ヴィラメンドゥ潜水日記


12月3日の続き

ヴィラメンドゥのチャボたち

 昼食後、部屋に戻ると、部屋の前で一羽の黒い若鶏がピーピー鳴いていた。随分人に懐いているようである。
 最初にチャボを発見して以来、そこかしこでチャボを見つけ、いろんなサイズのヒヨコもたくさんいて、ああここはチャボ天国だ、とすっかり満足していた我々であったが、僕らの部屋の周辺を縄張りにしているグループもあることを知った。近くのサンセットバーでエサを与えているスタッフがいるからのようだ。この若鶏はそのグループでは虐げられている弱っちいやつらしく、我々は「情けない君」と名付け、以後かわいがるようになった。

 部屋の前にはそのほかにも情けない君をいじめるメンドリ(いつもエサをねだる図々しいヤツなのでズーズーと名付けた)、小さなヒヨコを連れているメスが2羽、そして我が家のチャボのボスであるクイと茶々坊を混ぜたような威風堂々たるオス(クイ茶々)、そしてゴマ模様のセサミ、クイ茶々とセサミの合いの子のようなヤツ(写真)、という具合に、かなりたくさんのチャボたちがウロウロしていたのである。

 いったいオスたちは島じゅうで何羽いるのかはわからないが、うちのチャボたちと同じ鳴き方をするヤツもいたものの、中にやけに音節の多いヤツがいたのには笑った。
 普通、ニワトリの鳴き声を文字にするときは
 コケコッコー
 と書く。ところがどう聞いても
 コッケッケコッココー
 としか聞こえないのだ。音節が異常に多いのである。
 どいつがそう鳴いていたのかはついにわからずじまいだったけれど、ところ変わればチャボの鳴き方まで変わるということを知ったのであった。あれはチャボ版ディベヒ語なのだろう。

 さて、第一目的であるチャボたちとの出会いを充分すぎるほどに味わった後、満を持して一本潜った。このうえ海でもいろんな魚に出会えるなんてシアワセである。

サンセットバーでほんの少し考えた

 長いダイビングを終えて部屋に戻ると程良い時間になっていた。
 黄金のビールタイムである。
 部屋のミニバーにあるビールは4ドル弱、サンセットバーのジョッキなら3,3ドル。これなら文句なくジョッキでしょう。
 ということで、部屋から近いということもあって、のこのことサンセットバーまで出かけ、ビールを飲んだ。
 それにしてもヨーロピアンというのは夕陽が好きだねぇ。その他の場所ではレストラン以外にこれほど多くの人を見かけない、というくらいサンセットバー前のビーチでは大勢がくつろいでいた。
 ヴィラメンドゥは基本的に砂浜部分が大きくないのだけれど、この西の端はラグーンが広がっていることもあって砂が堆積していて、小さな島だったら半周分に相当するくらいのビーチになっている。
 夕陽を見るには絶好のシチュエーションなのである。
 まだ日が高く暑かったので僕らは屋内の扇風機の下でグビグビやっていたが、ヨーロピアンたちはほとんど日の下でサマーベッドに寝転がっていた。ヨーロッパの太陽は絶滅してしまったのだろうか。
 夕陽を見るのはいいけれど、毎日毎日大勢で集まるというのも変な感じだ。
 彼らからすれば、僕らが普段毎日のように水納島で見ている夕陽だってとびきりのシチュエーションなのだろうなぁ。
 そう考えたら、僕らはいったいこの島に何を求めてわざわざ水納島から来ているのか、という根元的疑問にぶち当たってしまう。
 太平洋とインド洋の魚の違い、というのはマニアックな部類の話だし、チャボがいるから、なんて人も他にはいないだろう。
 でも、沖縄に住んでいる我々だって、モルディブに求めるモノがある。

 そうなのだ。ビーチにサマーベッドをおいてビールを飲んだり、半水面写真を撮ったり……。そういうことに適したベストシーズン中は、僕らは無休で働いているのである。
 この寒い季節に誰がビーチで寝転がるだろう。サマーベッドを用意するだろう。
 そんな人を見たら、僕だって変な目で見てしまう。
 でもきっとそんなことだけではない。ハッキリ意識はしていないけれど、モルディブのようなところに来れば、今の沖縄が失いつつある何か大事なモノに出会えるのではないか。などといういくらか高尚なテーマも内在しているに違いない。
 それがなんだかわからないけれど、とにかくそういうことなのである。

