Lえびや旅館

 山形駅前にあるバス乗り場にて、蔵王温泉行きのバスに乗車。
 シャトルバスというわけではなく、フツーに路線バスなんだけど、終点蔵王温泉バスターミナルまで乗るヒトは、あらかじめ券売所でチケットを買っておく決まりになっていた。

 どうせ終点まで行くヒトしか乗らないんだろうから、いっそのことシャトルバスにしちゃえばいいのに……と思っていたら、案外途中で降りる地元の方もいらっしゃった。

 全国にその名が轟く蔵王温泉行きのバスながら、なにげに地域の足なのである。

 初上陸(?)の山形市は、さすがに雪があるとはいえ、ここから小一時間でスキー場になるの?ってなくらいにフツーの街。
 ホントにこの先にそんな雪深い土地があるんだろうか???

 ……という素朴な疑問は、バスがやがて坂道を登り始めるようになってから氷解した。

 標高が高くなるにつれ、どんどん窓外は雪の世界に。

 そしていよいよ終点の蔵王温泉バスターミナルに到着。
 さすが天下のスキー場である。
 山形駅周辺はさほど雪を感じさせなかったにもかかわらず、標高900メートルほどまで来ると………

 〜♪追いかけてぇ〜〜雪国ィ〜〜〜

 ここ3日間も雪は随所で見てきたけれど、これぞまさしく銀世界!!

 しかもここは蔵王である。
 寒いだけじゃない。
 もちろん……

 日本最古の温泉地♪
 文字通り湯水の如く溢れ出る温泉が、惜しげもなく町のあちこちに流れ出ている。
 湯煙が素晴らしい………。

 湯煙のそばを歩いているだけで、その硫黄臭のせいかマイナスイオンのせいか、体に良さげな雰囲気があたり一面に満ち溢れている。

 この蔵王で我々がお世話になる宿は、開湯1900年を誇る蔵王温泉のなかでも老舗中の老舗といっていい高湯通りの奥の奥、温泉神社でもある酢川神社の参道の階段手前のえび屋−Mさん……じゃなかった、えびや旅館さん。

 あらかじめ告げてあった時間どおりに到着。
 ところが、玄関に入ってもヒトッコヒトリーヌ。

 あれ?

 声をかけても音沙汰がない。
 いきなり民宿大城モードが面白かったものの、誰もいないんじゃちょっと困るので、しょうがないから電話をした。

 すみません、本日から予約していたウエダですけど…………今玄関にいます。

 まさか玄関から電話がかかるとは誰も思うまい。
 慌てて女将さんが奥から駆けつけてくれた。

 その後女将さんとは朝夕の食事の際にいろいろとお話をする機会があったので、おかげでいろいろな豆知識もご教示いただいた。

 このえびや旅館さん、なんと創業は江戸時代という超老舗である。
 今でこそ蔵王温泉などと言われているけれど、もとより当時スキー場などあったはずはなく、江戸の昔からこのあたりは高湯温泉と言われていたのだそうな。
 人々はただ温泉を目当てに、この蔵王山麓にまで湯治に来ていたのだ。
 湯治に来て癒されても、帰りの行程でまた元の木阿弥になるんじゃ??

 昔の人々は健脚だったのである。

 なにしろ開湯1900年、ウワサによれば、ヤマトタケルの東征に同行したナンタラタガユというヒトに由来するらしい。
 ヤマトタケルってあなた……。

 ちょうどその頃、ローマ世界はテルマエ・ロマエ。
 ひょっとしたらアベヒロシは時代を超えずに場所だけワープし、ヤマトタケルに同行しながら温泉を探していたのかもしれない……。

 当地を訪れた歴史上の著名人は数多く、八幡太郎源義家も西行さんももちろん芭蕉も、この地で詠んだ歌を残しているようだ。

 まったく関係のない話ながら、このうちの芭蕉の句で僕はひっかかってしまった。
 最後の「郭公」、かっこうとそのまま読むと字足らずだし味わいも無い。
 じゃあいったいなんて読むんだろう?カッコウの別名ってあったっけ?

 調べてみたら、なんとなんと、カッコウの別名は「閑古鳥」。
 ウィキペディア的知識によれば、「古来、日本人はカッコウの鳴き声に物寂しさを感じてきた」のだそうな。

 ってことは、クロワッサンの頭上では、いつも

 カッコー………カッコー……

 って声が飛び交っているわけか。
 ともかく、郭公をその別名の「かんこどり」と読めば、字数バッチリで物寂しさも加わるわけね。

 ちなみに芭蕉には、閑古鳥を詠んだ別の歌もあった。

 憂きわれを さびしがらせよ 閑古鳥

 芭蕉って…………鬱??

