Mかんじきトレッキング・準備編

 蔵王に行きたい!

 …といううちの奥さんの目的は、もちろんスキーでもスノボーでもなかった。
 それは……

 樹氷!!

 サントリーの四角いボトルの焼酎のことではない。
 冬の蔵王といえば樹氷、樹氷といえば冬の蔵王(と八甲田山)といわれるほどに、全国にその名が轟いているのだそうだ。

 樹氷といえば四方八方に広がる枝に氷が張り付いたガラス細工のようなあれのこと?

 ずっとそう信じて今日まで生きてきたところ、あれは正しくは「霧氷」というものらしい。
 じゃあ樹氷ってどんなもの??

 蔵王に行けばわかる。

 ではどうやって見ればいいんだろう。
 そのあたりのことが、宿をリサーチしている際にいろいろ判明してきた。
 ロープウェーで山頂付近まで行って、並び立つ樹氷を見るというのがフツーらしい。
 冬場には夜のライトアップ樹氷なんてものもあるそうな。

 しかしさらに調べてみると、こんなツアーが開催されていることがわかった。

 輪かんじきトレッキングツアー。

 蔵王山岳インストラクターに引率されつつ、昔ながらの輪かんじきを履いて、樹氷の合間を歩いて巡る冬のトレッキング。
 ゲレンデコースしか立ち入れないスキーやスノボーと違い、人跡未踏(?)の雪深い樹氷の間をかんじきで歩く……

 ひと目見るなり、

 「これやりたいッ!!」

 そううちの奥さんが叫んだのは言うまでもない。

 そのツアーは蔵王観光協会を通して予約できるようになっていて、当日まで知らなかった仙台のビジネスホテルの場所とは逆に、なににもまして精力的に手配をするオタマサ。
 最も重要なモンダイは、冬山の装備である。

 輪かんじきトレッキングツアーは、全行程5時間ほどだそうで、とりあえずの目安として「中級コース」と紹介されていた。
 小学生以下の参加はできないコースだ。

 四十を越えた我々ながら、中級も何も、まったく経験がない我々の「級」ってどんな程度なんだろう???

 その「中級コース」というのがいささかプレッシャーだったので、島にいる間に対策をしていた。
 これだ。

 

 この足首あたりにある赤っぽいもの、これは本来ドライスーツを着ている時のための、足首用ウェイト。
 ウェットスーツと違ってドライスーツは内側に空気が入っているため、慣れない方はどうしても脚が浮いてしまってバランスが取れないらしい。
 それを防止するためのウェイトだ。
 もう不要になったという方から頂戴したこのアンクルウェイト、僕はドライスーツ時でも必要としていなかったからダイビングで使うことはないかわり、冬場のウォーキングアイテムに変身している。

 これを足首につけて歩くのだ。
 たかだか片足につき500グラムとはいえ、30分40分と歩けばけっこう負担になる。

 これはひょっとしてかんじきトレッキングのトレーニングになるかも??

 そのためこの冬は、このウェイトを着けてただ歩くだけではなく、わざと岩場などの悪路を歩いてみたりしていたのであった。

 それが功を奏するかどうかは甚だ未知数ながら、ともかく雪の中でワシワシと5時間も歩くとなれば、そこらを歩く格好でいいはずはない。実際、理想的な格好というものがトレッキングツアー案内ページで紹介されていた。

 とはいえ沖縄で暮らす我々が、たった1日の雪山トレッキングのために買い揃えるにはいずれもいささかエクスペンシブ。
 スキーの時みたいにレンタルってのはないんだろうか。

 問い合わせてみると、これがちゃんとある。

 これで装備の心配はなくなった。
 仙台のコンビニで靴下に貼るホカロンも仕入れたことだし、あとはただ歩くのみ!!

 が。

 天気予報の按配が……。

 この冬は全国いたるところで猛烈な雪になる日が多く、特に太平洋沿岸を低気圧が発達しながら通過していくと、東北地方は激しい気象になってしまう。
 その爆弾低気圧が、よりにもよって我々がかんじきトレッキングツアーを申し込んでいる日に当たりそうな気配が……。

 だったら日を延ばせばいいじゃん…って話だけど、あいにくこのツアーは山岳インストラクターさんの誰かを都合して開催されるシステムになっているため、希望日の3日以前に申し込まなくてはならない。
 また仮に悪天候のため中止になっても、インストラクターさんの予定が急にはつかないため、じゃあ翌日行きましょう!と自動的にはならないのだ(他のお客さんのツアーがあらかじめ組まれていれば、それに混ぜてもらうことはできる)。

 ってことは、蔵王最大の目的であったかんじきトレッキングで樹氷!は、悪天候のために儚く夢と消えてしまうのだろうか。

 前日、つまり蔵王に到着した日、レンタルウェアーのサイズ合わせのためにレンタル用品店に行く必要があったものの、その前にホントに開催されるかどうかを、バスターミナルの隣にある観光協会で訊ねてみた。

 明日って開催されるんでしょうか??

