R夜のキノコ尽くし

 蔵王3泊目のこの日は、素泊まりでお願いしていた。
 宿の食事は旅行前から得ていた話だけで実に魅力的だったし、実際たっぷり堪能させていただいたものの、この温泉街の「夜」にも興味があったので、最後の夜はどこぞのお店で飲もうとあらかじめ決めていた。

 もちろんある程度の見当はつけていて、あれを食べようこれをいただこうという野望もあった。

 ところが!!

 宿の女将さんが、それだったら…ということで、あるお寿司屋さんを紹介してくださった。
 プライベートで親しい間柄らしく、もし行くとなれば宿ですでに我々が食べたものを伝えておくから、重複することもなく、地の山菜尽くしを味わえるはず、とのこと。

 女将さんによると、そのお寿司屋の女将さんがキノコをはじめとする山菜マスターで、自分で採集してきた山菜を使用した料理をたんといただけるというのである。

 かなり魅力的かも……。

 なんだったら入り口にメニューが出ているから、チェックしてみて、とおっしゃるので、前日の散歩の途中でもちろんチェックし、我々の針路は大きく変更、そのお店に向けて面舵いっぱぁ〜い!!

 よ〜そろぉ〜!!

 というわけで、蔵王滞在3泊目にして、初めて夜の界隈へ。

 宿から一歩外に出た途端、日中とは違う趣が。
 高湯通りは、心温まる暖色照明で彩られていた。

 公衆浴場もこのとおり。

 こういう暖色照明のもとでは……

 味噌ラーメンの文字すら味わい深い……。

 僕にとっては理想的なこの暖色照明、この通りには統一規格があった。
 各建物の壁で灯っている照明のほとんどがこれだったのだ。

 うーん、実に素晴らしい。
 開湯1900年を誇るのも伊達ではない。

 もちろん我らがえびや旅館さんの玄関も……

 この照明だ。

 そんな夜の街をテケテケ歩くこと10分ほどで、我々が目指す店があった。

 寿し喜らく。

 朝食時、宿の女将さんにそのオススメの店に行く旨告げると、「じゃあ話を通しておきますね!」とおっしゃっていただいていた。
 とはいえその後お会いしていないので、はたして本当に話は通っているのだろうか?

 ま、通っていなければいないでモンダイないけど。

 ガラガラと入り口を開けると、他にお客さんはいなかった。
 お店の女将さんが出てきてくれたので事情を告げると、はたして……

 話は通っていたのだった。
 席も調理もスタンバイ状態である。

 そしてこのお寿司屋さんで我々が歓喜の舌鼓を連打したのが………

 キノコ尽くし鍋〜〜〜♪

 大き目の土鍋の中身はほとんどキノコ類で、さらにそのほぼすべてが店の女将さんとご主人が蔵王のあちこちで採りためているキノコたち。

 出汁が効いた鍋の中には鶏肉も入っているけれど、まさにキノコがメインである。しかも見たことも聞いたこともないキノコが目白押し。

 無類のキノコ好きであるうちの奥さんが、もうこれだけで天にも昇る心地になっていたのは言うまでもない。

 宿の女将さんが我々の希望やすでに食べたもの、そして沖縄在であることなどを店の女将さんに伝えてくれていて、それをお店が配慮していただきつつ見繕ってくださった今宵のメニューは、鍋以外にもオリジナル採集シリーズが続く。


山ふき


山ウド

 この細長いタケノコはネマガリタケというものだそうで、これももちろん自家採集もの。
 また、この地方独特なのか、玉子焼きをとても甘く調理してあるのが印象的だった。

 漬物は漬けるだけではなくて野菜作りから行なっているものだそうで(やはりもう少し山を降ったところで畑をしているという)、はてなく地産地消の世界が広がる。
 そんな女将さんが教えてくださる採集談義がまた面白く、秋のキノコシーズンが実に魅力的な世界に思えた。

 柄にもなく、これまた採集した山葡萄で作ったという山ぶどう原液を使う「山ぶどうサワー」なんてものも飲んで見たところ、これまた採集シーズンに思いを馳せてしまうオトナのファンタグレープ。

 そんな山の幸堪能スペシャルのなかにあって、僕はお店に入ったときから、ホワイトボードに書かれてあった「本日のおすすめ」がとても気になっていた。

 かなり腹いっぱいだったけど、この旅の流れからしてそれを頼まない手はない。
 で、出てきたのが……

 穴子ッ!!

 たとえ雪深い山の上にいようとも、オススメが穴子と聞いて黙っていられるはずはない。
 せっかくだから塩でいただこうとお願いしたら、このあたりではタレでいただくのが常道なのだとか。

 いくらオススメとはいえ、蔵王でいただく穴子が石巻の魚屋さんでいただく穴子と同じはずはないということはハナからわかっている。
 けれど遠い旅を経てここまで辿り着いた者だけがもつ味もまた、趣のあるものだった。

 この店の猫クーちゃん(♀)に、恨めしげに見つめられたけど、ダメ、穴子はあげないよ。

 夜の温泉街はさほど交通量があるわけではないから、静かなことこのうえない。
 そんな静けさを突き破るスピーカーの大音量が、外から聴こえてきた。

 〜♪こんにちは赤ちゃん

 梓みちよの往年の名曲を高らかに流しつつ、車が道々を行ったり来たりしているように聴こえてくる。
 新手の右翼の街宣車なのだろうか。

 店の女将さんにうかがってみたところ、実はその車は移動スーパーだったのだ。
 雪深い山の町のこと、いわゆる買い物弱者も少なくないに違いない。
 そのためこうして定期的にやってきては、ある程度決まった場所で販売し、また去っていくのだとか。
 「こんにちは赤ちゃん」は、移動スーパー到着を知らせるアナウンスだったのである。

 地域で大活躍の移動スーパーのようだけど、さすがに今宵我々がいただいたような天然キノコは揃えてはいないだろう。

 まさに究極の山菜料理。
 山にいるときは山の幸を、という我々の希望は100パーセント満たされた(穴子は食べたけど)。

 女将さん、心尽くしのキノコ尽くし、ご馳走様でした!!

 ふ〜〜〜、満腹満腹。
 こういう気分で観る暖色照明の雪景色は、雪を枕に寝てしまいたくなるほどに心地いい。

 でもホントにそうすると死んじゃうので、ちゃんと宿まで帰り、酔いが醒めたら今宵もまたひとっ風呂浴びることにしよう。

 温泉に入ってご飯を食べて、酒飲んでご飯食べてまた温泉に入って眠って…

 …という天国のような生活も、ついに翌日終了する。

 最後の晩餐にふさわしい、圧倒的なキノコたちだった。