 さてさて、当時からここは本来、閑古鳥とは無縁の高湯温泉。
 だからこのあたりの年配の方からすれば、戦後についた「蔵王温泉」という呼称はちゃんちゃらチャラオってなもんだそうで、今もなお誇り高く「高湯温泉」というそうな。

 いつごろ撮影されたのか詳細はわからないけど、少なくとも戦前であることはたしかな昔のえびや旅館さんの様子。


旅館内の廊下に設けられていた資料コーナーにあった、
昔の絵葉書集のうちの一枚。

 そりゃ冬はとんでもなく寒かったろう。しかしこういう風情っていいなぁ……。

 ちなみに2階左端にある「岡崎勘四郎」という名前が気になったので、女将さんにうかがってみた。

 それによると、このえびや旅館さんのお名前がそもそも岡崎さんで(蔵王では石を投げれば岡崎さんに当たるほど多い姓らしい)、ご当主は代々「岡崎勘四郎」を襲名するのが習わしなのだとか。

 なんだか歌舞伎みたい……。
 現当主、すなわち女将さんのご主人は、まだ襲名にはいたってはいないとのことだった。

 そして今は、

 昔の面影を残しつつも、しっかり近代化した姿になっている。
 面白いのが、このあたりの宿やお店で普通に見られた、入り口の2重構造。いきなりチョー冷たい外気が入り込まないようにするためだろう、本来の玄関と外の間に、ワンクッションを置くスペースがサンデッキのような感じである。

 サンデッキ(?)の内側にある本来の玄関には、昔を偲ばせる看板が掲げられていた。

 ロビーで説明を受けたあと、部屋へ案内してもらった。
 我々が仙台に滞在していた3連休はさすがにバタバタしするほどの大賑わいだったみたいだけど、春休みでもない平日ともなれば、いたって平穏な雰囲気。
 明日のためにちょこっと用があったので、チェックイン後にひとまず散策をかねて外出した後、いよいよ温泉へ!!

 蔵王温泉といえば白濁の湯である

 うちの奥さんは随分前から、遠い目をしてそう語っていた。
 温泉マニアではないものの、何度か訪れている温泉地。白濁の湯といえば、まだ水納島に引っ越してくる遥か前に行った奥鬼怒は八丁の湯以来のことだ。

 何がどうでどうなるなんてことはまったく知らない温泉成分ながら、同じ入浴剤でも紫色のラベンダーの湯よりは登別の湯の白のほうが体に良さげな雰囲気がぷんぷん漂う。
 それがホンマモノの白濁硫黄泉ともなれば、きっと体が20年分くらいリセットされるに違いない。

 期待に胸を膨らませて、いざお風呂へ!!


 
いつ入っても他に誰もいないので、
しまいにはカメラを持って入ってみた半露天風呂。

 江戸の昔から続く宿は温泉も自家泉源で、温泉表示的源泉名は「海老屋源泉」。

 泉質・硫黄泉。
 湧出量・毎分約200リットル
 温度・47.5度
 使用量・毎分約50リットル

 そしてそのphは……

 1.45!!

 1.45ってあなた、無敵不沈艦の第3艦橋が解け落ちてしまったガミラス星の海に匹敵するんじゃね??
 20年分のリセットどころか、身体ごと無くなるんじゃ……?

 まさかそんなはずはないけれど、入浴の際の注意ってことで、

 「温泉が生地に着きますと衣類が傷みますので、身体を良く拭いてください」

 とあった。
 恐るべし、強酸性。

 男湯、女湯に別れているお風呂は、24時間いつでも利用可能で、内湯とそこから続く半露天のどちらも、もちろんのことずーっと掛け流し。

 だから湯船に入るときは、ワタシの温泉での至福の瞬間である、

 ザーーーーーー……………

 をいつでも味わえる。
 湯船の縁から均一に流れ出すこのビロードのような輝きを見るだけで、

 「ニッポンって…………………いい国だなぁ」

 思わずスネークマンショーになってしまう(意味わかりますか?)。

 滞在中、1日平均3度ずつ入ったけれど、結局ずっと貸切状態だったおかげで、思う存分ゆったりさせてもらった。

 至福の時間は温泉だけではない。
 もちろん食事も!!