 心はもはや、初めての体験ダイビングを明日に控えているのに天気予報は「雨」になってしまったゲストの心境だ。

 「うーん、たぶん大丈夫と思いますけどねぇ………」

 天気予報を把握しているおねーさんが言う。
 え、多分大丈夫なんですか??

 「ロープウェーが動くかぎり、ツアーは中止にならないですよ」

 おお、まるで水納丸が運航するかぎり、どんなに大波が来ていようとスノーケリングツアーを開催する日帰り業者さんみたい!!

 それもそのはず。
 多くの方は、我々と同じく限られた日程で「せっかく来た」のである。その事情に鑑みれば、お天気が悪いからというだけで中止にするということはありえないのだろう(あとで伺ったところによると、ロープウェーが止まっているにもかかわらず、「なんとかしてくれ!!」と言い張るゲストもいらっしゃるらしい)。

 これじゃあきっと楽しめないだろうから…と、呆気なく中止にしてしまうクロワッサンとは違うのだった。

 開催されそうだということなので、一応翌朝のため、観光協会御用達レンタル用品店まで足を運んでみた。
 蔵王スキー場中央ロープウェーレストハウス棟内にある、森スポーツさんだ。

 スキー場の経験は無いに等しいのでよく知らないものの、こういう場所のこういうレンタル受付窓口って、若いお兄さんやお姉さんがいるものだとばかり思っていた。

 ところがこの森スポーツさんときたら、窓口には故・ヒデオさんを彷彿させるオトーサンと、これまた同じく年配のマメに動くオトーサンの2人。
 まるで一昔前の水納ビーチで、故・ヒデオさんや故・ブンキチさんが、ハイカラなTシャツ姿でパラソルを貸し出していた頃のような懐かしい風情である。

 懐かしかったので、帰りに思わず一緒に写ってもらった。
 こちらが故・ヒデオさん似のオトーサン。

 サイズ合わせに来た時が面白かったのなんの。
 通常ここでかんじきツアーの方々がレンタルするのは、靴やストックというのが主流らしく、ウェアーまでレンタルってのはレアケースらしい(そりゃ冬山に来てるんだものね)。

 でも我々はその必要があったので、その旨ヒデオさん(勝手に命名)に告げた。
 すると、

 「ん?それでダイジョーブ!!」

 たしかに我々の上着、特に僕の上着は極北の地でマイナス32度にも耐えたことがある。
 でも、下はジーンズなんですけど………これでいいんですか??

 「まさか!!そんな格好だったら連れてってもらえないよ!!」

 いや、だからレンタルしに来てるんですってば……。
 話し振りまでヒデオさんに似ていた。

 靴のサイズ合わせも面白かった。
 普段の靴が26センチである旨告げると、用意してくださったのは26・5センチ。
 マラソンと一緒で、ピッタリマッチサイズよりも、ほんの少し指先に余裕があるほうがいいらしい。

 しかし履いてみると、思いのほか窮屈。これで5時間過ごすのはつらそうだ。

 なので換えてもらうことにした。
 こういうとき、椅子に座ったまま指示を出し続けるのはヒデオさんで、すべての作業はほぼすべて、もう1人のオトーサンがやっている。
 そのオトーサンが新たな靴を持ってきてくれたのはいいのだけれど、履いてみるとあまりのブカブカさにビックリ。
 はたしてサイズは………

 28.5センチ。

 いきなり2センチアップっすか???

 靴ひとつでてんやわんやしつつ、最終的に27センチに落ち着いた。

 いやあ、森スポーツ、面白い!
 みなさん蔵王へお立ち寄りの際は、レンタル用品に用が無くとも是非森スポーツへお越しください。

 5時間の行程中、ほどよい場所で休憩して昼食をとるとのことで、それ用に各自軽食と飲み物を用意する必要があった。
 またツアーの案内は、随時エネルギー補給ができるように、チョコレートなどの必要性も訴えていたので、西表島産の採れたて黒糖を持参していた。

 さあ、これで準備は整った。
 かんじきトレッキングツアー「中級コース」、いつでもかかってきなさい!!

 ………あとは天気の神様に祈るのみ。