 冷えたタイガービールの生は、のどごしくっきり味わいすっきり。心地よく疲れた体の隅々まで染み渡る。酔いが回り、心地よくなり、もう難しいことは考えられなくなっていった。

サギは舞い降りた 

 ようやくサンセットっぽくなってきたので、外に出て砂浜に腰掛けボーッと過ごした。
 傍らに猫がいた。
 まだ若いその猫は、まったく人を拒まなかったので遊んでやっていると、そのうちにそばで寝転がってくつろぎ始めた。人が穏やかでいると、猫までそのように育つらしい。

 空は茜色に染まり、浜を歩く様々な人たちがみんな美しいシルエットになり始めた頃、一羽のサギが舞い降りてきた。
 日よけパラソルの傍らに佇む一羽のサギ……。ああ、モルディブですなぁ。
 あまりにもフォトジェニックだったので、カメラを持っている人たちがこぞって遠目から写真を撮っていた。
 このサギは人をあまり恐れず、桟橋や砂浜で普通に見られるのだけれど、誰もがつい写真を撮りたくなる鳥である。さすがモルディブ、と思っていた。
 ところが、帰国後に行った京都・二条城のお堀でまったく同じ鳥を見てしまった。お城をバックにしていい具合に飛んでいるのだ。
 どうやらコイツは、世界中でフォトジェニックシーンを演出しているようである。

 ダイビングワールドだったか何だったかで、サミー氏が
 「欧米人は夕陽好きだけれど、彼らは本当に美しい時間帯を知らない。陽が沈んでしばらくたった空が一番美しいのに、みんなとっととその場を後にする……」
 というようなことを書いていたので、みんな太陽が沈んだ途端に帰るのか、と期待していたのだが、み〜んなそのまま夕景を楽しんでいたぞ。この日の日没後の空は素晴らしく、もうこれだけで来た甲斐があった、と言ってしまいそうだった。

醤油持参は是か非か

 夕食は7時半からである。暗くなってからしばらくのちなので、うっかりベッドで休憩してしまうとディナータイムが終わってしまうから気をつけなければならない。
 僕の腹時計は通常であれば機能抜群ながら、時差の都合でまだ正常に働いていない。そのあたりのことは充分自覚していたのでぬかりなく食事にありつけた。

 昼間と同じ席に着き、迷うことなくビールを頼む。レストランもバーも料金は同じだ。
 昼はジュースすらケチったが、やるときはやるのだ。以後やってばかりだったが。

 ビュッフェ形式の食事の場合、何が美味しいのかわからないうちは少しずつとって、美味しかったヤツをたらふく食う、というパターンを確立している僕ではあるが、なんだかどれも美味しそうに見えてしまうからやっかいである。ついついどれも多めにとってしまい、あたりもハズレもすべて食ってしまうと結局それだけでおなか一杯、ということになってしまう。
 くやしいから美味しかったヤツを無理矢理おかわり、なんてことになり、連日「食い過ぎたぁ」と呻くことになるのだ。
 だんなの「食い過ぎたぁ」というのは百万回くらい聞いた、とはうちの奥さんの弁。

 他のリゾートを知らないから料理の比較はできないけれど、とにかく僕にとってはあと一息調味料を加えたらなぁ、というのが多かった。
 ダイビングサービスのスタッフたちも同じレストランの片隅で食事をとっているのだけれど、彼らのテーブルに並んでいたいろんな調味料を見てもそれがわかる。
 短期間の旅行中、現地でわざわざ日本の味を食うというのはあんまり感心しないことながら、これ醤油がかかってたらうまいだろうなぁ、という料理がたくさんあった。
 そもそも魚も肉もウェルダンなやつが多いので、肉自体がジューシーではないから薄味だと物足りない。
 でも、調味料のコーナーにピリ辛の赤いソースがあることに気づいてからは、とにかくそれを使うことによって僕向けのエスニックフードに早変わりさせることができた。
 また、頼めば有料でケチャップの瓶を得られるようである。
 サラダ類もかなり豊富で、ドレッシングも各種あった。
 うちの奥さんは、もうただひたすら、自ら作らずに飯を食えるシアワセに浸っていて、皿に盛ってくるのはビールのつまみ状態であった。僕などは最初からカレーとご飯を盛ってしまったりしていたので、必然的に腹は膨れていった。

コミュニケーションは名詞の交換から?