 海辺の街仙台とは違い、山深い蔵王ともなれば、鮮度高い海の幸を求めるのは無理というもの。
 そのかわり、山の幸♪

 そしてここ蔵王は、ジンギスカンで名を馳せているのだ。
 ジンギスカンといえば北海道とばかり思っていたら、いつの間にやら蔵王の名物にもなっていた。

 水納島の民宿に泊まれば、一泊目の食事はたいていバーベキューであるってことを考えれば、初日は間違いなくジンギスカンに違いない。

 はたして……

 やっぱりジンギスカン!!

 北海道のジンギスカンはマトンが主流なのに対し、ここ蔵王のジンギスカンはラム肉なのだそうな。
 しかしマトンであれラム肉であれ美味しくいただける我々にとっては……いや、うちの奥さんにとってのツボは、メインのお肉よりもなによりも、やはりこういうモノになる。

 左上がアケビ、右がワラビ、そして下が菊とサーモン。
 この山の幸オンパレード!!

 山の幸といえば欠かせないのが川魚。
 真冬ではあるけれど、冷蔵庫がスタートレックなみに進化した現代社会ならいつだって食べられる。

 というわけで出てきたのが鮎の塩焼き。

 ……すみません、食べる前に撮るの忘れてました。

 こんな肴を前にして、うちの奥さんが黙っているはずはない。

 ビールはスーパードライしかなかったのに対し、地酒の充実ぶりときたら!!
 しかもフツーにご当地の純米もしくは純米吟醸がラインナップ。

 魅惑の肴の数々を冷酒にて流し込む………

 ……旨い。

 さすが米どころ、選り取りみどりの米が醸し出す至福の味。

 おおそうだ、米といえば!!

 なんとえびや旅館さんで振舞われるご飯は、宿のご主人が自ら田んぼで作った米なのだという。
 その名も「はえぬき」。
 もちろん蔵王温泉区域で田んぼはありえないから、もっと麓のほうの田んぼで作っておられるという。

 このところ島の生活ではデンプン断ちを続けているため、ご飯粒を食べる機会がほとんどないんだけど、今は旅行中、それも米どころである。
 それもご主人の手作りの米だと聞いて、この夕食も朝食もそのまた次の夕食も朝食も、旨い旨いとバカの三杯飯になってしまった。

 近頃は「つや姫」という品種がもてはやされているらしいけれど、どうしてどうして、この「はえぬき」もその名のとおりのスグレモノ。

 米が旨い国に生まれてよかった。

 日本って……いい国だなぁ。

 2日目の夕食は鴨鍋だった。

 これがまた、我々の一致した意見としては、ジンギスカンより鴨鍋がよい。
 つまり2泊以上せねばそのシアワセに出会えなかったわけだ。

 しかしメインディッシュ(鍋?)もさることながら、やはり副菜の魅力溢れることといったら!

 これ、左からミズの実、タコのから揚げ、そしてヌタのキノコ和え。

 このなかで一度で理解できるのはタコのから揚げだけである。
 ヌタってなんね??

 ずんだのことをこのあたりではヌタというのだそうな。
 じゃあ、ミズの実って??

 これはミズの実としかいいようがないらしい。
 実というよりは蕾のような不思議的食感。けっして山盛りを食べるような食材じゃなさそうながら、非常に気になる逸品だった。

 とにかくどれもこれも美味しい。
 でまたこういうものや、


強いて名付けるならひき肉ばさみレンコン揚げ

 こういうものも。


トンブリon山芋ザクザク

 タコ以外、すべて山の幸♪
 というか、これほどまでの山の幸の中にあって、雄々しく海代表として参加しているタコ君って偉いなぁ……。

 もちろん肴がこんなにあれば、当然今宵も酒。
 前日とはまた違う銘柄で勝負。

 風呂上りに部屋でビール飲んで夕食時は酒から始めようか、と言って、わざわざサッポロビールを買って部屋で飲んでいたというのに、結局ここでもビールから始めてしまった。

 でもそりゃ酒が進みますわなぁ!!

 望みどおりの山の幸、そして期待通りの地酒たち。
 そして温泉があるとなれば、このうえいったい何を望むというのか。

 しかし我々にとってのこの蔵王におけるメインイベントは、温泉でも山の幸でも酒でもなかった。

 それは生命を懸けたアトラクション………になるかも??