹後の地をゆく1両の汽車。
 途中、野村監督の故郷・峰山を過ぎ、さらに汽車は行く。

 そして到着したのが………

 ここだ!!

 どこだ?

 さすがにこれじゃあ、京都人でもおわかりになるまい(笑)。