 ウェイターとは互いに母国語でない言葉を使って会話をするわけだから、名刺の交換ならぬ名詞の交換は非常に大事なコミュニュケーションである。
 きっと大昔から、異世界において言葉を交わすキッカケは、名詞であったに違いない。
 探検家がアボリジニにあれは何だ?と訊いて、知らない、という意味で「カンガルー」と答えたためにカンガルーという名になった、というのは有名だがホラ話らしい。でもたいていはそんなやりとりが言葉の交流のキッカケであろう。

 レストランにおいての話題はもっぱら食べ物になる、と思われるかもしれないけれど、僕らの場合は花だった。
 2日おきくらいでテーブルの花を代えてくれているのだ。
 水納島のおじいおばあたちもそうだけど、南の島の人々というのは草花に関しての造詣が深い。
 ここでも、やはりウェイターともなればみんな詳しかった。

 我らがシャフィーは何を訊いても答えてくれた。
 初日テーブルにあったのは日々草(ニチニチソウ)であった。
 これは何というのか、と訊くと、
 「トレンディリマー」
 とのことだった。
 日本語ではこれを日々草といい、日々とはつまり
day dayだ、というようなことを伝えると、デーデーと言うとモルディブではgive me give me という意味になる、と教えてくれた。花一つでも食事時の楽しい話題になる。
 ちなみにその後テーブルを彩った草花はすべて訊いておいた。
 バラ………………フィリフェンマー
 ハイビスカス……サイマー
 ブーゲンビリア…ブーガンマー
 という。もうお気づきになりましたね。そう、すべてにマーとついているのだ。マーはすなわち花という意味なのだそうである。

 このうち、テーブルにあったフィリフェンマーはピンク色で、ピンクとはフィアトゥシというのだそうだが、フィアトゥシなフィリフェンマーがモルディブの国花だそうである(写真)。

 ポリネシアなどの南洋諸島と違って、言語的に日本人には発音しづらい音が多いので、カタカナ表記が当たっているかどうかはわからない。とにかくいろいろと訊くだけでも楽しい。
 こちらがキチンと覚えていれば、彼らも熱心にいろいろ教えてくれるのだ。教えてくれてもいっぺんに覚えられない場合は、ボールペンを借りて手の甲に書き、帰ってからノートに書き込んでおいたこともあった。
 翌日に、シャフィーがこの花は何だ?と訊いてきたときに、すかさず僕は傍らのノートを広げ、 フィリフェンマーだ、と答えて以来、彼のディベヒ語講座も力が入ってきたのであった。

 レストランを見回しても、どうやら日本人は我々二人だけのようだった。
 一般的には、現地でダイバー同士が知り合う、というのは旅の楽しみの一つのようだけれど、僕らはおかげさまで毎年大勢の日本人ダイバーと知りあいになっているので、わざわざ旅行中に知り合う必要がないからできればなるべく日本人がいないところが良かったのだ。
 ヴィラメンドゥに来た甲斐があった。

 食事を終え、散歩がてら桟橋に行った。静かな海の音はどこで聞いても心が安らぐ。
 波打ち際では、たくさんのツノメガニとミナミスナガニが波と追いかけっこをしていた。
 桟橋の先まで行くとその下はもうドロップオフである。光を慕ってか、グルクンがたくさん群れていた。本来であれば赤くなって岩の隙間で寝ている時間なのに。リゾート地のグルクンたちは深夜徘徊が許されているようである。

 部屋に戻り目の前の浜に出てみると、空には満天の星。プレアデス星団が実にハッキリと力強く輝いている。
 半月が空に登っていてさえこうなのだから、月が無ければさらにもの凄い星空だったに違いない。 
 月明かりに照らされた砂浜にはサマーベッドが置いてあった。寝転がり、夜風に当たりながらしばらく星を眺めていよう。
 こんなにロマンチックなシーンにもかかわらず、ほんの数分でうちの奥さんは寝息を立てていた。

 初日はこうして夜が更けていった。部屋に戻り、早々に爆睡した。