飛騨へは、ゆるゆるとゆくことにする。
……という書き出しで、司馬遼太郎の「街道をゆく・飛騨紀行」は始まる。
僕もあやかってゆるゆるとゆくことにしよう。
同じゆるゆるとはいっても……。
司馬遼太郎の場合は時空を自在に駆け巡り、一見まったく関係ないように思えて、読み進むうちに飛騨にまつわる様々な話であることに気づく、という具合に、飛騨の沿革を外堀どころか大きく大きく外側から掘り下げ、ジワリジワリと目的地に迫っていく。
しかるに…。
我々夫婦はといえば文字通りゆるゆるである。ダラダラである。グズグズである。
おかげで旅行している我々でさえも、はてさてこの外出は、いったいいつの時点から「旅行」になるのだろうかと頭を悩ましたのものだった。
当人たちでさえもそうなのだから、意味もなく長いこの旅行記にお付き合いくださる奇特な読者諸氏にあっては、ただダラダラと果てなく進む日記としか思えないだろう。一見飛騨とまったく関係ないように思えて、読み進むうちに本当にまったく関係なかったことに気づき愕然とするに違いない。
もとよりそれは覚悟の上。
そうおっしゃる方だけ、どうぞ先にお進みいただきたい。
毎度恒例のことながら、今回の目的地選定の理由から述べることにしよう。なぜ飛騨高山へ行こうとあいなったか。
昨年はアラスカだった。
一昨年は北海道だった。
その前は別府から続く温泉地巡りだった。
さらにさかのぼってその前年はモルディブだった。
オーロラを見たい、スキーをしてみたい、温泉に入りたい、ダイビングしたい。
なんとまぁ、わかりやすい理由だろうか。
ところが飛騨高山の場合、一言でこれだと言い表せる動機があったわけではなかった。
そもそも。
オフが近づいて最初に思い立ったのは、
種子島でH2Aロケットの発射を見学しよう!!
というものだった。
昨年のオーロラで宇宙づいたわけではない。ただ、天空を目指すロケットの雄姿を肉眼で見てみたかったのだ。
種子島宇宙センターでの打ち上げは、驚いたことに地元漁民への影響を考慮して…という理由で時期が限定されているのだが、さいわいにして打ち上げ可能期間の一部は我々のオフにピッタリ重なる。
ただ、打っても上らない昨今の日本のロケット、旅程を立ててもトラブルが発生して打ち上げが延期されてしまえばどうしようもない。
なら、そういう場合に備え、隣の屋久島も旅程に入れてしまえばいい。
恐ろしいくらいに完璧だ。
さあて、次回の打ち上げ時期はいったいいつだろう?
さっそくJAXAのHPを調べてみると……
現在、H2Aロケットの打ち上げは無期延期状態になっております…
ああ、なんてことだ日本のロケット……。
度重なる失敗で延期された計画はまだ再開のめどが立っていなかったのか。
こうして、ロケットの打ち上げ見学は見送られることとなった。
悔しいことに、旅行から帰ってきたくらいのタイミングで、2月の下旬に打ち上げが再開されるというニュースが流れていた……。
さらに悔しいことに、1月現在のサザエさんのオープニングでは、種子島宇宙センターからロケットが高々と打ち上げられているのだった。「目指せ!サザエさんのオープニング!」をテーマのひとつとしている我々としてはまったく正しい路線だったわけだが、先を越されてしまった…。
ロケットがダメとなれば、さてどこに行こう?
伊豆・大瀬崎ダイビング&温泉ツアーってのはどうだ?
今回は両方の実家に帰省することにしていた。伊豆なら、埼玉から大阪への途中――というほどの位置ではないけど途中下車的な場所――になる。
こうして大瀬崎ダイビング温泉ツアー計画立案に向けた動きが活発化した。
90年代初頭、我々夫婦が埼玉に住んでいた頃、週末を利用して所沢からちょくちょく通っていた海が大瀬崎である。それ以前に沖縄に住んでいたころと比べると考えられないくらいに海に執着していた。朝4時に出発し、往復10時間近くを費やして潜ることができたのはたったの2本……。時には雨の中、時には雪降る中、カメラ片手に黙々と荷車を押していたものだった。
そんな伊豆通いも今は昔…。
懐かしさが募るようになっていた。
おまけに伊豆で普段潜っておられるゲストや、伊豆も縄張りの一つにしているドレイ・オチアイから、最近の伊豆の海事情をちょくちょく聞くにつれ、次第次第に
久しぶりに潜ってみたい……
そう思うようになってしまった。
そうなれば話は速やかに進んでいく。
埼玉〜伊豆〜大阪。もう今回の旅程は決まったも同然だった。すでにドレイ解放されたオチアイには、違いのわかる男に美味しいお店と気持ちいい温泉をガイドしてもらおうとばかりに、ある程度の予定まで書き記して送っていた。
某海洋写真家にも声をかけてみるか。
陸の孤島で孤立しているタコ主任も呼び出すか。
今年の旅行は伊豆・温泉&ダイビングである!
もう、当サイトで発表する寸前まで旅程は出来上がっていた。
そして…。
頭の中ですで旅行記の草稿まで出来上がりつつあったある日のことだった。
オフになった途端、前月の大荒れ模様はいったいなんだったのかというくらいにベタ凪ぎ快晴続きだった11月の空が、にわかにかき曇り、気温がグッと下がったのである。
さ、寒い………。
冬の伊豆で果敢にダイビング!という我々の闘志は、いともたやすく消え失せたのだった。